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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
101/105

(28)

「さっき、さあ」

 晶が七海に背中を向けたまま言った。

「はい?」

「さっき、悪かったな。危ない目に遭わせて」

 いきなり自分から体を離したと思えば、今度は謝って来るなんて……。

 七海には晶の心境の変化がわからなかった。

 でも、晶はどうして自分に謝ってくるのだろうか。


「えっ? でも、あれは私が勝手に本殿に行ってしまったからであって、別に堀之内さんが悪いわけではないですよ」

 むしろ、晶は鳥居の前で本殿に行こうとした自分を「おい、待てよ!」と引き留めてくれたのに、と七海は思った。

「違うって!」

 晶は七海の方を少しだけ振り返った。何故かその表情は気まずそうにしているように見えた。

 謝っただけでなく、どうしてこんな気まずそうな表情をするのだろうか、と七海はますます意味が分からなくなってしまった。

「違うって……?」

「お前さあ、俺がビルの外で魔法が使えるの、どういう時かわかってんのかよ? まあ、俺だって、さっきやっと気付いたけど」

「えっ?」

 七海は首を傾げた。



 ビルの外で魔法が使えるのがどういう時かって……。

 七海は今までのことを思い出してみた。


 晶がビルの外で魔法を使ったのは、確か、姉の彼氏(だと思っていた)の金子を追ってビルの外へかけて行った時のことだ。

 晶はすごい剣幕で飛び出ていった自分を追って、ビルの外に出た。

 その後、晶の親戚の男が現れて、自分のことを連れ去ろうとしたが、晶が寸でのところで親戚の男の魔法を解いてくれて、逃げることができた。

 晶の親戚がまた追いかけてきたけれど、自分が捕まりそうになったら、また晶が魔法で街灯を倒して逃がそうとしてくれた。


 次に晶が魔法を使えたのは、この神社へ来るまでの道のりでだ。

 自転車に乗った老人とぶつかりそうになったら、晶が魔法で自転車を空中高く浮かべて助けてくれた。

 凶暴そうな犬が現れた時は、晶がグラジオラスの花で犬をアゲハチョウに変えてくれた。


 そして、最後にこの神社の本殿。

 七海が白いカッターシャツの男に強く腕を掴まれて本殿に引きずり込まれそうになると、晶が魔法を使ってカッターシャツの男を、元のカッターシャツに戻した。


 最後に親戚の男に腕を強く掴まれてしまった時、晶は親戚の男を魔法で真っ白いハトに変えた……。



「――あっ!」

 七海は声を上げた。

 晶がビルの外で魔法を使えたのは、どれも「自分を助けようとした時」だ。

 自分がピンチだったり、誰かに捕まりそうになっていたり、「痛い!」と思っている時に、晶は魔法で自分を救ってくれたような気がする。


 七海は思わず晶の方を見上げた。

 晶は七海の視線に気付くと、また七海に背を向けた。

「そういうことだよ! だから、悪かったな、危ない目に遭わせて……」


(――だから、あの時、あんな表情をしていたの?)

 自分が白いカッターシャツの男に腕を強く掴まれていた時、ふと見た晶の瞳は、光を失ったかのように暗くくすんでいた。

 顔の表情も何ともツラそうな悲しそうな表情をしていた。

 そんな暗い瞳と悲しそうな表情で、七海の方をジッと見ていた。

 あの瞳と表情は、自分に対して「すまない」と思っていたから出て来たものだったのだろうか。

 自分を危ない目に遭わせないと自分を助けられないという、矛盾に苛まれていたから出て来たものだったのだろうか。


「でも、堀之内さん、私のことを助けてくれようとしたんですよね? で、実際に助けてくれましたし」

 七海はまだ気まずそうにしている晶の背中に向かって、笑みを浮かべた。

 晶はさっきからずっと背中を向けているから、どういう表情をしているのかはわからない。

「まあ、確かにそうだけど……」

「ありがとうございます。ノブさんが堀之内さんのことを『あんな感じですが、根は本当は良い子』って言ってましたけど、堀之内さん、やっぱり本当は良い人だったんですね」


 七海が言うと、晶が七海の方を振り返った。

 晶の表情はいつものふてぶてしい表情に戻っていた。

「お前さあ、俺はいつでも『良い人』だよ。ノブさんの言う通りだよ!」

 晶がふてぶてしい口調で言うと、七海はまた晶に向かって笑みを浮かべた。



「――じゃあ、帰りましょうか?」

「そうするか」

 晶は言うと、本殿の床に散らばったグラジオラスの花の中でも、まだ原型をとどめている一輪を拾い上げた。

 七海は「?」と心の中で首を傾げた。

「あの、そのグラジオラス、持って帰るんですか?」

「ああ。だって、俺があの親戚をハトに変えたってバレたら、また他の親戚のヤツが襲いに来るかもだし。そんなにすぐにはバレないとは思うけど、念のためにな」


「えっー?!」

 七海は思わず大声を出した。「ほっ、堀之内さんを狙っている親戚って、さっきの人だけじゃないんですか?」

「そーだけど。あのさあ、お前だって親戚なんて何人もいるだろ? それと同じだよ」

「その親戚全員が、堀之内さんの魔法の継承を狙っているんですか?」

「全員ってわけじゃないけど、まあ、大体のヤツは狙ってるよ。あいつら、本当にしつこいんだよなー」


 そんな……、と七海はその場に倒れそうになってしまった。


「――じゃあ、早くビルの中へ帰らないといけないじゃないですか!」

 七海は晶がグラジオラスを拾い上げた手とは反対の手を掴むと、慌てて駆け出した。

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