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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
3.
42/105

(12)

 あの女性、晶と一緒に笑顔でエレベーターから降りてきたし、服装も昨日と同じだったから、てっきり晶の彼女で晶の部屋にでも泊まったのだろうと思ったのに……。

 確かにあの状況ではそう勘違いしても仕方ないが、七海は自分の早とちりに、それこそ穴があったら隠れてしまいたいような気持ちになってしまった。


 思わず顔が赤くなってくる。

 さっきの自分の晶に対する態度、明らかに「ヤキモチ」とか「当てつけ」とかそんな感じだったではないか……。


「そう、だったんですね……」

「だから、七海さんが心配しているようなことは何もないんです。全然心配しなくても良いんですよ」

 信彦がニコニコと笑顔を見せながら言うのを見て、七海は慌てて首を振った。

「いえ! 全然、大丈夫です。全然、何も心配してないです!」

 信彦は七海が慌てている様子をニコニコと見ていたが、ふと真顔になった。

「晶、魔力が弱まると、よくあの二人に会うんですよ」

「あの二人と言うと、このビルに住んでいる行政書士の事務所の人と、さっきの女性のことですか?」

「はい。あの二人、とても仲の良いカップルで、その内、結婚するんじゃないんでしょうか? あの二人に会うと晶の魔力が回復するので、多分、あの二人から不足した『愛』を補っているのかもしれませんね」

「そう、なんですか……」


 七海は信彦が「晶の父親が『魔力は愛だ』」と言っていたことを思い出した。

 なるほど、そうやって魔力の元である「愛」を補っていたのか……。

 魔法使いもいろいろと複雑な事情を持っているんだな、と七海は思った。


「晶も自分で『愛』を補えるようになれば良いのかもしれませんが、あの子はまだまだみたいですね。――さて、仕事にしましょうか」

「はい」

 七海は店に入って行く信彦の後ろ姿を見ながら、さっき信彦が言った言葉を思い出した。


(――晶も自分で「愛」を補えるようになれば)


 確かに、あの人、まったくの子供だし、自分で「愛」を補えるようになるにはまだまだ難しいだろうな、と七海は信彦の言葉に頷いた。

 やっぱり、自分の思った通りだ。あの人は、まだ子供だ。

 まあ、女の子の友達はいたけど、「彼女」と呼べるような人はいなかったんだ……。


 七海はそこまで考えて「ハッ」とした。

 これでは、まるで、晶に彼女がいなかったことに自分が「ホッ」としているようではないか。

(――それにしても)

 七海は「はぁ……」とため息を吐いた。(次に堀之内さんに会う時、どんな表情かおで会えばいいんだろう?)




 その日の閉店後、晶は相変わらず「ガツガツ」と大きな足音を立てながら「Tanaka Books」にやって来た。

「――お腹空いた! お前、ホットケーキ作れよ」

 閉店の作業をしていた七海は、思わず晶の顔をまじまじと見つめた。


 七海は今日一日ずっと「次に堀之内さんに会う時、どんな表情かおで会えばいいんだろう?」と考えながら過ごしていた。

 なのに、実際にやってきた晶はいつもとまったく同じ「晶」だ。

 七海は何となく拍子抜けしたような気持ちになったが、同時に「助かった」という気持ちにもなった。

(――この人は今朝のこと、気にも止めていないんだな)

 少し淋しいような気もするが、まあ、これで良いのだろう……。


「わかりました。今、焼いて来るんで、待っててください」

 七海もいつもと変わらない表情で、ホットケーキを焼くために給湯室へと向かった。

(――ホットケーキにまたアイス乗せようかな? まだ、アイス残っていたっけ?)

 給湯室に向いながら、七海はぼんやりと考えた。

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