(15)
やっぱりこの人は何もわからないんだな、と七海は思った。「世間から忘れられた人間」がどうなるかとか、そういうことが何もわからないんだ。
魔法使いなのに、そんなことも予想つかないのだろうか、と七海はますます「ムッ」とした気持ちになり、そして、何だか悲しい気持ちになった。
(――私の気持ちなんて、誰もわかってくれないんだ)
その時、部屋の入り口から「ガタッ」という音が聞こえた。
七海と晶が音の聞こえた方向に反射的に顔を向けると、葉月が何とも気まずそうな表情で部屋の入り口に立っていた。
「――実は、パソコン忘れてしまって取りに来たんです」
七海はハッとして、葉月が座っていたイスの方を見た。七海のいる場所からは良く見えなかったが、確かに葉月が座っていたイスのところに葉月のパソコンのキャリーケースが置き去りにされている。
「そうだったんですね、どうぞ。――あれ、店長は? 一緒に行ったんじゃあ……」
七海が葉月にキャリーケースを渡しながら言った。
「駅にいく途中で降してもらったんです。『一緒に戻る』と言ってくれたんですが、さすがに悪くて……」
「そうなんですね」
七海は何となく葉月と目を合わせられなかった。
葉月はさっきの晶と自分の会話を聞いていたのだろうか。
「――すみません、あの」
葉月が七海と晶を交互にゆっくりと見た。「さっきの会話、聞いてしまって……。すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、お二人とも、僕のこと気にかけて下さって本当にありがとうございます」
葉月は丁寧に七海と晶に向かって頭を下げた。
「いえ、そんな……」
七海は葉月に頭を上げるような仕草をしたが、晶はただ黙って座ったまま、葉月のことをジッと見ているだけだった。
「でも、もう、僕、小説書くのやめます」
「えっ?」
七海は思わず声を上げた。
「今日の昼間、担当の編集の人と会って話して来たんです。もう、小説は書けないって。と言うよりも、僕には小説を書く資格がないんです」
「それってどういう……?」
「すみません、こんなに心配してもらったのに……。実はあの『ソングバード』、僕が書いた小説ではないんです」
「えっ?」
七海は驚きのあまり、その後の言葉が見つからなかった。
戸惑いのあまり、葉月の方をこのまま見ていて良いのかもわからなくなり、思わず視線をずらした。
視線をずらした先には晶がいた。
晶は七海と違って特に驚いた様子もなく、ただ、葉月のことをジッと見つめたままだった。
「あの小説、実は僕の亡くなった友達が書いた小説なんです。友達が自分と自分の彼女のことをモデルにして書いた小説なんです」
「そう、だったんですか……」
七海は昼間に店にやって来た、葉月の友達の彼女だったという女性のことを思い出した。
(――藤堂君が作家デビューしてから、何だか疎遠になっちゃって。もしかすると、遠慮しているのかもしれないですし)
葉月が友達の彼女と「疎遠」になってしまった本当の理由はこれだったのか、と七海は思った。
「あれ、友達の処女作なんですよ。ずっと小説書いていた僕に、感想聞かせてほしいってメールで送って来て、その後にスグに交通事故で亡くなってしまって……。亡くなった後ずっと読めなくて、でも読まなくちゃいけないと思って自分の小説をバックアップしているUSBメモリに入れて持ち歩いていたんです。
で、その頃、大学の時の恩師が僕の小説を読みたいと言ってきて、USBメモリを渡したんです。そしたら、あの『ソングバード』が良いから小説の公募に出してみたらどうだと言われて……。
僕もその時に『あれは亡くなった友達が書いた小説だ』って言えば良かったんですけど、先生があまりにもしつこく出せ出せと言うから、まさか賞が獲れるわけがないと思って応募したんです。そしたら、賞を獲ってしまって……」
「――」
七海はただ葉月が話すのを聞いていた。
まさか、あの『ソングバード』が盗作だったなんて……。
七海は驚くのと同時に、葉月に複雑な気持ちを抱いた。
成り行きとは言え、亡くなった友達の小説を公募に出して、賞を獲ったのは良くないことだ。
あの『ソングバード』を読んで感動した自分に取って、何だか裏切られたような気持ちになったのも正直な気持ちだった。
でも、葉月がずっとしていた、あの暗い表情……。
小説の筆が進まなくて悩んでいたのではなく、友達の小説を盗作したことをずっと悔やんでしていた表情だとしたら?
葉月はずっと周りに「新しい小説はどうなった?」とか「新しい小説は書かないのか?」と言われる度にツラい思いをしていたというのだろうか。




