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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
2. Songbird(ソングバード)
18/105

(9)

 魔法使いも普通の高校に行くんだ……。


 魔法学校には行ったりはしないのだろうか、と七海は疑問に思った。

 七海の好きな「魔法使いジョニー」シリーズの主人公・魔法使いジョニーは、国立の魔法学校で魔法をキッチリと学んでいる。

 七海の中で「魔法使い」とカテゴライズされる人物は結構な確率で魔法学校へ行っていたような気がする。

 まあ、確かに現実の世界で「魔法学校」があるのか? と訊かれると、「本当にあるのかな?」と首を傾げるしかないが……。


 でも、魔法学校に行かないで、晶はどうやって魔法を取得したというのだろうか。


「中退したんですか?」

 葉月が訊いた。

「ああ、一年間山にこもらなくちゃいけなくなってさ。高校なんて行ってられなくなったんだ」

「山にこもる?」

 葉月が不思議そうな表情をした。


(――まさか、一年間山にこもって魔法を習得したとか?!)

 そうなると、現実の魔法使いは一年間山にこもって魔法を習得するということなのだろうか。


 七海は晶の新事実に夢中になり、思わずホットケーキの乗ったトレイを落としそうになってしまった。

 慌ててトレイを持ち直しながら、七海はふと疑問に思った。

(――でも、何であの人、葉月さんには自分の身の上をベラベラとしゃべるんだろう? 私には身の上話なんて何も話さなかったのに)

 七海は心の中で呟くと、何となく「ムッ」とした気持ちになった。


「――何、そこでボーッとしてんだよ? ホットケーキ、出来たんだろ?」

 突然、晶に声を掛けられて、七海はまたホットケーキの乗ったトレイを落としそうになってしまった。

「はい、出来ました!」

 七海はさっき感じた「ムッ」とした気持ちのまま、晶と葉月の前にホットケーキの乗った皿をゴトゴトと置いた。

「すごい! 美味しそうですね。こんなに美味しそうなホットケーキ、初めて見たかもしれない」

 ホットケーキを見るなり、葉月が感嘆の声を上げた。

「ああ、美味いよ」

 晶はさも「この美味いホットケーキは俺が作ったんだ」とでも言いたそうなしたり顔をすると、七海からフォークを奪い取るかのように受け取って、早速ホットケーキを食べ始めた。

 葉月もホットケーキにフォークを入れた。


 晶も葉月も、本当に美味しそうにホットケーキを食べている。

 七海は昨日と同じように、また涙ぐみそうになった。


 前、自分はホットケーキを大切なたった一人の人間のために作っていた。

 美味しいホットケーキを作るにはどうすれば良いか散々悩んだし、見た目やバターやメープルシロップのかけ方まで研究した。

 もう、その一人のためにホットケーキを作ることはないが、こうやって自分の作ったホットケーキを美味しそうに食べてくれる人を見るのは、正直嬉しい。

 散々悩んだ、あの頃の自分が報われたような気持ちになる。


「――何、またボーッとしてんだよ?」

 晶に声を掛けられて、七海は我に返った。

「いえ、何でもありません」

 七海は晶に声を掛けられて、さっき自分が感じた「ムッ」という感情を思い出した。

 思わず不機嫌そうな表情で晶から視線を逸らしてしまう。

 晶は七海の不機嫌そうな表情に気付いていないのか気にも止めないのか、何でもないような表情でホットケーキの続きを食べ始めた。


 七海は何だかますます「ムッ」とした気持ちになった。


「――でも、このホットケーキ、本当に美味しいです。今まで食べた中で一番美味しいです」

 今度は葉月が七海に声を掛けた。

「ありがとうございます、ホットケーキ作るのは得意なんです」

「そうそう、ホットケーキ作るのだけは得意なんだよな」

 晶が横から口を挟んできたので、七海は「余計なひと言を!」と言う視線を晶に向けた。

 葉月はそんな七海と晶のやり取りを、信彦のようにただニコニコと眺めていた。


「それよりも、葉月さん、小説書いてるんじゃないんですか? こんなにおしゃべりしていたら邪魔になるんじゃあ……」

 二人がホットケーキを食べ終わると、七海がホットケーキの乗っていた皿を片づけながら晶に言った。

「いえ、全然邪魔じゃないですよ。堀之内さんの話、すごく面白いし」

 葉月が笑顔で答えた。

「だったら、良いんですけど……。でも、そうすると、小説のネタとか思いつきましたか?」

 七海は前に葉月が小説の登場人物に出てくると面白いような強烈なキャラクターを求めていたこと、葉月が晶のことを「すごく良いキャラしてますね」と言っていたことを思い出した。

 もしかすると、葉月は晶とおしゃべりしていて、小説のネタやアイディアを思いついたかもしれない。

「いえ、それは……」

 笑顔だった葉月は急に表情を曇らせた。

 七海は「あれっ?」と思った。

 あんな強烈なキャラクターの晶と話しても、葉月は小説のネタは思い浮かばなかったのだろうか。


「――お前さあ」

 晶が七海のブラウスの裾を引っ張りながら、七海と葉月の会話に割り込んで来た。「ホットケーキ、俺の分、もう一枚焼いて来いよ」

「えっ? まだ食べるんですか?」

 さっき、結構な量を作ったのに、と七海は思った。

「いいじゃん、焼いて来いよ。今度はメープルシロップじゃなくて、ハチミツかけて来て」

 ハチミツって……、本当に子供だな。

 七海は呆れたが、それでも自分のホットケーキを所望してくれることは嬉しかった。


 七海はまた店の奥の給湯室へ行くと、晶の分のホットケーキを追加で焼いた。

 今度はホットケーキの上にハチミツとバターを掛ける。

 七海がホットケーキの皿をトレイに乗せて部屋に戻ると、葉月がちょうどノートパソコンをカバンにしまおうとしているところだった。

「葉月さん、帰られるんですか?」

「はい。ホットケーキごちそうさまでした、美味しかったです。また、寄らせて頂きますね」

「はい、またいらっしゃってください」

 葉月がカバンにノートパソコンをしまう時、カバンの底にあった本の表紙が七海の目に留まった。


(――あれっ? あの本)


 七海には本の表紙のイラストに見覚えがあった。

 あのイラスト、自分が愛読している「魔法使いジョニー」シリーズの表紙だ。

 七海は店を出て行く葉月の後ろ姿を見送りながら、葉月も「魔法使いジョニー」シリーズが好きなのだろうか、と思った。

(――でも、意外だな)

 葉月の小説の「ソングバード」は昭和初期に発刊された純文学の文芸誌の賞を獲っているし、著名な純文学の賞の候補にもなっている。

 でも、「魔法使いジョニー」シリーズは俗に言うライトノベルのファンタジー小説だ。有名な本だし、素晴らしい内容の本ではあるが、純文学の賞を獲った葉月が読んでいるのは意外なような気がした。

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