表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
三章
82/202

79.迫るタイムリミット

 揺らぐ空気を感じ取りながら、縦横無尽に繰り広げられる柩の攻撃を避ける。揺らぎに気づいてから箱が現れるまで一秒ほどのラグがあるため、避けること自体は容易だが、本当に気を付けなければならないのは避けた後(・・・・)のことだ。


「――くっ、あッぶないなぁ!!」


 柩藍莉の真骨頂は、突如として出現する箱の恐怖ではなく、今までの戦闘経験から弾き出された予測力の高さである。


 鶫が避ける方向を予め知っていたかのように、絶妙な場所に配置されている複数の箱。何も考えずにただ横に避けてしまえば、その瞬間に内臓がズタズタに破壊されてしまうかもしれない。


 いくら結界の外で出せる箱の量が少ないとはいえ、ピンポイントで狙い撃ちされてしまえばひとたまりもない。……柩に対しての事前知識が無ければ、あっという間に箱の餌食になっていただろう。


――でも、まだこれは手ぬるい方だ。

 時々転移を挟みつつ攻撃を避けながら、鶫はそんなことを考えた。これが本来の柩であれば、四手、五手先まで鶫の行動を先読みし、転移予定の場所にあらかじめ箱を設置するくらいは簡単にやってのけるだろう。


 どうやら彼女を操っている存在は、柩の能力を十全には使いきれていないらしい。それはただ単に操っている奴の手際が悪いのか、もしくは柩が心の中で人を傷つけることに抵抗しているのかもしれない。どちらにせよ、鶫にとっては好都合である。


 柩の攻撃を避けながらも、極小の糸を柩の体に巻き付けていく。そしてある程度の回数を巻き付けると、鶫はその糸に力を通して巨大化させた。柩は小さなうめき声を上げて抵抗するが、複雑に絡みついた糸は簡単には解けない。


「…………ッ、!!」


「ようやく捕まえた。……頼むから、大人しくしていて下さいね」


 柩の手足を縄で固定し、細い糸を織りこみ帯のようにして耳と目を塞ぐ。こちらの居場所が見えなければ、攻撃のしようもない筈だ。


 ギチギチと強く締め付けるように柩を拘束した鶫は、辺りを見渡し、血の滲んだ脇腹を押さえている雪野がいる場所へと駆け寄った。


「雪野さん、大丈夫ですか!!」


「ああ、少し掠っただけだよ。……それよりも、柩から目を離すなよ。糸を分断するように箱を出現させられたら、あっという間に拘束から逃げられてしまうからな」


 痛みを堪えるように表情を歪めながら、雪野はそう言った。


「はい、気を付けます。でも、一体何でこんなことに……」


 鶫が沈痛な顔をしてそう呟くと、雪野は息を整えるように深く息を吐きだし、静かな声で話し出した。


「僕の見立てだと、恐らく昨日のイレギュラーが原因だろうな。その魔獣が最後に出した黒い霧を、柩が吸い込んだと聞いている。知り合いから嫌な情報を聞いて急いで政府に駆けつけたが、まさか柩と戦うことになるとは思ってなかったよ。……まったく、敵も厄介な真似をしてくれるな」


「やはりイレギュラーが原因ですか……」


――既定の枠から外れた、魔獣(イレギュラー)。鶫も過去に二度遭遇している。

元々魔獣は人への害意や嗜虐心に溢れているが、ラドンやあの青鬼はどこか他の魔獣と違い、悪意を増幅しているような印象を受けた。まるで、そういう風に手を加えられたかのように。

 だが、まさか倒された後もこうやって影響を及ぼす存在がいるなんて考えもしなかった。だからこそ、柩も詳しい検査もせずに油断してしまったのだろう。


「でも、君が来てくれて助かったよ。僕のスキルは魔獣に対しては使い勝手はいいが、人へ使うとなると攻撃力が強すぎるからな」


「雪野さんのスキルは、確か【空気】と【熱】でしたか? ……確かに拘束には向いていないかもしれないですね」


「仕方ないだろう。対人戦なんか誰も予想してなかったんだから。……念のため戦いが始まった時に、下級の魔法少女は近くに寄らない様に言っておいたが正解だったな。並みの魔法少女では柩には絶対に敵わない。なにせ僕でさえこの有様だからな。……くそ、こんな時に遠野は出てこられないのか。本当に、いざという時に役に立たない女だな」


