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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
1.
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(5)

「――石橋さん、こちらは堀之内晶ほりのうちしょうって言います。僕の親友の息子で、このビルの上の階に住んでいるんです」

 信彦が持ってきたパイプ椅子に座りながら言った。

 やっぱり親子とか親戚ではなかったのか、と七海は思った。

 会話のやり取りから、この二人は非常に近い間柄なのだろうということはわかる。もしかすると血縁者だろうかとも思ったが、余りにも容姿が似ていない。


「いっ、石橋七海いしばしななみと言います」

 七海は晶に向かって名前を言うと、小さく頭を下げた。

 ちょっと声が上ずってしまったな、と七海は思った。

 だって、この人、「普通の人」じゃないみたいだし……。

「まなみ?」

 晶が驚いたような声で訊き返してきた。

 七海は「えっ?」と思った。

 ずっとふてぶてしかった晶の態度が、この時だけ和らいだような気がしたからだ。

「いえ、あの、『ななみ』です」

「あっ、そう」

 晶はまたふてぶてしいような表情に戻って、七海から目を逸らした。

(――何か、いちいち突っかかる人だな)

 七海は少し顔をしかめた。


「石橋さん、店の『短期スタッフ募集』のポスターを見たんですよね?」

 信彦が七海と晶の間に入るように笑顔で話し始めた。「あそこに『他にもいろいろな仕事をお願いします』って書いてあったのも、見ましたか?」

「はい、見ました」

 七海は店のドアに貼ってある「スタッフ募集」のポスターと、そのポスターを見た時に「他にもいろいろな仕事」の「いろいろ」ってなんだろう、と疑問に思ったことを思い出した。

「実はその『いろいろ』って、この店の仕事だけでなく、ここにいる晶の仕事もやってもらうという意味なんですよ」

「仕事、ですか?」

 七海は思わず晶の方をマジマジと見つめた。

 この人、何の仕事をしているのだろうか。

 信彦が「晶の仕事もやってもらう」と言っていたから、少なくともこの本屋で仕事をしているのではないようだ。

 かと言って、口調と態度からして普通の会社員には見えない。

 だって、この人、「普通の人」じゃないみたいだし……。


「――お前、今さ、『こいつ、何の仕事してるんだろ?』って思っただろ?」

 晶が七海の方にチラリと視線を向けながら言った。

「えっ? 何でわかったんですか?」

 やっぱり、この人、「普通の人」じゃない、と七海は思った。

「わかったって……。顔に超書いてあるんだよ。ノブさんだってわかっただろ?」

 突然話を振られた信彦は、気まずいような笑みを浮かべた。

 七海は思わず両手で顔を覆った。

(――もう! 何なの、この人!)

「じゃあ、何のお仕事をされているんですか?」

 七海は晶の方に鋭い視線を投げつけた。


「魔法使いだよ」

「えっ?」

「俺、魔法使いなんだ」


 七海は晶の方を見たまま、しばらく固まって動かなかった。


(――えーっ!)

 しばらく経って、ようやく七海は心の中で叫び声を上げた。

 そんなのウソだろう、と七海は思った。

 確かに「普通の人」ではないとは思ったけど、まさか魔法使いって、そんな冗談みたいな話……。



「ほっ、本当に魔法使いなんですか?」

 七海が疑い深そうに言うと、晶はさも「面倒くせーな」とでも言いたそうな表情をした。

「本当に決まってるだろ? なあ、ノブさん」

 七海が信彦の方を見ると、信彦は「そうなんですよ」と何とも爽やかな笑顔を見せながら頷いた。

 人の好さそうな信彦が頷いているなんて、もしかすると本当に冗談じゃないのかもしれない。

 七海は軽くめまいを覚えた。


「――でも、でも、でも! ですよ」

 七海はイスから立ち上がると、さっきまで自分が見ていた「魔法使いジョニー」の新刊本を手に取って、晶と信彦に前に突き出した。「でも、魔法使いって、こういうマントを羽織って魔法の杖とか持ってるんじゃないんですか?」

 いや、そういう見た目の問題でもないだろう、と七海も心の中では思っていたが、軽くパニックを起こしていて、思わず話がずれた方向へと走ってしまっていた。

「お前さあ、今、西暦何年だと思ってるんだよ? こんな時代遅れのダサい恰好、するわけないだろ?」

「でも、でも! 魔法使いって、普通はマント羽織ってますよね?」

「あれは架空の話だろ?」

「じゃあ、魔法の杖は?」

「杖ってなんだよ? 年寄りじゃあるまいし。杖なんて持ったこともねーよ」

「だって、だって! 信じられないですよ。本当に魔法使いだなんて……」


「――晶、確かにこのお嬢さんの言う通りだ」

 信彦が真面目な顔をしながら深く頷いた。「今の現代で『自分は魔法使い』なんて言っても、大体の人は信じてくれなくて当たり前だ。僕だって、お前の父親から魔法使いだって告白された時は、いくら親友の言葉とは言えまったく信じられなかったし。その時は……」

「ああ、わかったよ。面倒くせーな。――よし! じゃあ、お前、どうしたら俺が魔法使いだって信じるんだ?」

 晶はパイプ椅子から立ちあがると、睨みつけるような視線で七海のことを見下ろした。

「えっ?」

 いきなり言われても……と、七海は戸惑った。


 七海は苦し紛れに店の中をキョロキョロと見渡した。

 店の窓の外は、今の七海の心の状態とは裏腹に穏やかに晴れている。

 俗に言う「快晴」という天気だ。

 まだ風は冷たいが、確実に季節は春になって来ている。


「どうなんだよ!」

 晶に急かされて、七海は思わず「はっ、はい!」と返事をした。

「じゃあ、今すぐ外に雨が……、そう! 雪が降ったら信じます!」

 まさか、この快晴で雪を降らせるなんて、本当にこの人が魔法使いだとしても、そんなこと……と七海は思いながら言った。

「よし! じゃあ、ついて来い。お前、後で腰抜かしても知らねーからな!」

 晶は言うと、ガツガツと大きな足音を立てながら、さっき自分が入ってきた店の奥のドアの方へと歩いて行った。

 七海は慌てて晶の後を追いかけた。

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