(18)
七海はその日は一日、何とも言えないソワソワとした気持ちのまま仕事をした。
店の閉店間際になっても、葉月はもちろん、晶も姿を見せなかった。
「――今日、晶は七海さんのホットケーキを食べに来なかったですね」
閉店後、店の片づけをしていると、まるで信彦が七海の心の中を見透かしたかのように言った。
「えっ? あっ、はい、そうですね」
七海は思わず胸をドキドキさせた。
「晶が来ないの、気になりますか?」
信彦がニコニコしながら七海に訊いた。
「いえ、全然気にならないです!」
七海は信彦から顔を逸らすようにして、店の奥にある本を自由に読めるスペースの片づけをしに行った。
七海はテーブルを拭きながら、ふとスペースの奥のいつも葉月が座っていたイスの方を見た。
信彦は葉月に「自分の考えや期待を押し付け過ぎていたのではないかと思って反省しました」と言っていたっけ。
自分も葉月に自分の考えを押し付け過ぎていたのだろうか、と七海は今さらになって信彦と同じように反省した。
でも、例え自分の考えを押し付け過ぎていたとは言え、自分が葉月のことを本気で心配していたのは本当だ。
だって、あの葉月の暗い表情。
ああいう暗い表情をする人間が、後々どうなるか、自分には痛い程わかるから……。
七海がため息を吐いて再びテーブルを拭こうとした時、部屋の奥のドアの方から「ガタッ」と大きな音が聞こえてきた。
七海は思わずビクッとして、ドアの方を見つめた。
もしかして晶なのだろうか、とも思ったが、ドアが開いて晶が入って来る気配はない。
そうすると、ドアの向こうで何か落ちたりしたのだろうか。
七海は部屋の奥のドアを開いた。
七海の身体に夜風が当たる。
ドアを開けると、そこにはビルの屋上の風景が広がっていた。
(――あれっ?)
七海は思わず後ろを振り返った。
後ろには階段がある。
(――私、いつ階段登ったっけ?)
いや、さっきまで自分は店の奥の本を自由に読めるスペースにいたはずだ。
前にもこういうことがあったな、と七海は思った。
初めて「Tanaka Books」に来た時、晶が魔法使いだと信じられないと言った自分に晶が雪を降らせた、あの時だ。
――と言うことは。
七海は屋上に入ると、キョロキョロと辺りを見渡した。
屋上の端っこの方に見覚えのある人影を見つけた。
アディダスのスニーカーにリーバイスのジーンズを履き、カーキ色の薄手のモッズコートを羽織っている。晶だった。
晶は片手に持った缶のギネスビールを飲みながら、ぼんやりと夜空を眺めていた。
「――よお」
晶は屋上の入り口で立ち止まっている七海に気付くと、声を掛けた。「お前、何で屋上に来てるんだ?」
「わっ、私だって知りませんよ。片づけしてたらドアの向こうから物音がして……。で、ドアを開けたら屋上だったんです!」
七海は言いながら晶に近付いた。




