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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
四章
94/202

90.女神の傲慢

「私に要請ですか? 今日は鈴城さんと日向さん、そして吾妻さんが政府にいた筈だと記憶しているのですが……」


 日によって異なるが、十華のメンバーは常に三人ほど政府の中で待機しているはずだ。今日は特に大物が出たというニュースもなかったので、その三人が出られない理由が鶫には分からなかった。


「……葉隠さんは、厳島に三柱の女神がいることをご存知でしょうか?」


 そう因幡に問いかけられ、鶫は宗像三女神を思い浮かべた。天照と須佐之男が誓約を交わした際、天照が噛み砕いた剣から生まれた女神のことだ。


「ええ。天照様と須佐之男様との誓約の過程で生まれた女神様のことですよね? それがどうかしたんですか?」


 鶫がそう聞き返すと、因幡はひどく申し訳なさそうな声で言った。


「今回の一件で厳島の関係者に連絡を取ったところ、その女神様たちから神託があったそうで。彼らいわく、『いくら必要な事とはいえ、外つ国の神に仕える巫女なんぞにこの厳島を蹂躙されるのは我慢ならない』と言い張ってしまって……。妥協案として、格の高い神と契約している魔法少女であれば受け入れてもいいと仰っているみたいなんです。神祇省の者に確認をしたところ、十華の中でその条件を満たせるのは遠野さんか葉隠さんくらいしかいないそうで……」


――つまりそれは、現世に降りている宗像三女神が政府に無茶を言っているという解釈でいいのだろうか。……力の強い神様は政府に対し面倒な要求が多いとは聞くが、流石にそれはやり過ぎではないだろうか。


「……遠野さんは確か、今日と明日は祭事だと言っていましたね」


「はい、そうなんです。我々魔獣対策室としては、そんなふざけた要求は拒もうと考えていたのですが、上層部からの命令もあり、止むを得ず葉隠さんに連絡をした次第です。いかがでしょうか? 葉隠さんのご都合もありますし、無理にとは言いませんがご一考していただければ幸いです」


 話を聞くに、因幡としても今回の要請は不本意な事なのだろう。

……だが政府の上層部としては、天照に連なる神である三女神の機嫌を損ねたくなかったのかもしれない。気持ちは分かるが、巻き込まれる側としては迷惑としか思えなかった。


――さて、どうしたものか。強制でないならば別に断わってしまっても構わないだろう。この様子だと、断ったとしても特にペナルティなどは無さそうだ。

 鶫がそう考えながら、横で話を聞いていたベルを見ると、ベルは不愉快そうな顔を隠しもせずに舌打ちをした。


「天照に連なる女神か。虎の威を借りて随分と調子に乗っているようだな。一度(ねぐら)を魔獣にズタズタに破壊されれば目が覚めるのではないか?」


 だが、とベルは続ける。


今回は要請を受けろ(・・・・・・・・・)。どうやら身の程しらずの小娘共に、格の違いを見せてやらねばならぬようだからな」


 ニタリと悪だくみをしているかの様に口角を上げながら、ベルは鶫にそう命じた。……何やら不穏な気配を感じたが、ベルに逆らう理由も無いので鶫はゆっくりと首を縦に振った。


 そして深呼吸の様に息を吐きだすと、しっかりとした声で端末に向かって声を掛けた。


「因幡さん。その要請、受けようと思います。――どうやら私の神様が乗り気な様なので」


「本当ですか!? 助かります、急いで座標のデータをお送りしますね。すぐに来ていただけるとありがたいです。規則上、後詰として十華の誰かを派遣する予定ですが、葉隠さんの実力を疑っているわけではないので気になさらないで下さいね。それと――」


 因幡は安心した様に礼を言うと、現地で落ち合う人員やサポートなどを説明し、通話を切った。


 鶫は光が消えた端末を下に降ろすと、ガシガシと左手で頭を掻いた。上手く言えないが、随分と面倒なことに巻き込まれている気がしたからだ。


「それにしても、B級のイレギュラーか。……気を引き締めないといけないな」


 A級のラドンのような例もあれば、柩の体を乗っ取ったB級の例もある。今回のイレギュラーがどんな特性を持っているのかは分からないが、油断はしない方がいい。


 この数か月、十華として政府に出向くようになってから何度もシミュレーターで強い魔獣と戦ってきた。ある程度の戦闘パターンをこなして自信はついてきたが、それでも不安はある。


