(11)
ニット帽の男は七海の目の前まで歩いて来ると、七海のことをジッと見下ろした。
男の瞳が一瞬、ギラリとした光を放った。
この瞳の奥の光、この間、晶の親戚と目が合った時と同じ光だ、と七海は思った。
このニット帽の男も、スニーカーの男と同じように魔法使いか何かなのだろうか。
ニット帽の男はふいに腕を上げると、七海の肩を掴んだ。
七海は「ヒィ」と声にならないような叫び声を上げた。
「――やめろよ!」
すでにスニーカーの男に腕を掴まれていた晶が、大きな声を上げた。「そいつは関係ねーだろ? 連れてくんなら、俺だけ連れてけよ」
七海は思わず視線だけ晶の方に向けた。
(――堀之内さん、私のこと、かばってくれてるんだ)
ニット帽の男は晶の言葉には全く動じず、七海の腕をつかんだまま、ムリヤリ黒い車のあるところまで引っ張って行こうとした。
七海は動かない身体をムリに引っ張られて、思わず「……痛い」と声を漏らした。
「――やめろって言ってるだろ?!」
七海の「……痛い」という声が聞こえたのか、晶がまた大きな声で怒鳴った。
その瞬間。
七海はふいに自分の身体が「ふわり」と軽くなったような感じがした。
そして、七海はニット帽の男に捕まれていた腕を、サッと振りほどいた。
(――あれ?)
さっきまで、なぜか身体が全く動かせなかったのに、今はさっきまでの状態がウソのように動かすことが出来る。
慌てて晶のいる方に顔を向けると、晶もスニーカーの男に捕まれていた腕を振りほどいたところだった。
七海も晶も、スニーカーの男もニット帽の男も、そこにいた人間全員が、驚いた表情をした。
「――魔法が解けた? そんな、馬鹿な」
スニーカーの男が低い声で呟いた。
晶は呆気に取られているスニーカーの男の肩を両手で思いっきり突き飛ばすと、横にいる七海の手を掴んだ。
「――走れ!」
「はっ、はい!」
七海は晶に手を掴まれたまま、晶に引っ張られるような形で「Tanaka Books」のあるビルへ走り始めた。
身体が妙に軽い。
まるで半分空中に浮かんでいるかのように身体が軽い。一生懸命走っているのに、全然息が切れない。
それなのに、周りの風景がまるで走馬燈か何かのようにものすごいスピードで流れて行く。
こんなに身体が軽くて速く走れるなんて、もしかして、これは晶の魔法か何かなのだろうか、と七海は思った。
(――でも、ここはビルの外だから、魔法は使えないはずなのに)
晶に肩を突き飛ばされたスニーカーの男とニット帽の男も、慌てた様子で七海と晶を追いかけてきた。
七海がチラリと後ろを振り返ると、普通の人間とは思えないようなすごいスピードで自分たちの方へ向かってきている。
もうすぐ、七海の肩にニット帽の男の手が届きそうだ。
七海はまた小さな叫び声を上げた。
晶もチラリと男二人の方に視線を向けると、七海の手を掴んでいない方の手の手の平を男たちの方に向けた。
晶が手の平を男たちに向けた途端、いきなり「ビュン!」と強い風が七海と晶の横を通り過ぎて行った。
七海は自分の横を通り過ぎて行く風を目で追った。
風だから目に見えるはずがないのに、余りにも強い風で周りの木の葉やアスファルトの一部を一緒に巻き込んで行くので、どこを風が通り過ぎているのかが、何となくわかる。
風は七海と晶の周りを一周すると、七海の横に立っている街灯を「くるり」と包み込んだ。
風に包まれた街灯はユラユラと揺れ始めると、やがて、根元がボロボロと朽ちていった。
そして、街灯はまるで七海と晶、スニーカーの男とニット帽の男との間を遮るように道路の上に倒れて行った。




