(11)
葉月は「用事があるので、少し出てきます」と午後3時くらいに「Tanaka Books」を出て行った。
七海は笑顔で「行ってらっしゃい」と言いながらも、葉月と「魔法使いジョニー」シリーズのことを語った時の「意外」な気持ちを思い出して、また心の中で首を傾げた。
葉月が店を出て行って少し経つと、葉月と入れ違いのように若い女性の客が「Tanaka Books」に入ってきた。
葉月のことを考えていた七海は、慌てて「いらっしゃいませ」と笑顔を女性に向けた。
あれっ、あの人? と七海はその若い女性客をジッと見てしまった。
あの女性客を、どこかで見たことがあるような気がしたからだ。
長いストレートの黒髪をサラサラとなびかせている。自分と同い年くらいで、色が白くて瞳が大きくて、いかにも「美少女」と言ったイメージの容姿だ。服装も「お嬢さん」と言ってしまいそうな、上品そうな花柄のマキシ丈のワンピースを着ている。
女性は七海に声を掛けられると、口角を少し上げて七海に会釈した。
その仕草が余りにも優雅で、七海は思わず見とれてしまった。
でも、自分はこの女性をどこで見かけたのだろうか。
客としてこの「Tanaka Books」に来店したことがあるのだろうか、と七海は思ったが、客として来たような記憶はない。
同い年みたいだから、小学校とかの同級生だったのだろうか、とも思ったが、同級生という感じでもなかった。
では、一体この女性をどこで見かけたのだろうか。
女性はゆっくりとした仕草で本屋の店内を回った。
雑誌を開いたり新刊本のコーナーで立ち止まったりするのを、七海はレジに立ちながらこっそりと観察した。
やっぱり、あの女性、どこかで見たことがあるような気がする。
七海が考えていると、女性が最近発売されたばかりの有名な純文学作家の単行本を持って、レジにやってきた。
「ありがとうございます」
「――」
七海が本を受け取ってレジを打とうとすると、女性がレジの奥の本を見ていることに気付いた。
女性の目線の先には、葉月の「ソングバード」のサイン本が置いてある。
「もしかして、この本、気になりますか? これ、サイン本なんです」
七海が葉月のサイン本を取ろうとすると、女性が「大丈夫です」と笑顔で答えた。
「私、持ってるんです。――藤堂君、この小説書いた葉月なつきと大学の同級生で」
「あっ、そうだったんですね。葉月さん、この店に良く来るんです。さっきもいらっしゃってました」
七海は話しながら、「そうだ!」と思った。
この女性、葉月の書いた小説「ソングバード」で、主人公の男の子が恋をするヒロインに雰囲気がそっくりなのだ。
髪形や服装など、小説の描写そのままだった。
女性は「葉月なつき」と同級生と言っていたが、もしかすると小説のヒロインはこの女性をモデルにして書かれたのだろうか。
「藤堂君、この店に来ているんですか? 前にトークショーをやったのは知ってたんですけど、私、藤堂君と最近会ってなくて……。私の彼氏の親友だったんですけど、その、彼氏が亡くなってから全然会ってなくて」
「亡くなった?」
七海は思わず訊き返してしまったが、デリケートな話なのに訊き返してしまって良かったのだろうかと心配になった。
でも、女性は特に気にしてはいないらしく、穏やかな笑顔のまま表情を崩さなかった。
「はい、三年前に交通事故で亡くなってしまって……。あの二人、私もヤキモチしちゃうくらい、すごく仲が良かったんですよ。彼氏も藤堂君に影響受けて小説みたいなの書いていたみたいです」
「そうだったんですね」
ということは、やっぱりあの「ソングバード」のヒロインは目の前にいる女性がモデルで、主人公は葉月の友達である女性の彼氏がモデルなのだろうか、と七海は思った。
「藤堂君、元気そうですか?」
「あっ、いえ、まあ……。ここでいつも小説書いてますし」
七海は葉月がいつもしている暗い表情を思い出しながら、思わず言葉を濁した。
「だったら良いんですけど。最近、新しい小説が出たって話が全然なくて、ちょっと心配で」
「毎日というわけではないですけど、よく店に来てくれて、奥の本を読めるスペースで小説書いたりしているんです。葉月さん、今日も来ていて少し外出しているんですけど、もしならお待ちになりますか?」
「いえ、大丈夫です。藤堂君が作家デビューしてから、何だか疎遠になっちゃって。もしかすると、遠慮しているのかもしれないですし」
「遠慮?」
「あの『ソングバード』、多分、私と亡くなった彼氏がモデルみたいなんです。藤堂君、勝手にモデルにしたのを悪く思っているみたいで……。私は全然気にしていないんですけど」
「やっぱり、モデルだったんですね。私、葉月さんの『ソングバード』読んだんですけど、お客様を見た時に、ヒロインの女の子に似てるなって思いました」
女性はゆっくりと微笑んだ。
「実際はあの小説みたいに、ロマンチックな思い出とかはないんですよ。――でも、藤堂君があんな感じの純文学の恋愛小説書いたのは意外でしたけど」
「意外?」
「彼氏と藤堂君、すごく仲が良かったけど、読んでる本のジャンルが全然違って……。彼氏は純文学系の本ばっかり読んでいて、藤堂君は、そうそう! この『魔法使いジョニー』シリーズとかのファンタジー小説ばっかり読んでたんです」
女性はレジの脇に平積みになっている「魔法使いジョニー」シリーズに視線を落としながら言った。
(――そうなんだ)
七海と女性はひとしきり葉月の話題で盛り上がった。
七海は女性と話をしながら、何となく心に引っかかるものを感じていた。
(――やっぱり、この女性も葉月さんが「ソングバード」みたいな純文学の小説を書くのを意外に思っているんだ)




