(13)
信彦は給湯室で作って来たアイスコーヒーを七海と晶に手渡した。
晶の親戚の魔法使いの襲撃から走って逃れ、ビルの中に逃げ込んでからしばらく経った。
七海は大分落ち着きを取り戻したし、晶もいつも通りのふてぶてしい表情で信彦から渡されたアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「今日はマジでやばかったなー! この間はあいつらの手下のヤツだったから逃げられたけど……」
「この間?」
七海が言うと、晶の代わりに信彦が口を開いた。
「七海さんが晶を抱きかかえてビルまで運んでくれた時のことですよ。あの時はさっきの人たちの手下の人間が晶を連れ去ろうとしたんで、七海さんの力を借りて何とか逃げられたんですけどね」
七海は晶と初めて会った時のことを、また思い出した。
と言うことは、晶と初めて会った時に、晶を連れ去ろうとした人間がさっき追いかけてきたスニーカーとニット帽の男だったとしたら、晶も自分も捕まっていたというのだろうか……。
七海は寒気を覚えた。
「しっかし、何でビルの外で魔法が使えたんだ? で、使えたと思ったら、また使えなくなるしさー」
晶が七海の作ったホットケーキの続きを食べながら呟いた。
「そうだな、あの街灯を倒せるのは、さすがに魔法以外ではよっぽどのことがない限り、ムリだもんな」
信彦が言うのを聞きながら、七海は「確かにそうだな」と心の中で頷いた。
「ビルの外だと、魔法は使えないはずなのに……」
晶が独り言のように言うのを聞いて、信彦は晶の方を見た。
「晶、お前、やっぱり、ビルの外で魔法が使えないのがどうしてか知ってるんじゃないのか?」
「知らねーよ! ノブさん、それ何度も言ってるだろ? そんなん知るかよ!」
晶が拗ねたような表情をしながら、信彦から顔を背けた。
あんなにムキになって否定するなんて、やっぱり、晶は信彦の言う通り「ビルの外で魔法が使えない理由」を知っているのだろうか、と七海は思った。
でも、あの晶が「そんなん知るかよ!」と言っているとなると、突っ込んで訊いてしまうとますます機嫌を損ねそうだ。
これ以上の詮索はさすがの信彦もムリだろう。
「わかった、わかった。それよりも、だったらどうしてビルの外なんかに……?」
信彦も詮索は止めたらしく、別のことを訊いてきた。
「それは、私があの男の人をすごい勢いで追いかけようとしたから……。堀之内さん、私のことを心配して……」
晶が言うよりも早く七海が口を開くと、晶が七海の方に「面倒だな」というような視線を向けた。
「お前さあ、さっきも言ったけど、違うって言ってるだろ?! お前があの男に殴り込みにでも行ったら、ノブさんに迷惑が掛かると思って、止めようとしただけだよ!」
「まあまあ」
信彦は七海と晶の間に割って入り、笑顔で晶をなだめた。「あの男の人、七海さんとお話したそうでしたけど、七海さんが『お引き取り下さい』と言っていたようなので、引き取ってもらいました。それで良かったでしょうか?」
「はい、あの、ありがとうございました」
七海は信彦に頭を下げると、信彦はニッコリとほほ笑んだ。
「いえ、気にしないでください」
「その、実は……。堀之内さんにその時のノブさんとあの男の人の会話を聞かせてもらってたんです。あの男の人に「引き取ってください」と言って下さって、ありがとうございました」
「そう、だったんですか?」
信彦が晶の方を見ると、晶は「俺は何も知らねーよ!」というような表情で視線を逸らした。
「はい」
「あの男の人、金子さんとか言ってましたね。七海さんのお姉さんの友だちだと」
「はい、実は……」
七海は一度開いた口を、再び閉じた。
信彦はあの金子から自分の姉のことは聞いているし、晶には自分とあの金子のせいで魔法が使えないビルの外へと出してしまった。
二人には一応、キチンと自分とあの金子との関係を説明した方が良いような気がする。
でも、自分と金子の話が話し辛い内容の話であることは確かだ。
「七海さん、別に話したくないことであれば、ムリに話さなくてもいいんですよ」
「そうそう、お前の話なんて、つまらねーだろうし」
信彦と晶が交互に言う。
言っている言葉は違うが、二人とも優しいんだな、と七海は思った。
まあ、晶に関しては「優しい」というのとは、ちょっと違う気もするけど……。
晶はふてぶてしい態度こそしているが、さっき晶の親戚の魔法使いから自分のことをかばってくれたし、助けてもくれた。
信彦は口調も態度も、いつも優しい。
そんな二人にちゃんと事情を説明しないのは、悪いんじゃないのだろうか、と七海は思った。
「あの、実は……」
七海は閉じていた口を再び開いた。
七海は晶と信彦に自分とあの金子との関係、そして自分がなぜ「不幸にしたい」と言う願い事を叶えたいのかを説明した。
説明をしながら、七海は頭の中で自分の過去を、まるで昨日の出来事か何かのように回想していた。




