(14)
七海が晶の分のホットケーキを焼いて店の本を自由に読めるスペースに戻ると、晶が一人でイスに座ってぼんやりと外の景色を眺めていた。
もう、信彦と葉月は出て行った後のようだった。
晶のぼんやりとした表情を見ながら、七海は晶がそんなにお腹が空いていたのだろうか、と思った。
それとも、ビルの外に出られる信彦と葉月のことを羨ましく思っているのだろうか。
ぼんやりとしていた晶は、七海がホットケーキの乗った皿を持って部屋に入って来るのを見ると、ビー玉のような瞳をますます輝かせた。
そして、七海からフォークを奪い取るように受け取ると、美味しそうにホットケーキを食べ始めた。
やっぱり、ぼんやりと外の景色を眺めていたのは、お腹が空いていたからなのだろうか、と七海は少しガッカリしたような気持ちになった。
「――そう言えば」
七海はふと思い出した。「葉月さんには言わなかったんですけど、今日、葉月さんがいない間に葉月さんの友達の彼女だったっていう人が来たんです」
「ふうん」
葉月は七海の話に興味があるのかないのか、ホットケーキを食べることに意識を集中させているのか、気のない相槌を打った。
「葉月さんの友達、つまりその女の人の彼氏だった人、三年前に交通事故で亡くなったって言ってました。女の人、葉月さんの『ソングバード』のヒロインの女の子にそっくりで……。最初見た時『どっかで会ったことあったっけ?』って思っちゃって」
「――」
晶はホットケーキを食べながら、黙って七海の話を聞いていた。
「葉月さんの『ソングバード』の話、その女の子と葉月さんの友達がモデルみたいだって言ってました。その女の人、葉月さんが最近新しい小説を発表していないの、気にしていたみたいで……」
「――お前さあ」
ずっと黙って聞いていた晶が、突然口を挟んで来た。
「はい?」
「その話、あいつに話した?」
「『その話』って、葉月さんの友達の彼女の話ですか? 葉月さんが新しい小説を発表していないことを気にしてるってことですか?」
「そう」
「話してないですよ。その女の人、自分がこの店に来たこと、葉月さんに話さなくても大丈夫って言ってましたし」
「だったらいいけどさ」
七海は以前に晶と葉月の小説の件で言い合ったことを思い出した。
晶は言い合った時、「別に、書けないんだったら、ムリに書かなくてもいいんじゃね?」
と言っていたっけ。
その時は自分もかなり言い返したな、と七海は思った。
でも、そうやって「別に、書けないんだったら、ムリに書かなくてもいいんじゃね?」
と投げやりな言葉をいう割には、今は葉月のことを気にかけるような発言をしているし、葉月と楽しそうに会話しているし、葉月には自分の出身高校まで話すし……。
一体、晶は何を考えているのだろうか。
七海は晶と葉月が楽しそうに会話している時に感じた「ムッ」とした感情が、再び胸に湧いてくるのを感じた。
「堀之内さんって、葉月さんがどうしたらいいと思ってるんですか?」
七海は晶から視線を逸らして、部屋の机の上を拭きながら言った。
「どうしたらって? 何だ、それ」
「だって、前は『別に、書けないんだったら、ムリに書かなくてもいいんじゃね?』って言ってたのに、今は『その話、あいつに話した?』とか言ってるし……。よくわかりません」
七海は自分でもなぜこんな発言を晶にしてしまうのか、よくわからなかった。
よくわからないが、何というか、自分の胸に湧いて来た「ムッ」という感情が言わせているような気だけはした。
「よくわからないって……。そのままだけどな。別に、小説書けないんだったら、ムリに書かなくてもいいんじゃね? で、お前も小説書けないことについてあいつに何か言ったりしない方がいいんじゃねーかって。ああいうのは、人の勝手にさせて放っておけば良いんだよ」
「でも、私、前言いましたよね? 締め切りとか葉月さんの次の作品を読みたい人が待ってるとか、そういう事情もあるって。それに葉月さんのことを放ったままにしておいて、世間から忘れ去られたりしたら、葉月さん、どうなってしまうんですか?」
「どうなるって、お前、それ前も言ってたよな? 何でそんなこと気にするんだよ。どうにかなるだろう? 小説なんて書かなくても生きてけるし」
「それはそうですけど……」
七海は口をつぐんだ。




