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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
4. Some Might Say(サム・マイト・セイ)
60/105

*(18)

 そんなある日、七海は夜中にふと目を覚まして、喉の渇きを覚えた。

 水でも飲もうかと階下のキッチンに降りてみると、暗闇の中からガサゴソと音がする。

 七海は一瞬、ドロボウか何かかと思って身構えたが、暗闇にいたのは姉の六華だった。


 七海が六華の姿を見たのは、本当に久しぶりだった。


 暗闇の中で六華がふいに冷蔵庫を開けた。

 冷蔵庫の明かりに照らされた六華の姿が、七海の目に飛び込んで来る。

 七海は六華の姿を見て、思わず「あっ……」と声を上げた。

 予想はしていたが、目の前にいる六華は別人のようにやせ細っていた。頬はこけて、冷蔵庫に手をかけている腕も、掴んだりしたら折れてしまうのではないかと思うほど、細い。

 かろうじて立ってはいるが、今にも倒れそうなほどフラフラとしていて、やっと生きているかのような状態にさえ見えた。

 でも、その中でも目だけが別の人間のようにギラギラとさせながら、冷蔵庫の中をあさっている。


 七海は何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、その場に立ちすくんでしまった。


「おっ、お姉ちゃん……?」

 七海が喉の底から絞り出すように声を出すと、六華が驚いたように振り返った。

「――」

 六華は切り分けていないブロックのハムに、そのままかぶりついているところだった。

 六華は食べかけのハムを床に投げ捨てると、その場から走り去ろうとしたが、よろけてしまい、床に倒れ込んでしまった。

 七海は慌てて六華に走りよると、倒れた六華を抱き起した。

「おっ、お姉ちゃん、大丈夫?」

 久しぶりに触れた六華の身体は、痩せ過ぎたせいで骨が当たってゴツゴツとしていて、痛いくらいだった。


「七海、ごめん……」

 六華は顔をうつむかせると、ほぼ泣き声のような声で言った。

 七海も目にいっぱい涙を溜めていた。


「お姉ちゃん、どうして部屋から出て来ないの? どうして、ご飯食べないの? どうしたの? 何があったの?」

 七海はずっと訊きたかった疑問を六華にぶつけた。

「だって……」

 六華はすっかり細くなった手で顔を覆いながら、何とか絞り出したかのような声を出した。「だって、痩せないと……。私が痩せてないから、金子さんも、私のこと……」

「えっ? どういうこと?」

「金子さんにフラれたの」

「金子さんって、あの……?」

「うん」

 六華は微かに頷いた。


 つまり、六華は彼氏の金子に「痩せてないから」とフラれて、そのツラさから部屋に閉じこもってしまったというのだろうか。


「でも、お姉ちゃん、そんなに太ってなかったし……」

 確かに以前の六華は痩せている七海よりはふくよかな方だったが、「痩せてないから」という理由でフラれるほど太っているようには見えない。

 それに、前に何回か会った金子の屈託のないような雰囲気からすると、ただ「痩せてないから」という理由で女性を振るようには見えないけど、と七海は思った。

 七海の言葉に、六華は今度は微かに首を横に振った。

「でも、あの女よりは、太っているし……」

「あの女?」

「今度、金子さんと付き合いだした、あの女よりは……」

「まさか、お姉ちゃん、その女の人に金子さんを取られたの?」

「――」

 七海が言うと六華はしばらく何かを考えているような表情で黙っていたが、やがて「うっ、うん」と小さく頷いた。

「そんな……、ひどい。何なの? その女の人。お姉ちゃん、こんなにかわいいのに……」

 自慢のお姉ちゃんが、まさか、他の女に彼氏を取られてしまうなんて……。

 七海は何だか悲しみや怒りや色んな感情が込み上げてきて、思わず姉に抱きついて大声で泣き出した。


「――六華、七海、どうしたの?!」

 キッチンの明かりが急にともり、キッチンのドアから七海と六華の母親の声が聞こえた。

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