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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
三章
85/202

82.血みどろの君達

――日向葵(ひゅうがあおい)にとって柩藍莉は、数多く存在する魔法少女の中で、唯一尊敬に値する人間だった。


 幼い頃から子役として芸能界で活躍し、人間の醜さを嫌というほど見てきた日向は、正義のために戦う魔法少女にあこがれを持っていた。

 画面越しに見る魔法少女たちはいつもキラキラしていて、自分と違って汚いモノなど何も知らない様に見えた。それが、日向にはとてもまぶしく思えたのだ。


 そんな気持ちを抱きながら、十二歳になった日向は喜び勇んで魔法少女候補生として政府の門を叩いたのだ。――けれどそこで待っていたのは、今までいた場所と変わらないくらい腐った世界だった。


 候補生同士が足を引っ張りあい、不出来な人をあざ笑う。そして出る杭は打たれるという言葉があるように、子役として一定以上の知名度を有していた日向は、年上の候補生たちから酷く嫌われていた。神様は綺麗で可愛らしい子を好むという噂があったことも大きいだろう。


 その理不尽な扱いに憤りを感じ、日向は奮起した。懸命に学び、その年の候補生の中で一番早く神様と面会する資格を得たのだ。

……だが、神様に選ばれ魔法少女になった日向に待っていたのは、厳しい現実だった。


 死人の様な表情をした同僚。日向が強くて便利な能力を引き当てたことに対する嫉妬と僻み。頻繁に行われる合同葬儀と、心を病んで辞めていく同年代の少女たち。

 じわじわと積み重なっていく不快感と、人間に対する不信感。一向に解消されないストレスは、苛烈さとなって表に出始めるようになった。


――弱い魔法少女も、自分では戦えないくせに指図をしてくる政府の人間も、何もかもが大嫌いだった。何もかも、壊してしまいたくなるほどに。


 そして日向が思っていた理想とかけ離れた生活に嫌気が差した頃に、彼女――柩に話しかけられたのだ。


「最近ずっと暗い顔をしているけど、何か悩んでいることでもあるの?」


 廊下で会った時、食堂で一人でご飯を食べていた時、他の魔法少女と言い争いになっていた時、その度に柩は根気強く日向の話に付き合ってくれた。時には諭し、怒り、日向が正しい行いをした時にはきちんと褒めてくれたのだ。


 いつしか、日向の中で柩藍莉という人間は『正しさ』の象徴になっていた。

――彼女こそが、正しい信念と志を持って活動している真っ当な魔法少女なのだと、日向は信じて疑わなかった。その考えは、六華に選ばれた後も変わらなかった。


 鈴城と壬生は天然で普通の人間とは感性がズレているし、遠野はどこか得体がしれなくて恐ろしい。そして自分よりも後に魔法少女になった雪野は、かつての日向よりも厳しい視線に晒されているはずなのに、何も気にしていない風にいつも涼しい顔をしていて癪に障る。

 そして新しく十華に入った葉隠桜――彼女はどう考えても頭のネジが数本外れている様にしか思えない。そんな頭のおかしい魔法少女達の中で、柩だけが正しい人間で在り続けていた。


 嫌いにはなれなかった。――いつだって彼女は優しかったから。

 尊敬していた。――自分にはとても真似できないから。

 

 そんな彼女が政府の中で暴れていると聞いて、真っ先に頭に浮かんだのは否定の言葉だった。あの人が、そんなことをするはずがない。そう信じて走った日向が、破壊音のする庭園で見た物は、あまりにも残酷な真実だった。


 戸惑いながらも、日向はスキルを使って破壊の限りを尽くしている柩を止め、雪野と葉隠と合流した。その時点で、日向はまだ楽観視していたのだ。――柩は、まだ助かるのだと。

 

 それ故に、雪野に「殺すしかない」と言われた時、日向は烈火の如く怒り狂ったのだ。

 認められなかった。認めることなんて微塵も出来なかった。――あんな正しい人が死ぬなんて間違っている。


 けれど、雪野の言うことも腹立たしいが理解は出来た。柩が無差別に人を傷つける――そんなことは、本人も望んでいない筈だ。でも、それでも日向は柩に生きていて欲しかった。


 だからこそ、葉隠の言葉は深く日向の心に響いた。葉隠は、柩を助けると誓ってくれた。雪野のように、日向の想いを蔑ろにしなかった。それだけで、信じるには十分だったのだ。


「……凄いですね。何の補助も無いのに全ての攻撃を避け続けている。まるで舞でも踊ってるみたい」


 回転する箱が作り出す嵐の如き攻撃を札の効果で避けながら、日向は感嘆の声を漏らした。


『防御』と『回避』の札を重ねがけしている日向と違い、葉隠は何の対策もしないままに嵐の中を突き進んでいる。吹き荒ぶ砂塵によって擦り傷のような物はできているが、致命的な攻撃は一つも受けていない。

