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葉月の親友の彼女だという女性が店を後にしてしばらく経ってからも、葉月はなかなか「Tanaka Books」に戻って来なかった。
(――「少し出る」とか言っていたけど、もう戻ってこないのかな?)
でも、店の奥の本を自由に読めるスペースには、葉月の飲みかけのペットボトルと買ったばかりの「魔法使いジョニー」シリーズの新刊本がおいてある。
多分、戻っては来るのだろう。
七海は特に葉月を待っているというわけではなかったが、ただ、さっき葉月の亡くなった親友の彼女だという女性との会話が気になっていた。
あの女性も、葉月が「ソングバード」みたいな純文学の小説を書くことを意外に思っている。
この「意外」な気持ち、何を意味しているのだろうか。
七海が考えながら店のレジ業務や本の整理などをやっていると、葉月ではなく晶が本屋に入ってきた。
七海は昨日の晶との葉月に関するやり取りを思い出して、思わず身構えてしまったが、晶はまったく何も気にしていないような様子だった。
いつも通り「ガツガツ」と足音を立てながら、七海の方に近付いて来て、
「――お前さあ」
と、くしゃくしゃになったメモ紙を一枚、七海の方に差し出した。「ちょっと、これ買って来いよ。で、帰ってきたら、またホットケーキ作って」
「わかりました」
七海がくしゃくしゃのメモ紙を受け取って中身を見てみると、いつも通りの殴り書きの字で花の名前やらハーブの名前やらが書いてある。
晶が花やハーブを買って来いなんて、それこそ意外な感じがするが、よくあることだった。
多分、魔法の薬や魔法の何かの材料なのだろう。
大概の材料は少し歩いたところにある大手百貨店の花屋と地下の食料品売り場で買えるものばかりだった。
普通に百貨店で売られているものが、晶の手にかかれば魔法の「何か」になってしまうなんて、世の中って不思議だな、と七海は思う。
七海は信彦に断ると、「Tanaka Books」のエプロンを脱いで、百貨店へと出かけて行った。
(――そうだ、ホットケーキの素も買わないと)
七海は百貨店への道を歩きながら思いついた。
晶はホットケーキの素にこだわりがあり、良く売られているホットケーキの素では満足しない。青いパッケージの少し値の張るものでないといけないのだ。
(――それにしても、これから毎日ホットケーキ作るんだろうか)
七海は百貨店の食料品売り場で青いパッケージのホットケーキの素を手に取りながら、ふと思った。
でも、別に毎日作ってもいいかな、とも七海は思った。
晶は自分のホットケーキを本当に美味しそうに食べてくれる。
前に毎日ホットケーキを作っていた時に比べれば、報われた気持ちにはなる。
七海は青いパッケージのホットケーキの素をカゴにドサドサと3箱ほど入れると、会計を済ませて百貨店を後にした。




