Act.8-02
砂夜もきっと、その時のことを想い出すのは辛いに違いない。
俺はそう思っていたのだが、全てを伝えなくてはならないという強い意志が働いたのか、砂夜は一呼吸置いたあと、再び口を開いた。
「車に撥ねられたほんのわずかな間に、赤ちゃんの頃から今までの記憶が一気に駆け巡った。いわゆる、〈走馬灯〉ってやつね。その瞬間に、ああ、私はこのまま死んじゃうんだな、って改めて実感した……。
ほんとは、まだまだやりたいことがあったし、生きていたかった。けど、これも私の運命なんだって思ったら、自分でも驚くほど、すんなりと受け入れてた」
砂夜は手を伸ばし、俺の頬にそっと触れてきた。
「生きてるうちに、宮崎に私の想いを伝えられた。それだけでも最高に幸せだった。もし、何も出来ずに死んじゃってたら、今でもずっと、魂だけの存在になって、この世をさ迷い続けてたと思うから……」
にこやかに語る砂夜に、俺は眉をひそめた。
何故、幸せなんて言える?
俺は、砂夜を傷付けてしまったのに。
それなのに、どうして笑えるんだ……?
「――どこまでお人好しなんだよ……!」
気付くと、俺は砂夜の華奢な両肩を力を籠めて掴んでいた。
その拍子に、手に持っていたジッポーと手紙が箱ごと地面に落ちた。
「俺は、お前に酷いことをしたんだぞ? 俺があの時、自分の気持ちにちゃんと気付いていたら、お前は……、今でもここにいたかもしれないのに……!」
肩を揺さぶられた砂夜は、俺の手を振り払うこともなく、ただ、哀しげに笑みながら首を横に振るだけだった。
「宮崎の気持ち、凄く嬉しいよ。けどね、決められた〈宿命〉を覆すことは、例え神様であっても出来ないのよ。もちろん、時間を戻すことだって……。
私が宮崎の前に現れたほんとの目的は、私のために、ずっと苦しみを抱えたまま生きてほしくない、って伝えたかったから……。
宮崎が宮崎自身を恨み続けている姿は、見ているこっちが一番辛いもの……。ボケているようで、実は結構思い込みが激しいのも知ってるから……、ちょっとしたきっかけで、間違いを犯すんじゃないか、って、凄く心配だった……」
砂夜の指摘に、俺の鼓動が強く波打った。
確かに、ほんの一瞬でも、砂夜を轢き殺した相手に報復してやりたいとか、自分の存在もこの世から消してしまおうとか考えた事はあった。
けれども、実行には移さなかった。
やはり、心のどこかで、そんなことをしても砂夜は決して喜んでくれないと分かっていたから。
「――俺は、どうしたらいい……?」
絞り出すように、砂夜に訊ねる。
砂夜は、俺を真っ直ぐに見据えたまま、「幸せになればいい」と答えた。
「私の分も生きて、私の分までうんと幸せになってくれれば、私はそれだけで充分。
宮崎はまだ若いんだし、これから、私よりももっと素敵な人を見付けて、その人と温かい家庭を築いて、悔いのない一生を過ごしてくれれば……」