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Love forever  作者: 雪原歌乃
1/10

Act.1

 十二月二十四日、クリスマスイヴ。

 辺りの風景はその名の通り、クリスマス一色となる。


 煌びやかに飾り立てられる装飾、エンドレスで流れ続ける定番のクリスマスソング、互いの手を取り合い、寄り添うように過ぎ行く男女の若いカップル――


 何もかもが浮かれている街中を、俺はただ、黙々と歩き続ける。


 もちろん、ひとりだけでいるのは俺ばかりではない。

 けれども、心なしかカップル達の視線が痛い。

 思い過ごしかも知れないが、〈若いくせに恋人の一人もいない淋しい男〉、などと密かに笑われているような気がした。


 ――ひとりで悪かったな……


 無性に腹が立った俺は、一組のカップルと擦れ違いざま、冷ややかな視線を投げ付ける。

 けれど、カップルは俺に睨まれたことに気付く様子もなく、暑苦しいまでにイチャイチャを繰り返している。


 誰からも相手にされない自分。

 心の底から溜め息が漏れた。


 本当に、俺はいったい何をしてるんだ。

 よくよく考えてみたら、勝手にイライラして、幸せ全開な周りに八つ当たりしているだけじゃないか。


 ――俺はもう、〈幸せ〉になんてなれねえんだから……


 俺は爪痕が残りそうなほどに強く拳を握り締め、足を止めた。

 夜空を仰ぐと、星が辺り一面に散りばめられている。

 美しくて、けれども、あの時のことを彷彿させ、胸が酷く締め付けられる。


 と、俺の右腕に、強い衝撃が走った。

 ハッとして地上に視線を戻すと、女子高生らしき少女と目が合った。

 彼女は舌打ちしながら俺をギロリと睨んだ。

 そして、一緒にいた女友達と、「何あいつ。チョーうぜえ!」、「つうか邪魔だし!」などと、わざとらしく大声で言い合っていた。


 彼女達の無遠慮な態度に、俺はまた苛立ちが募ったが、言ってることはもっともだから返す言葉など見付かるはずもない。

 同時に、彼女達のお陰で、いつまでもこんな所をさ迷っていても仕方ないと改めて思えた。

 言い方はともかく、感謝すべきかもしれない。


 ◆◇◆◇


 人混みを掻き分けるように街中の喧騒から離れた俺は、外れにある公園の近くまで来ていた。


 ずっとざわめきの中にいたせいか、あまりにも静か過ぎて耳鳴りがザワザワと鳴り響く。


 今季に入ってから雪は降ったが、まだ積もるほどの量は降っていないから、当然、公園内のどこを見渡してみても白い塊は全くない。


 寒さは日に日に増してゆくのに、冬らしくない冬だと俺は改めて思った。

 もしかしたら、年が明けてから一気に降り積もることも考えられるが。


 俺は公園の中に足を踏み入れると、迷うことなく奥まった場所にある青い古びたベンチに向かい、そのまま腰を下ろした。


 吐き出される白い息さえ凍ってしまいそうなほどの寒さ。

 そんな中で、俺は自らの身体を両腕で抱き締めながらぼんやりとしている。


 傍から見たら異様な光景だ。

 いや、俺自身が一番、何をしてんだかと呆れている。

 けれども、明るさと温もりに包まれた我が家に帰ろうという気持ちには到底なれなかった。


「決して忘れちゃならねえんだ……」


 俺はひとりごち、ダウンジャケットのポケットを弄って四角い箱を取り出した。


 片手で握っただけで、すっぽりと隠れてしまいそうなほどのちっぽけな白い小箱。

 左手に載せ、反対の右手でそっと蓋を開けると、アルファベットが散りばめられたシルバーメッキのジッポーライターが姿を現す。



 Love forever



 綴られている文字自体はシンプルだが、ジッポーの金属以上に重みを感じる。


 しかし、それ以上に胸を痛めるものは、二つ折りにされた小さな白い紙に書かれたメッセージだった。



 お誕生日おめでとうございます。

 あなたがこの世に生まれた素敵な記念日、これからも一緒にお祝いさせてくれませんか……?



 男のものとは違う、繊細で柔らかさのある癖字だ。

 メッセージを書いた本人の深い愛が、文字のひとつひとつによく表れている。


「――ごめん……」


 今、ここにはいない送り主に向かい、俺は謝罪を口にした。


 両肘を膝に載せながら、箱ごと両手で包み込んだジッポーを額に当て、祈りを捧げるように送り主を想う。


 脳裏に浮かぶのは、〈後悔〉の二文字のみ。

 もし、奇跡を起こしてくれるのなら、あの瞬間に戻してほしい。

 今ならば、送り主を傷付けることは絶対ない。

 俺は心から思った。

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