……肉体のポテンシャルもさることながら、その予測能力も柩のレベルに匹敵していると言ってもいいだろう。悔しいが、葉隠が優秀なのは間違いなかった。


「――視えた(・・・)


 微かな声で、葉隠がそう呟いた。


「日向さん!! ――()はよろしくお願いします!!」


 そう大声で叫び、葉隠はその場から消えた。そして一瞬の間に柩の目の前まで距離を詰め、真っ赤な右手――糸をグローブのようにして纏った手を柩の右胸へと打ち込んだ。


 ぐちゅり、と肉を抉るような音が聞こえる。日向はそっとその光景から目を逸らしながら、柩の下へと駆けた。


――嵐は、もう止んでいた。






◆ ◆ ◆





 魔獣の残滓――魔核の残骸が集まって出来た意識集合体は、柩の中からその光景を眺めていた。


 霧状に形を変え一人の魔法少女――柩藍莉の肺の中に入り込んだその残滓は、彼女の右肺に住処を定め、時間を掛けて魔核を再構成していった。そして柩の精神を掌握し、彼女のパスを通して契約神を乗っ取ることに成功したのだ。


 普通であればもっと時間が掛かるはずだったが、この個体――柩藍莉は魔核との親和性があまりにも高かった。恐らくは砕かれた他の魔核を日常的に摂取していたのだろう。何故そんなことをしているのかは分からないが、魔獣としては好都合だった。


 ただ誤算だったのは、宿主からの抵抗が思っていたよりも強かったことだ。魔法少女たちが使う能力――攻撃を人に向けようとした時、体の内側からの反発を強く感じた。能力を人に向けて使おうとする度に、筋肉が強張るような抵抗があるのだ。


 そして魔獣の残滓は、人間に対し決定的な打撃を与えられないまま、一人の魔法少女に誘導されるかのようにこの無人の庭園まで来てしまった。しかも、追加の魔法少女まで現れる始末。


 焦れた魔獣の残滓は宿主の生命力を使い切る勢いで攻撃を加えたが、それでも相手の命を刈り取るまではいかなかった。


 魔法少女たちは、何度地に膝をついても立ち上がり、こちらへと向かってくる。向けられる強い感情に舌鼓を打ちながらも、魔獣の残滓は次の宿主をどれにするかを見極めていた。


――糸使いは抵抗が強そうだ。奥にいる白髪の女は、体を操るには小さくてやりにくい。ならば、茶髪の札使いが最適だろう。


 魔獣の残滓はそう考え、糸使い――葉隠桜から意識を逸らした時、射貫くような視線に貫かれた気がした。そして体はもう無いはずなのに、ぞっと背中に鳥肌が立つような悪寒を覚えたのだ。


――この気配を、知っている(・・・・・)


 絶対的な死の気配。獣の如き金色の光彩と、地獄の炎を孕んだ瞳。その目を見た時、魔獣の残滓の心の中に浮かんだのは疑問と困惑だった。


――どうして。なぜ。何でお前が人間(そちら)側にいる――!!


 怒りで我を忘れ、咆哮を上げ糸使いの少女に襲い掛かろうとした瞬間――その時には、もう遅かった。


「ごめんなさい。でも、許してくれとは言いません」


 一瞬で目の前に現れた糸使いの少女はそう呟き、貫き手の様な構えを取った。そして勢いよく宿主の右胸――魔核が巣食う右肺を貫いたのだ。


 右手に絡んでいた赤い糸たちが、ぐちゃぐちゃと音を立てて宿主の体の中を這いずり回る。その度に、宿主との繋がりが断たれていくのが分かった。


 ごぼり、と宿主が血の雫を吐き出す。魔獣の残滓は、宿主の口を借りて言葉を紡ぎだした。


「ニ、人間ガ、ナゼ……、――ナゼ、()ノ眼ヲ使ッテ……」


「やつ? ……何のことだかさっぱり分かりませんね」


 糸使いの少女は興味無さげにそう返すと、ぐっと切り離された右肺を握った。それと同時に掌から糸が飛び出し、ぐるぐると切り離された部位に絡みついていく。そして右肺に糸の膜が出来上がると、糸使いの少女は目を伏せて呟いた。


「――『転移』開始」


 その刹那、景色が切り替わった。魔獣の残滓には物を見るための目は無いが、あたりの気配を把握することはできる。そして後ろの方を確認すると、倒れ込んだ宿主――柩藍莉に札使いの少女が駆け寄って行くのが分かった。……どうやら、完全に切り離されてしまったらしい。


 宿主から魔獣の残滓を引き離すのに力を使い果たしたのか、糸使いの少女は息を切らしながら地面に片膝をついている。


――今が好機だ。予定とは異なるが、この際コイツでも構わない。


 そう考えた魔獣の残滓は、新しい宿主を得る為に、再び魔核を霧状に変換して糸使いの少女に忍び寄ろうとした。


「ああ。その行動は読んでいた(・・・・・)とも」


 そんな声が響いたと同時に、ぴたりと霧の動きが止まった。左右上下、全ての方向に動こうともがいたが、一向に移動できない。

 

