(9)
きっと、多分、自分はこのままあの金子の姿を見つけたら、ひどい言葉を浴びせてしまうだろう、と七海は思った。
もしかすると、勢いに任せて金子のことを引っぱたいたりしてしまうかもしれない。
でも、それでも構わない、と七海は思った。
お姉ちゃんと付き合っていたはずなのに「友だち」とか言い出すし、「事情が分からない」とかのん気に言っているし、何てひどい男なのだろう。
(――お姉ちゃんがどれだけ苦しんだか、あの人は知らないんだ)
お姉ちゃんが暗い表情をして、ずっと苦しんでいたことを、あの人はわからないのだ。
しかも、仮にも付き合っていた女性に対して、「友だちだった」なんて……。
(――やっぱり、あの人ガマンできない)
「――おい!!」
殺気立ちながら金子を探している七海の腕を、突然誰かが掴んだ。
腕を掴まれた七海は驚いて立ち止まり、怒りに任せて吊り上げていた目を見開いた。
驚いたせいなのか、殺気立っていた自分の気持ちが、少し収まったような気がする。
七海は後ろを振り返って、自分の腕を掴んだ「誰か」の方を見た。
七海の腕を掴んでいたのは、晶だった。
(――えっ?)
七海は思わず、辺りをキョロキョロと見渡した。
自分と晶がいるのは、「Tanaka Books」があるビルから300メートルほど離れた道路の上だ。
ひと通りはほぼなく、薄暗い街灯が辺りを頼りなく照らしている。
「えっ? どうしてビルの外に出てるんですか?!」
七海は晶の顔を見るなり、思わず大きな声を上げた。
晶はビルの中でしか魔法が使えないのに……
魔法が使えない晶を狙っている魔法使いがいるから、晶はビルの外には出られないはずではなかったのだろうか。
なのに、何故のこのことビルの外に出てきて、自分の腕なんて掴んでいるのだろうか。
「――どうしてって、だって、お前が、さあ」
晶は掴んでいた七海の腕を離すと、七海から顔を背けた。「だって、お前がすげー顔で店出て行ったからに決まってるだろ?! さっきの男に殴り込みにでも行くのかと思ったんだよ! ノブさんの店の人間がそんなことしたら、ノブさんに迷惑がかかるし」
「そっ、そんなことしません! ただ、あの男の人に頭が来て、つい……」
何となくは感じていたが、自分が金子を追いかけてビルの外へ飛び出した時、やっぱり相当殺気立った表情をしていたんだな、と七海は思った。
あのいつもふてぶてしい晶が、自分のことをビルの外まで慌てて追いかけに行くくらい……。
「ついって……、やっぱり殴り込みにでも行くつもりだったんじゃねーかよ!」
「しないって言ってるじゃないですか! そんなに心配しなくても結構です!」
確かに自分でも「勢いに任せて金子のことを殴ったりしてしまうかもしれない」とは思った。
でも、だからと言って、女性の自分が本当に殴り込みに行くとかまで思わなくても……と、七海は頬を膨らませて晶から顔を逸らした。
「お前のことなんて、心配してねーよ! ノブさんに迷惑が掛かるのが心配なんだよ」
「そんなに心配しなくても、ノブさんにも迷惑なんて掛けません!」
七海は薄暗い街灯の下で晶と大声で言い合いながら、さっきまで金子に対して感じていた「怒り」が、スーッと薄らいで行くような感じがした。
晶と向かい合っていると、一瞬でも金子とのことが、どうでも良いような気にさえなってくる。
(――どうでも良いわけ、ないのに)
自分にとって、金子とのことや金子に対する怒りは、決してどうでも良いようなことではない。
なのに、「どうでも良い」ような気持ちになってしまうなんて……。
これも晶の魔法か何かなのだろうか、と七海は思った。
(――でも、ここはビルの外だから、魔法は使えないはずなのに)




