(6)
しかし、このふてぶてしい男、本当に魔法使いなのだろうか。
七海はガツガツと歩く晶の後ろ姿をジッと見つめた。
アディダスのスニーカーにリーバイスのジーンズを履いているところは金曜日の夜と変わらない。カーキ色のモッズコートはフレッドペリーの黒いジャージに変わっていた。
着ているものだけ見たら、どこにでもいる年相応の普通の青年だ。
顔立ちやスタイルの良さは目を引くものがあるから、どこかですれ違ったら思わず振り返ってしまうかもしれないが、どんなに少なく見積もっても「あっ、魔法使いがいる!」なんて思って振り返ることは絶対にないだろう。
でも、金曜日の夜の出来事と言い、さっきの自分の意思とは関係なくイスに座ってしまったことと言い、確かにこの男が「普通の人」でないことは確かなようだ。
(――だからって、魔法使いだなんて)
七海は首を傾げながら、晶に続いて店の奥のドアを潜った。
七海の身体に太陽の光と冷たい風が当たる。
七海は目の前に見えた風景に呆然とした。
目の前にはビルの屋上の風景が広がっていた。
(――えっ?)
七海は思わず後退りすると、後ろを振り返った。
後ろには階段がある。
(――私、いつの間に階段なんて登ったんだろう)
いや、階段なんて登っていない。自分はさっきまでビルの一階の本屋さんにいたはずだ……。
「――何、ボーッとしてんだよ?」
先に屋上の真ん中辺りまで行ってしまっていた晶が、大声で七海に言った。
七海は慌てて晶の近くまで駆けて行った。
「だって、さっきまで一階にいたのに、いきなり屋上に来てるから……」
「エレベーターのところまで行くの、面倒じゃねーか」
「面倒って……」
面倒だと、一階の本屋からすぐに屋上まで来ることができるということなのだろうか。
いや、そんなことはない……。
「で、お前、何? 雪が見たいって、そんなに雪、好きなわけ?」
「好きなわけないじゃないですか、キライです! ここ雪国だから仕方ないけど、雪が降るとバスは遅れるし雪退けしないといけないし、キライに決まってるじゃないですか」
七海は晶に当て付けるかのように「キライ」の部分を強調しながら言った。
「ふーん、キライなんだ」
晶は何故かニヤリとした表情をすると、徐にほぼ雲がない真っ青な空を見上げた。
ビー玉のような瞳が、太陽の光に反射してキラキラと光る。
(――キレイな横顔)
七海は晶の横顔を見上げながら思った。
風がそよそよと吹くたびに、晶の少し茶色い柔らかそうな髪の毛がサラサラとなびく。
黙ってさえいれば、部屋に飾ってずっと眺めていたいくらいの容姿なのに、どうして口を開くとこうもふてぶてしさ全開になるんだろう。
七海が晶の横顔に見入っていると、晶はふと口を開けて、何かを呟いた。
何を言っているんだろう、と七海は思った。少なくとも日本語ではない。英語でもなかったし、今まで聞いたこともない言語というか不思議な「音」だった。
晶はその不思議な音を呟き終わると、空に向かって「フーッ」と息を吹きかけた。
晶が空に向かって息を吹きかけた途端、七海は身体全体に寒気を覚えた。
(――えっ? 何?)
身体がものすごく寒い。
急にこんなひどい寒気なんて、もしかして、自分はインフルエンザか何かの病気にでも罹ってしまったのだろうか。
七海が考えていると、急に辺りが暗くなってきた。
さっきまであんなに晴れて太陽の光が降り注いでいたはずなのに、空はすっかり灰色の不気味な雲に覆われてしまっている。
季節が三か月くらい逆戻りしてしまったかのような厚い雲だ。
七海が驚きのあまり声を発することも身動きすることもできないでいると、やがて空からふわりふわりと鳥の羽のようなものが舞い落ちて来た。
――雪だ。
落ちてきた雪は、ふわふわと七海の頬や髪の毛や服に次から次へとまとわりついてくる。
雪の一つが七海の口の中に入った。
(――冷たい)
これ、本物の雪だ。
今、本当に雪が降っているんだ。
七海は雪の冷たさを実感した途端、その場に崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
「――だから、『後で腰抜かしても知らねーからな』って言ったろ?」
晶はしゃがみ込んでしまった七海を見下ろしながら、また「ニヤリ」と笑みを浮かべた。