――けれど、ベルは躊躇う様子もなく鶫に戦えと言った。それはきっと、鶫が勝てることを信じてくれているからだ。その信頼には絶対に答えなくてはいけない。


「鶫。貴様は先に厳島に向かえ。我は少し用事が出来た。なに、心配せずとも後から向かう。気にするな」


「それは別にいいけれど、一体何をするつもりなんだ?」


 鶫が不思議そうに聞くと、ベルは機嫌がよさそうに尻尾を振りながら、詠うように言った。


「三本足の烏めに少々交渉をしに行くだけだ。楽しみに待っていろ」





◆ ◆ ◆





――因幡からの連絡から三十分後。魔法少女の姿に変身した鶫は、厳島にある神社の拝殿から広島湾を眺めていた。住民と観光客の殆どは臨時フェリーによって島から避難を開始しており、魔獣の出現予測地域である神社付近には鶫以外誰もいなかった。


「……あんなの、よく許可が下りたなぁ」


 そう言って、鶫はため息を吐きながら両手を擦った。


 境内の沖合に立つ赤い大鳥居。その横に()は佇んでいた。


 大鳥居の十倍はありそうな体をした黒ヒョウ――その背にはトンボの様に透き通った六枚羽が生えている。頭には炎で形作られた王冠を抱き、金色に輝く瞳は全てを射抜く様な鋭さがあった。

 そんな恐ろしい姿をした生物は、低い咆哮を上げながら鶫がいる場所――厳島神社を睨み付けている。


ベル様(・・・)もなんていうか、こう、本当に怖い。此処にまで肌を刺すような威圧感が伝わってくるんだけど……」


 鳥肌が立つような重厚な神威と、それに比例してベルを中心に波打つ水面。ベルのその姿は、まるで神話に謳われる悪魔(かみさま)そのものだった。ベルと契約している鶫だからこそ鳥肌くらいで済んでいるが、この敵意を真っすぐに向けられている者は堪ったものではないだろう。


――鶫と別れたベルは、政府で天照の眷属である八咫烏と交渉し、一時的な神威解放の許可を得ていた。それは天照の威を借りた三女神の暴走――その仕置きの側面も含まれる。比較的あっさりと許可が下りたのは、八咫烏にも思う所があったからだろう。


 いくつかの制限はあったものの、ベルは結界に影響を与えないギリギリの強化状態で大鳥居の隣に立っていた。流石にこの姿を人間が見たら混乱は免れないため、一定以上の適性を持つ者にしか見えない様になっているが、勘のいい人間ならば見えなくとも何か恐ろしいモノ(・・・・・・)が地に降りてきている事くらいは分かるはずだ。


 そしてそれは、この地にいる神様だって例外ではいない。鶫は背にしている本殿から、怯えの様な気配を敏感に感じとっていた。宗像三女神は、道や航海などを司る争いとは無縁の神だ。ベル――嵐と治水を司る荒ぶる神とは相性が悪いのだろう。


……彼らとしてはちょっとだけ我儘を言ったつもりだったのだろうが、正直相手が悪すぎたとしか思えない。彼らが派遣を希望した『位の高い神』というモノは、得てしてプライドが高い。例え要請を受けたのが鶫じゃなかったとしても、似たような事態になっていたはずだ。


「ま、人間(こちら)にはあまり関係ないことかな。神様には神様の道理がある。……でもやり過ぎは駄目ですよ。私も後でベル様にもちゃんと言っておきますから」


 そう諭すように後ろに向かって声を掛けて、鶫は小雨が降る空を見上げた。軽く日差しが覗いていて、遠くに虹がかかって見える。


 政府の人員や後詰の魔法少女――日向は近くの港に待機していて、もし鶫が負けるようなことがあればすぐに対応してくれるだろう。


――日向と『葉隠桜』の関係は、以前に比べて随分と改善されていた。親しくしていた魔法少女――柩の引退で思う所があったのかもしれない。

 嫌味を言われる時もあるが、それも照れ隠し程度のもので気にはならない。政府の職員や他の魔法少女からも、「日向さんは随分と丸くなった」と噂されるくらいには、仲良くなっていた。


 厳島に向かう前に日向に挨拶に行った際には、わざわざ休日なのに出しゃばってきたことを詰りつつも、鶫を心配するような言葉を投げかけていた。日向は彼女なりに鶫のことを心配してくれているのだろう。


『葉隠桜』は恵まれている。

 政府の職員はみな好意的で、他の魔法少女からのやっかみも思っていた以上に少ない。十華の面々は、人との交流をあえて少なくしている鶫にも、気負わず声を掛けてくれる。その度に、じわりと温かいものが胸に広がっていく。それが心地よくもあり、不安でもあった。


――以前にラドンと戦った時よりも、随分と背負うものが増えてしまった気がする。

 昔は千鳥さえ幸せならそれでよかった。これが良いことなのか、悪いことなのか、鶫には判断がつかない。けれど――。


「……頑張ろう。今の自分にできるのは、勝ち残ることだけなんだから」


 そう言って鶫は、決意を込めて空を見上げる。――虹は、もう既に消えていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 調子にのるとだめだという良い例だね 頑張れ
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