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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
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(27)

「――あかねさん、あかねさん!」

 七海が言いながらあかねの肩を揺すると、やがてあかねは瞼を開けて、起き上がった。

「あら、七海ちゃんじゃない? どうして……?」

 起き上がったあかねは窓の外を見て驚いた表情をした。「やだ、あの鳥居……。ここH神社じゃない! どうして私、こんなところにいるのかしら? 確か、仕事の休憩中に眠くなってウトウトしていたような気がするんだけど……」

「あっ、あの私にもよくわからないんですけど……、あかねさん、ここに倒れていたみたいで、私が見つけたんです! どうしてここにあかねさんがいるのか、私にもよくわからなくて……」

 七海もこの状況をどう説明すれば良いのかわからなく、口ごもりながら、苦しい言い訳を繰り返した。

「そうなの? とにかく、仕事に戻らないと……。でも、本当に不思議ね……」

 あかねは「不思議、不思議」と繰り返しながら首を傾げていた。


 七海はタクシーを捕まえると、あかねをタクシーに乗せた。

「あかねさん、気を付けて」

「ええ。七海ちゃん、よくわからないけど、ありがとうね」

 あかねは七海に軽く手を振ったが「そうそう!」と思いついたように手を叩いた。

「どうしましたか?」

「七海ちゃんが言っていた『堀之内さん』、今度会いに行ってもいいかしら? 堀之内さん、B橋の近くのビルに住んでいるのよね? お話はしてくれたかしら?」


 あかねが無邪気な笑顔で言うと、七海は胸をドキッとさせた。

「いえ、あの、すみません、話はまだしていないんですけど……。でも、もしなら、そのビルに会いに来ても大丈夫です」

「本当? じゃあ、近いうちにそのビルに行くわね、ありがとう。――七海ちゃん、またね」

 あかねが笑顔で手を振ると、ドアが閉まって、タクシーが走りだした。

 七海はあかねの乗ったタクシーに向かって笑顔で手を振りながら、目から涙をこぼしていた。


 あんなこと、「もしなら、そのビルに会いに来ても大丈夫です」なんて、言ってしまっても良かったのだろうか。

 でも、七海はあかねにだけは、少しでも「希望」みたいなものを持たせてあげたかったのだ。


 あかねが晶の住んでいるビルを訪ねに来ても、晶には会えないだろう。

 あかねがビルに行こうとしても、天候が悪くなるのか、ビルまでの道が通行止めになるのか、もしくはビルに行けたとしても単純に晶とすれ違いになるのかはわからないが、晶と会うことは不可能だろう。

 でも、何も知らないあかねに「晶に会えない理由」を話しても理解できないだろうし、あかねに話す理由もないだろう、と七海は思った。

 悲しいことだけど……。


(――本当は、あなたの息子さんがすぐ近くにいるんです。息子さんもあなたに会いたがっているんです)

 七海は心の中であかねに何度も何度も繰り返し言った。




 七海があかねのことを見送って神社の本殿に戻ってみると、晶は相変わらず本殿の階段に腰を下ろしてふてぶてしい表情をしていた。

 晶のビー玉のような瞳が、ぼんやりと宙を捕えたまま動かずにジッとしている。

 それでも、七海が晶に近付くと、晶は七海の気配を感じたのか、こっちの方に視線を向けた。

「――母さん、どうだった?」

 晶がいつものふてぶてしい表情と口調で言うと、七海は目元を濡らしていた涙を拭って笑顔を見せた。

「大丈夫です。タクシーに乗って職場に行くって言ってました。特にどこかケガしているような感じもなかったですし、元気でしたよ」

「そっか、良かった。サンキューな。――さて、俺たちも帰るとするか。ノブさん、心配してるだろうし」

 晶が階段から立ちあがろうとすると、一瞬、フラリと晶の身体がよろけた。


「危ない! 大丈夫ですか?」

 七海は慌てて晶の元に駆け寄ると、手を差し伸べて体を支えた。

 近くで見ると、表情こそふてぶてしいものの、晶の顔色が何となく青白いような気がする。

 きっと、疲れているんだろう、と七海は思った。


 七海が晶の顔色をジッとうかがっていると、晶も七海の方を見た。

 差し込んで来た陽の光が、晶のビー玉のような瞳を一層輝かせている。

 七海と晶は少しの間、そのまま見つめ合っていた。


「あのさ、お前の手なんて借りなくても、平気だよ」

 晶は不意に目を逸らすと、パッと七海から体を離して背中を向けた。

「――」

 七海は心の中で「もう!」と晶に向かって呟いた。

(――今、本気で心配したのに)

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