(11)
「――すっ、すみませんでした」
七海は下を向いたまま小声で言った。「あの、彼女と一緒にいるところを盗み見するつもりなんてなかったんですけど……」
「えっ? 何だって?」
晶の容姿と同じキレイな声がビルの廊下に響き渡る。七海は晶の声に思わず顔を上げた。
晶のビー玉のような瞳とまた目が合う。
七海は晶のいつも通りのふてぶてしい表情に、何だか「ムッ」とした気持ちになった。
さっき一緒にいたキレイな女性と話していた時は笑顔だったのに、どうして晶は自分と接している時は、こうもふてぶてしい表情をするんだろうか。
自分があの女性に比べて童顔で子供っぽいからなのだろうか。
それとも、あの女性に比べてキレイじゃないからなのだろうか。
それとも、あの女性が晶の彼女だから……?
「すみませんでした!」
七海は今度はさっきの晶の声に負けないくらい大きな声で言った。「だから、彼女と一緒にいるところを盗み見するつもりなんてなかったって言ったんです!」
「えっ? お前、何怒ってんの?」
晶が「はあ? どうしたんだ?」という表情をしたので、七海はますます「ムッ」とした気持ちになった。
「もう、いいです。失礼しました!」
七海は晶から顔を逸らすと、カバンから取り出したカギで、店の裏口のドアを「ガチャガチャ」と大げさに開け始めた。
何だか惨めな気持ちだな、と七海は思った。
別に晶のために自分の服の中でも一番「大人っぽい」と思われる服装をしたり、一番「大人っぽい」メイクをしてきたわけではない。
でも、自分なりに頑張っているのに、こうもあのキレイな女性と自分とで態度の「差」があると、何とも言えない惨めな気持ちになってしまう。
「――意味、わかんねーの」
晶はドアを「ガチャガチャ」している七海を見ながら呟いた。「それに、あの人、彼女とかじゃねーし」
(――えっ?)
七海が驚いてドアノブを「ガチャガチャ」していた手を緩めて振り返ると、晶はちょうどエレベーターに乗り込むところだった。
(――えっ? 彼女じゃないって、どういうこと?!)
七海は思わず晶を引き留めようとしたが、一体、どんな言葉で引き留めればいいのか、適当な言葉が見つからない。
エレベーターの扉が「カチャリ」と閉まって行くのを、七海はただ立ちすくんで見守るしかなかった。
「――七海さん」
七海は信彦に話しかけられて、やっと我に返った。
(――そうだった、ノブさんもいたんだった)
七海は今更ながら「しまった」という気持ちになった。
さっきまでの自分の晶に対する態度、信彦は傍でずっと見ていたはずだ。
「あっ、はい!」
七海はなるべく何でもないような表情で信彦の方を振り返ったが、信彦の笑顔に比べて自分の笑顔は明らかに引きつっている。
「カギ、落としましたよ」
信彦が七海に、店の奥のドアのカギを手渡した。
晶の方を振り返った時に落としたのだろう。七海は自分がいつ店のカギを落としたのか覚えがなかった。
「あっ、ありがとうございます」
「後、さっき晶が言ったことは本当ですよ。一緒にいた女性、晶の彼女ではありません」
信彦がニコニコしながら言った。
やっぱり、信彦は自分があの女性のことを気にしていることに感付いたらしい。
「でも、あの女の人、堀之内さんと一緒にエレベーターから降りてきましたし、服が昨日と同じでしたし……」
七海がもう誤魔化そうとするのはやめて正直に信彦に言うと、信彦は優しそうに首を横に振った。
「七海さん、僕が前に、晶の亡くなった母親がビルの上の階にある行政書士の事務所で働いていたって言ったこと、覚えてますか?」
「はい」
「さっき晶と一緒にいた女性、その行政書士の事務所で働いているスタッフの彼女なんです」
「えっ? そうなんですか?」
七海は思わず大きな声を上げた。
「そうです。あの三人は友達なんです。その行政書士の事務所の人、このビルの一室に住んでいるんですけど、女性の服装が昨日と一緒なのは、その人の部屋に泊まったからではないでしょうか? 一か月に一回くらい、行政書士の事務所の人たちとかがみんなで集まってそのスタッフの部屋で飲むらしいんですけど、晶もお邪魔しているみたいです。で、あの女性も来たんでしょうね」