 周囲を見渡すと、黒い霧が滲み出ている糸の塊の周りに、鋭い冷たさを持つ冷気が集まっていた。その冷気はじわじわと密度を上げていき、やがて液状となり魔核の周りを取り巻いていく。


「柩と引き離せば、新しい操り人形を手に入れようとするのは分かっていたさ。……これ以上貴様らの好きにさせてたまるか。お前は、そこで無様に凍っていろ」


 そう言って、空気を操る少女は白い煙を出す水球――冷やされた液体窒素の中にいる残滓に向かって冷たい目線を投げかけた。


――ああ、凍る。存在が罅割れていく。まだ、一人も人間を殺せていないのに!!

 金属音のような甲高い悲鳴を上げるが、それでも無残に消滅は進んでいく。ああ、こんなはずじゃなかったのに。


 削り取られるかのように意識が消えていく。霞みゆく視界の中、最後に映ったものは、空気を操る少女の後ろで、舌を出して小さく中指を立てている糸使いの少女だった。





◆ ◆ ◆





 絡みついた糸を通じて魔核の消滅を確認した鶫は、指を降ろしてがくりとその場に倒れ込んだ。動いている間は何も感じなかったが、自身の想定以上に体は酷使されていたらしい。節々はおろか、所どころの筋肉が痛い。……肉離れを起こしてないといいが。


 鶫は何とか呼吸を整えると、痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がった。このまま休んでいたいところだが、柩の容態を確認しない内は休むに休めない。


「肩を貸そう。歩けるか?」


「ありがとうございます。雪野さんは大丈夫ですか? ずっと水球を作り続けているみたいですけど」


「ああ。僕も神力枯渇の一歩手前まで来ているが、まだ何とかなる。……そのまま地面に放置するわけにもいかないし、念のため保管はしておかなければならない。――最終的には解剖に回されて、色々な検証が行われるだろうからな。……柩には少し悪いが、その辺は諦めてもらおう」


 やれやれとでも言いたげに雪野はそう告げた。魔獣に侵食された臓器は、確かに研究班にとっては格好の研究材料なのかもしれない。……確かにあまり気分は良くないが、今後の対策も考えたらそれも致し方ないだろう。この悲劇を、もう二度と繰り返してはならないのだから。


 雪野の肩を借りてノロノロと柩と日向の下へたどり着いた鶫は、泣きじゃくる日向に向けて声を掛けた。……あまりにも勢いよく泣いているので、段々と心配になっていく。まさか、間に合わなかったのだろうか。


「日向さん、柩さんの容体は――」


 鶫がそう問いかけた時、全ての言葉を終える前に日向がしゃくり上げるような声で答えた。


「――生きています!! ちゃんと心臓も動いて……。ああ、本当に良かった……!!」


 血まみれで横たわる柩には、『治癒』の札が二枚、そして新しく作成された『浄化』の札が張り付けられている。鶫が貫いたはずの右胸は、薄っすらと赤い痣が残っているが傷自体は塞がっていた。


 目を細め、柩の体の内部を視る。魔核に侵されていた神経はまだ少し黒い炎を帯びているが、浄化の札の効果か、段々と薄れていっている様に見える。


 欠損してしまった臓器――右肺は失われたままだが、幸いにも肺はもう一つある。魔法少女としてはもう活動できないかもしれないが、日常生活で困ることは無いだろう。


「この調子なら、容体が急変しない限りは大丈夫そうだな。……はあ、まさか本当に何とかなるとは。――凄いよ、お前たちは」


 雪野は安心した様に息を吐き、自嘲するかのようにそう呟いた。……もしかしたら、柩の殺害を提案したことを気にしているのかもしれない。


「……そんなことは無いです。それに雪野さんは何も間違ってなんかいませんよ。私達が、我儘だっただけです」


 鶫はそう告げると、苦笑を浮かべた。確かに結果的に柩は一命を取り留めたが、鶫たちが分の悪い賭けに出た事自体は褒められるものではない。真っ当な上層部であれば、今回の独断で責められるのは鶫と日向の方だろう。


――ああ、でも。


「柩さん、生きていてくれて良かったですね」


「……そうだな」


 そう言って二人で顔を見合わせて笑い、その場に倒れ込んだ。穏やかな顔で眠る柩にしがみ付いてる日向の背中にわざと寄りかかり、重いと文句を言われながらケラケラとまた笑った。


 破壊された庭園の中央で、血と砂に塗れ見るに堪えない状態の女の子が四人。起きている三人は、晴れ晴れとした顔で無邪気に笑っていた。その目に、微かに光る物を浮かべながら――。




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