(2)
明け方に起きた七海は、もう一度寝ようと試みたものの結局良く眠ることが出来ず、その日は腫れぼったい瞼のまま、ボーッとした感じで出勤することになった。
鏡で自分の顔を写してみると、瞼が腫れているせいか、いつもよりもより「子供っぽく」見えてしまうような気がする。
七海は鏡から目を逸らすと、「はあっ……」とため息を吐いた。
時間が経てば、それでも瞼の「腫れ」は収まって来るのだろうけど、こんな時に限って、「Tanaka Books」に着いてすぐに、晶が「ホットケーキ!」とねだりに来るのだ。
「――ホットケーキ、作って!」
晶が足音を「ガツガツ」させながら、「Tanaka Books」にやって来た。
信彦はいつも通りの爽やかな笑顔で「おはよう、晶」と言ったが、七海は思わず晶から顔を背けてしまった。
(――この人って、魔法使いのくせに空気読めないんだよな)
まあ、仕方ないと言えば仕方ないけど……。
七海は晶から目線を逸らしたまま「わかりました」と返事すると、スッと足早に給湯室へと向かった。
ホットケーキを作っている間、少しでも自分のこのいつもよりも「子供っぽい」顔を見せなくても済むのはまだ良かったかな、と七海は思った。
七海は給湯室の戸棚から青いパッケージのホットケーキの素を取り出すと、いつものようにホットケーキを作り始めた。
七海が出来上がったホットケーキとフォークを持って、「Tanaka Books」の店の奥の本を自由に読めるスペースに行くと、晶は一人でぼんやりとした表情をしながらイスに座っていた。
ホットケーキを持っている七海の姿を見ると、晶のビー玉のような瞳がキラキラと輝き始める。
この人、本当にホットケーキが好きなんだな、と七海は思うと同時に、やっぱりこの人は子供だな、とも思った。
(――でも、私のホットケーキを美味しそうに残さず食べてくれるのは嬉しいかも)
晶の前にホットケーキとフォークを出した七海は、ふと店の道路に面している大きな窓に目をやった。
(――えっ?!)
七海は店の前の道路を横切って行った見覚えのある人物に目を奪われたが、次の瞬間、目を逸らした。
(――あの人、まさかこの店に入って来るとか……?)
七海は目を逸らしたまま、胸をドキドキさせた。
少しして再び道路の方に目をやると、すでに「あの人」はどこかへ行ってしまった後だった。
七海は「あの人」が店の中に入って来なかったことを確認すると、ホッと胸をなで下ろした。
「――お前、どうしたんだよ?」
晶に声を掛けられて、七海は我に返った。
晶のビー玉のように輝く瞳と、目が合う。
晶のホットケーキの皿がカラになっているのを見て、七海はいつの間に全部食べてしまったのだろうか、と思った。
いや、自分がドキドキしている時間が長かっただけで、別に晶が早食いだったわけではないようだ。
「いえ、何でもないです」
「そうか? いつもぼんやりしてるけど、今日は朝からぼんやりしてるよなー」
この人、魔法使いだからかはわからないけど、空気が読めない割にはヘンなところ鋭いんだよな、と七海は思った。
「大丈夫です」
「お前もお腹空いてるのか? ホットケーキ作って食べれば?」
そんな、ホットケーキがやってくる前の晶ではあるまいし、と七海は心の中でため息を吐いた。
「本当に大丈夫です! お皿、片づけますね」
七海は何でもないような表情で晶の目の前から皿とフォークを取り上げると、足早に給湯室へ行った。
(――堀之内さん、何か気付いたのかな?)
七海は給湯室で皿を洗いながら考えた。
晶は子どもみたいだが、ヘンなところが鋭い。
魔法使いのカンと言うより、それこそ、本当に「子どものカン」とでも言うのだろうか……。
さっき、自分が窓の外にいた「あの人」に胸をドキドキさせていたことについて、いつもの晶らしくなく突っ込んで訊いてきた。
少なくとも「何かある」とは思っているのかもしれない。
(――でも、堀之内さんには関係のないことだし)
そうだ、自分はこの「Tanaka Books」に「誰かを不幸にしたい」という願い事を叶えるために働いているんだ。
晶の魔法使いの仕事をやっているのも、ホットケーキを焼いているのも、全て願い事を叶えたいためだ。
願い事さえ叶えてもらえれば、晶が何に気付こうとも別に構わないんだから、と七海は思った。




