(29)
七海は神社の外に出ると、慌ててタクシーを拾った。
「お前さあ、そんなに慌てるとコケるぞ」
いつも通りふてぶてしい表情でふてぶてしく言った晶を見て、七海は心の中に「ムッ」とした感情が湧き上がって来るのを感じた。
「堀之内さんこそ、どうしてそんなにのん気にしてられるんですか? さあ、早く乗ってください!」
七海は拾ったタクシーに晶を押し込めるように入れると、自分も乗り込んだ。
タクシーは出発したが、ちょうど通勤ラッシュの時間に被ってしまったので、なかなか前に進まない。
七海はタクシーの窓からソワソワとしながら辺りをキョロキョロと見渡した。
晶はそんな七海の様子を横目でチラリと見ながら、小さなあくびをした。
「お前、そんな心配すんなって。あのハト、すぐにバレねーだろうし」
「堀之内さん、よくそんなに余裕でいられますね!」
「お前こそ、何でそんなにソワソワしてんの?」
晶に言われて、七海は胸をドキドキさせた。
だって……と七海は心の中で呟いた。
(――だって、堀之内さんの手、いつ離せばいいのかわからなくなっちゃったんだもの)
さっき、七海は神社の境内で晶の手を掴んだが、それからずっと晶の手を掴んでいる。
晶も特に手を振り解こうともしないし、手を離すタイミングを完全に失ってしまったのだ。
もちろん、晶の親戚が襲って来ないかと言う不安もあるが、晶の手を握っているからソワソワしているのもあるのだろうと七海は思った。
「だって、また堀之内さんの親戚の人が襲って来たらイヤだし……」
七海は顔を俯かせながら、半分本心を言った。
言いながら、もうここまで来たら、ビルに戻るまで手を掴んでいるままでもいいのかも……と半分本気で思った。
「ビルまであと少しだし、大丈夫なんじゃね? まあ、あいつらが襲ってきたら、俺が助けてやるよ」
七海が思わず晶の方を見ると、晶はふてぶてしい表情で七海を見ながら「仕方ねーからさ」と言った。
七海はまた心の中で「ムッ」とすると、晶から視線を逸らして窓の外を眺めた。
「でも、どうして、堀之内さんの魔法は私を助けようとすると、ビルの外でも使えるようになるんでしょうか?」
七海が自分の「ムッ」とした感情を誤魔化そうと、独り言のように呟いた。
「そーだな、どうしてだろうな」
「堀之内さんも理由がわからないんですか?」
「まあな。でも、前に父さんが言ってたな。魔力は……」
晶は言いかけて、突然言葉を濁らせた。
「魔力は? 何ですか?」
七海は「あれっ?」と思い、晶の方を見て訊き返した。
晶は七海と目が合うと、ビー玉のような瞳に戸惑いの色を見せた。
そして、七海から目を逸らすと、まるで何かを誤魔化すかのように大きなあくびを一つした。
「――ああ、俺、眠くなってきたわ。ビル着くまで寝るぞ」
「えっ? 寝ちゃうんですか?」
七海が言うよりも早く、晶は瞼を閉じて眠りに落ちた。
――七海に手を握られたまま。
七海は横目で晶の寝顔を見た。
晶の寝顔は、相変わらず見とれてしまうほどキレイだった。
(――堀之内さん、急にどうしちゃったんだろう?)
さっきの晶は明らかに慌てていたようにも見えたが……。
晶は「まあな。でも、前に父さんが言ってたな。魔力は……」と言っていたが、その後にどんな言葉を濁らせたと言うのだろうか。
気になるな、と七海は思った。
(――でも、前にそんな「魔力」の話、どっかで聞いたことがあるような気がするんだけど)
そう言えば、信彦がそんなことを言っていたな、と七海は信彦の言葉を思い出した。
信彦は確かこう言っていたような気がする。
「僕も詳しくはわからないんですけど、魔力と体力は特にリンクしないそうなんです。体調が悪くても魔力が弱まることはないし、反対に魔力が弱まっているから体調が悪いと言うことはない。晶の父親が『魔力は愛だ』って言ってましたね」
(――えっ?!)
七海はもう一度、前に信彦が言った言葉の最後の部分を心の中で繰り返した。
「晶の父親が『魔力は愛だ』って言ってましたね」
「えっ?!」
七海は思わず小さく呟くと、改めて晶の寝顔をまじまじと見つめた。
晶は相変わらず、見とれてしまうほどキレイな寝顔を見せながら眠っている。
横にいる七海が胸をドキドキさせながら慌てていることなんて、夢にも思っていないかのような平和な寝顔だ。
(――まさか、堀之内さんに限って、そんなことなんてあるわけないと思うんだけど)
だって、この人まるで子どもだし……と、七海は首を横にブンブンと振った。
(――それに、私だって『魔力は愛だ』って言われても、愛ってイマイチ何なのかよくわからない)
そういう意味では、自分は晶と同レベルなのだろうか、と七海は思った。
七海はもう一度、晶の寝顔をチラリと見た。
晶の寝顔は相変わらずキレイだ。
思わず「ずっと見ていたい」と思ってしまうほどのキレイさだった。
七海は「愛」のことはよくわからないけど、こうやって晶の寝顔を「ずっと見ていたい」と思っていることが愛なのだろうか、とぼんやり考えた。
もしかすると、掴んでいる晶の手を離すタイミングを失ってしまっても、「むしろ、そのままで良いかも」と思ってしまっている自分の気持ちもそうなのだろうか。
晶のそばにいると「このままずっと晶が自分のそばにいたらいいのに」思ってしまっている自分の気持ちも、もしかすると愛なのだろうか……。
七海はタクシーがビルに着くまでの間、胸をドキドキさせながらずっとそんなことを考えていた。