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(――あっ、お姉ちゃんだ!)
高校二年生の七海は、街角で偶然見かけた姉の六華に声を掛けようとしたが、思わず言葉を飲み込んでしまった。
六華の横に、六華と同い年くらいの男性がいることに気付いたからだ。
六華と隣にいる男性は、何やら楽しそうに話しながら歩いている。
もしかして、あの隣にいる男の人、お姉ちゃんの彼氏なのかな、と七海は思った。
7歳年上の六華は、七海の自慢の姉だった。
七海は勉強もスポーツもあまり得意な方ではないが、六華は勉強もスポーツも何でもできる女の子だった。学生時代は「学級委員長」とか「部長」みたいな肩書に何度もなったことがあるし、友達も多く、人望も厚かった。
見た目も七海と違って大人っぽくて目を引く容姿だ。いかにも「美少女」とか「美人」と言った言葉がピッタリくる娘で、同級生や同僚などにもかなりモテていた。
一つだけ欠点があるとすれば、少しふっくらとした体型だというところだけだろうか。
七海は反対に痩せている方だったから、六華は「七海は痩せてて羨ましい」と言うこともあった。
でも、七海は痩せていて胸もない子供のようにずん胴な自分よりも、ふっくらとした女性らしい体型の六華の方がよっぽどかわいく見えたし、魅力的だった。
自分に持っていない全てを持っている、完璧な女の子。
七海にとっての姉は、そんな「理想の女の子」を絵に描いたような存在だった。
「あっ、七海」
七海が六華に話しかけようかどうか迷っていると、六華の方が七海に気付いて声を掛けてきた。
六華と、六華と並んで歩いて来た男性が七海の方に近付いて来る。
「金子さん、この娘、私の妹なんです。七海っていうんです」
六華はそう言うと、七海に「こちら、金子樹さん」と男性を紹介した。
「こんにちは、七海ちゃん、金子と言います」
男性は七海に微笑みかけた。
七海はなぜか少し恥ずかしいような気持ちになって、顔を俯かせると「七海と言います」と小声で言った。
「六華ちゃんに、こんなかわいい妹さんがいたなんて」
金子と名乗った男性は六華にそう言っていたが、七海は「お姉ちゃんの方がよっぽどかわいいのに……」と心の中で思っていた。
その日の夜、七海は姉の部屋へ入ると、早速六華に話しかけた。
「ねえ、お姉ちゃん、昼間一緒にいた男の人って、もしかしてお姉ちゃんの彼氏なの?」
「七海、もうちょっと声小さくして」
六華は困ったような表情をすると、唇に人差し指を当てる仕草をした。
「じゃあ、やっぱり彼氏なの?」
七海が小声で突っ込むと、六華は顔を俯かせながら頷いた。
「やっぱり、そうなんだ! いいな、あんなカッコイイ人が彼氏だなんて」
七海が思わず大きな声を出すと、六華はまた唇に人差し指を当てた。
七海は慌てて口を閉じた。
「でも、お母さんたちには内緒にしておいて」
「えっ? 別にいいけど、何で?」
「だって、恥ずかしいじゃない。それに、私も良い年齢だし……」
良い年齢って、もう、結婚を考えても良い年齢という意味なのだろうか、と七海は思った。
もしかすると、六華は彼氏がいると両親に知られると「結婚するのか?」と訊かれてしまうからいやだと言うのだろうか。
それに、どうして六華は「恥ずかしい」と言うのだろうか、と七海は思った。
七海と六華の両親は、恋愛に対しては決して厳しかったり口うるさく言うようなタイプの親ではなかった。
実際、六華が以前付き合っていた彼氏を家に連れてきた時も、母親は歓迎していたような気がする。
お姉ちゃん、変なの、と七海は思ったが、特にそれ以上は深く考えずに「うん、わかった」とだけ返事をした。




