*(17)
六華が部屋に閉じこもってから、数日が経った。
六華は食事の時も階下のリビングに降りて来ないので、七海が食事をトレイに乗せて六華の部屋のドアの前に置いた。
でも、トレイの上の食事に手を付けられることはなかった。
七海も七海の両親も、六華が食事に手を付けていないことを心配した。
六華に訊いてみても「食べたくない」と繰り返すだけだった。
(――このままじゃあ、お姉ちゃん、死んじゃうかも)
六華を心配した七海は、ふと、ホットケーキを作ってみたらどうだろうか、と思いついた。
六華はホットケーキが大好物だった。
料理を作るのも得意な六華は、よくホットケーキを焼いては七海と一緒に食べていた。
七海は六華がいつもホットケーキを焼いてくれるので、自分で作ったことはほとんどない。
でも、六華が食べてくれるなら……と、七海はホットケーキの素を買ってきてキッチンでホットケーキを焼いてみた。
全然上手く焼けないな……と、七海はホットケーキを作りながら思った。
ホットケーキのパッケージに書いてある通りに作っているはずなのに、生地は上手く混ざらないし、上手く中まで焼けないし、全然ふわふわにならない。
六華が焼いているのを見るとホットケーキなんてただ焼けば良いんだろう思っていたのに、見るのと実際に焼くのとでは大違いだった。
それでも何とか苦心して出来上がった七海のホットケーキは、パッケージの写真とは程遠い、妙にペシャンコで形もいびつで表面も黒く焦げてしまった良く分からないシロモノだった。
七海は恐る恐る味見をしてみたが、味はそんなに悪くはない。
見た目は悪いけどせっかく作ったし……と思って、七海は出来上がったホットケーキをトレイに乗せると、六華の部屋の前に置いた。
「お姉ちゃん」
七海は部屋の前で六華に向かって言ってみたが、返事はなかった。「私、ホットケーキ焼いたんだ。置いとくから、よかったら食べて」
七海は言うと、ホットケーキを六華の部屋の前に置いたまま、自分の部屋に戻って眠りについた。
翌朝、七海が六華の部屋の前のトレイを見てみると、ホットケーキにほんの少しだけ食べた後が残っていた。
(――お姉ちゃん、私の焼いたホットケーキ、食べてくれたんだ)
七海はその日から、毎日毎日ホットケーキを焼いては、六華の部屋の前に置いた。
六華は食事に手を付けることはなかったが、七海の作ったホットケーキにだけは口をつけてくれたのだ。
七海は姉がホットケーキを食べてくれたのが嬉しくて、毎日毎日ホットケーキを焼いた。
もっと美味しく上手く焼けるようになれば、六華がもっとたくさん食べてくれるかもしれない。七海はネットや本を参考にして、より美味しくて見た目のよいホットケーキを焼くにはどうしたら良いのかを熱心に研究した。
七海のホットケーキを焼く腕は、みるみる内に上がっていった。
もう、ホットケーキのパッケージに写っている写真のように、いやそれ以上に見た目も味も完璧なホットケーキを焼くことが出来るようになっていた。
でも、七海のホットケーキを焼く腕が上がっても、六華がホットケーキを食べてくれることはなかった。
そして、ホットケーキ以外の食事も相変わらず食べようとしなかった。
六華が部屋に閉じこもってから、結構な日数が経過している。
どうして、六華は部屋に閉じこもっているのだろうか、どうして、ほとんど何も食べようとしないのだろうか、七海にも七海の両親にも理由は何もわからなかった。




