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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
4. Some Might Say(サム・マイト・セイ)
61/105

*(19)

 六華はその後、両親に無理矢理病院に連れて行かれて、医師の診断を受けたらしい。

 受けた「らしい」としか言えないのは、実際に七海は六華が病院に行くのを見てないからだった。

 多分、七海の両親が「七海には余計な心配をかけさせたくない」と思ったのだろう。全ては七海に内緒で行われていたようだった。

 でも、いくら両親が隠そうとしても、七海には「事の重大さ」が何となくわかった。

 六華はもう、仕事も出来ない状態だった。七海は両親が六華の会社の人と電話で話しているのを偶然聞いてしまった。

 両親は六華が難病のような病気にかかっていると言っていた。だから、仕事に行くことはもう出来ないと言っていた。

 七海には両親がウソをついていることがわかったが、だからと言って七海は両親のウソを否定することはできなかったし、むしろ両親に同情した。

 自分だって、両親と同じ立場であれば、似たようなウソを言うだろう。


 六華は医師の診断を受けたが、病状は一向に良くならなかった。

 ずっと部屋に閉じこもったまま、ほとんど食事を摂らず、時々キッチンに降りて来ては一度に大量に食べるということを繰り返していた。

 友達の多かった六華はよく友達を自分の部屋に招いたりしていたが、六華が部屋に閉じこもってからは、当たり前だが誰も来なくなった。

 週末のたびに姉の部屋から聞こえてきた話し声や笑い声が聞こえなくなった。

 静まり返った姉の部屋の前を通るたびに、七海は泣きたいような気持ちになった。

 何だか、自分と両親以外、六華がいることを忘れてしまっているのではないか、というほどの静まり方だ。

 このまま、姉が世間から忘れ去られてしまったらどうしよう……と七海は思った。

 でも、七海にはどうすることもできなかった。

 ただ、毎日姉の好物だったホットケーキを作って、姉の部屋の前に置くだけだった。


 相変わらず六華はホットケーキを食べようとしない。

 それでも、七海はいつか六華がホットケーキを食べてくれるかもしれない……と思って、毎日ひたすらホットケーキを作り続けた。




 六華が部屋に閉じこもってから、随分時間が経ってしまった。

 七海は高校を卒業して、地元の専門学校に入学した。

 もう、六華のことを話題に出す人はいなかった。六華は完全に世間から忘れ去られたような状態になってしまっていた。

 六華を知っていたのは、もともと七海と七海の両親だけだったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 でも、七海は姉のことをずっと気に掛けていた。

 相変わらず六華はずっと部屋に閉じこもっていたが、時々、本当に時々七海と偶然に会うと一言二言だけでも話をしてくれた。

 六華は思わず目を背けてしまうほど痩せて、肌もガサガサになり、頬もこけて、一気に20歳くらい老けたような容貌になってしまっていた。

 そして、表情も暗かった。

 六華の表情は、会うたびにどんどんと暗くなっていった。 

 もう、昔の七海の自慢だった、あの明るくて太陽のような姉の面影はどこにもない。


 七海は六華から金子が別の県へ転勤になったこと、そして、姉から金子を奪ったあの女が金子と結婚したことを聞いた。

(――ひどい、あの女の人)

 七海は六華の話を聞いて憤慨した。(お姉ちゃんがこんなになったのも、あの女の人が金子さんを奪ったせいなのに、一人だけ幸せになって……)

 七海は生まれて初めて、誰かのことを心底「憎い」と思った。

 でも、自分にはどうすることもできない。

 六華は相変わらず「お父さんとお母さんには金子さんのことは黙っていて」と言っていたし、自分には精々食べてくれる当てのないホットケーキを六華に焼くくらいしかできなかった。




 ある日、七海が専門学校から帰って来ると、家の中が異常にしんと静まり返っていた。

 普段ならパート勤めの母親が帰っていて夕飯の支度をしているはずなのに、キッチンには料理に使う材料さえも置かれていない。

 母親の仕事が遅くなってしまったとか、何か買い忘れてまた買い物に出かけたとか、普段ならそう思って特に気にもしないはずなのに、その時の七海はなぜか胸騒ぎを覚えた。


 ふと七海のカバンの中でスマホが鳴っている。


 七海がカバンからスマホを取り出してみると、母親からの着信だった……。

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