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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
3.
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(8)

 七海が晶の座っていたイスを見ると、イスの下にグラジオラスの花びらがひとひらだけ、灰にならずに残っていた。

 七海は思わずそのひとひらだけ残っているグラジオラスの花びらを拾い上げた。

「――グラジオラスの花の名前って、古代ローマで使われていた剣の『グラディウス』から来ているんですよ」

 グラジオラスの花びらを拾っている七海に向かって、信彦が言った。

「剣? グラディ……ウス?」

「はい。魔法使いにはグラジオラスの花は『剣』の代わりらしいんです。何か退治したいものがあると、さっきの晶のようにああやってグラジオラスで追っ払ったりするんですよ」

「そうなんですね」

 そう言えば、晶がいつも頼むくしゃくしゃの買い物のメモ紙に良く「グラジオラス」と殴り書きで書いてあったな、と七海は思った。


「七海さんが店の前で会った、ウロウロとしている男、多分、この間話した晶の親戚です」

「堀之内さんの親戚って、あの堀之内さんの魔法の継承を狙っている?」

 七海は昨日信彦が「晶が魔法の使えないビルの外に出ないのは、親戚が狙っているからなんですよ。晶の魔法の継承を狙っているんです」と言っていたことを思い出した。

「そうです。親戚も魔法使いと言えば魔法使いなんですけど、晶の魔力の方が遥かに強いので、晶がこのビルの中にいさえすれば、何も手出しができないんです。でも……」

「でも?」

「でも、何かの拍子に晶の魔力が弱まることがあるんです。もちろん、一時的なことなんですけどね。そうなると、さっきのように、ビルの中に『呪いの魔法』を忍び込ませてくることがあるんですよ。実は僕も一回、妙な男がビルの前をウロウロしていて、この店の客かと思って声を掛けたら、『呪い』を掛けられたことがあるんです。その時も、さっきの七海さんのようにグラジオラスで「呪い」を追い払われました。

 ――ああ、七海さん、心配しなくても大丈夫ですよ! 『呪いの魔法』を掛けられたって、晶が追い払ってくれれば跡形もなく消えてしまいますし、このビルを出ても僕たちが晶と近い間柄だってことはバレないようになっているんで」


 自分があのウロウロしている男に「呪いの魔法」をかけられたのは、自分がこの本屋のスタッフだと自ら名乗ったせいだからなのか。

 七海は今度は気を付けないといけないな、と思った。


 七海は信彦の「大丈夫ですよ!」という言葉を聞いてホッとしたが、すぐに不思議そうに首を傾げた。

「どうして、堀之内さんの魔力が弱まったりするんですか? それに、さっきの堀之内さん、別に疲れていたり具合が悪そうでもなかったんですけど」

 あんなに勢い付けてグラジオラスで人の背中を叩こうとしている人の魔力が弱まっているようには見えないけど……、と七海は思った。

「僕も詳しくはわからないんですけど、魔力と体力は特にリンクしないそうなんです。体調が悪くても魔力が弱まることはないし、反対に魔力が弱まっているから体調が悪いと言うことはない。晶の父親が『魔力は愛だ』って言ってましたね」

「あっ、愛?」

 七海は思わず信彦に訊き返した。

「そうです。愛がたくさんあれば魔力は強いし、愛が足りなければ魔力が弱い、と言ってました。『晶は僕と妻の愛情をたくさん受けているから、最強の魔法使いになるんだ』って、晶の父親は言っていました」

 現実の魔法って、そういう「愛」が原動力になって魔力になるのか、と七海は驚いた。


 それにしても、「晶は僕と妻の愛情をたくさん受けているから、最強の魔法使いになるんだ」ってキザなセリフだな、と七海は思ったが、この間、信彦が見せてくれたあの晶の父親の穏やかな表情と「美青年」な顔立ちだったら、そんなセリフを言っても違和感がないな、とも思った。


「じゃあ、今の堀之内さんは『愛が不足している』ってことなんですか? 愛情不足ってことなんですか?」

「まあ、そういうことになりますね。でも、七海さんが気にしなくても、その内、晶の魔力は戻りますよ。大丈夫です」

 信彦は満面の笑みを浮かべると、奥の部屋からホウキとチリトリを持って来て、灰になったグラジオラスを掃除し始めた。


 七海は信彦の様子を見て本屋の仕事に戻ったが、さっきの信彦の言葉が気になった。

(――ノブさん、『その内、晶の魔力は戻ります』って言ってたけど、本当に大丈夫なのかな?)

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