 苦々しくそう悪態をついた雪野に、鶫は苦笑を返した。序列一位の遠野すみれは、祭事の関係で昨日から祭殿に籠っている。最低でも、明日にならなければこちらには出てこられない。戦力として期待は出来ないだろう。


「それにしても、柩さんは大丈夫なんでしょうか。……先ほどから彼女は、拘束を断ち切るようにずっと箱を出し続けています。神力の枯渇に追いこめたら楽ですけど、この調子だとそれは望めないかもしれません。今は何とか糸が拘束するスピードの方が速いですが、このままだとジリ貧ですね……」


 ブチブチと糸を切り続ける箱に対し、鶫は精神力の半分以上を割いて糸をジグザグに組み直している。神力不足の疲れが見え始めた鶫に対し、スキルをずっと使い続けているはずの柩には力が衰えた様子は一切見られない。


……明らかに足りない筈の力を、彼女は一体何で補っているのだろうか。そう考えると、鶫は言いようのない不安に駆られた。


「今、僕の契約神に頼んで彼女の状態を調べて貰っている。本来ならばそういった干渉はルール違反なんだろうが、これは明らかに常軌を逸しているからな。本来ならばストッパーになるはずの柩の契約神が、彼女の暴走を黙認して神力を流している以上、契約神ごと魔獣に乗っ取られている可能性だってある。……覚悟は決めておいた方がいいかもしれないぞ」


 難しい顔でそう告げた雪野に、鶫は何も言えなかった。


――魔法少女は、いつだって死と隣り合わせに生きている。それは理解していた。でも、本当は分かっていたつもり(・・・)だっただけなのかもしれない。


 魔獣の利便性の所為で忘れかけていたが、本来奴らは我々人類に対する『侵略者』なのだ。魔獣は決して便利なエネルギー供給源というだけではなく、明確な悪意を持って人類に敵対している。

 恐らく魔獣にとってこの世界はただの狩場であり、奴らにとって人間は格下の存在に過ぎない。そんな奴らをいつまでもいい様に使い続けることが出来ると考えるのは、あまりにも楽天的だったとしか言いようがない。


 この三十年、人間はまるで作業の様に魔獣を倒し続けてきたが、魔獣側が一向に進まない戦況に焦れて、新しいアプローチ方法を仕掛けてくるのも考えてみれば当然の話だった。


――そんなことは、イレギュラーを二回も経験した自分が一番分かっていたはずなのに。


 そう考えながら、鶫はギリっと強く唇を噛みしめた。ベルの権能――【暴食】のスキルを有している鶫だからこそ、今の柩の危うさはよく理解できる。彼女は今、とてつもない勢いで体の中のエネルギーを貪り食われているのだ。


 時間の問題、という言葉が頭を過る。このまま拘束を続けることができたとしても、柩に巣食う悪意を取り除かない限り、彼女を救うことはできない。


……解呪、もしくは退魔などといったスキル保持者がいれば打つ手があったのかも知れないが、そういった特異な能力持ちは中々見つからないのが現状だ。


 何故ならば、戦いに使えない能力持ちの魔法少女は総じて無能扱いされ、そのほとんどが短期間で引退に追い込まれてしまう。……徹底した実力主義が裏目に出た結果ともいえる。


 それに、たとえそんな能力を持っている魔法少女が居たとして、果たして鶫たちが柩を押さえている間にこの場に来ることが出来るだろうか? 必ず助けられるという保証は? 考えれば考えるほど思考の迷路へ迷い込んでしまう気がした。


 そうして鶫が思い悩んでいると、ふと柩の抵抗が弱まっていることに気付いた。

――供給される神力が切れたのだろうか? そう考え鶫は柩の方へ顔を上げた。その刹那、何故か塞いだはずの布越しに目が合った気がした。


 その次の瞬間、雪野の焦ったような声が鶫の耳に届いた。


「今すぐそこから離れるんだ!! ――デカい(・・)のが来るぞ!!」


 鶫がハッとして柩を見つめると、周辺の空気が膨れ上がるような気配を感じた。その濃密な神力の気配に、思わず気圧される。


「――ッ、くそ!」


 小さく悪態をつき、拘束している糸を手放して急いでその場から転移する。そして柩から五十メートルほど離れた場所に降り立った瞬間、柩の体を中心にして、大きな竜巻が起こった。その竜巻は、周囲の木や岩を削り取りながら回転を続けている。


――その攻撃は、どう見ても結界の外で使えるスキルの能力を超えていた。……もしもあの場に留まっていたならば、粉微塵になっていたに違いない。


「……ついにリミッターを外してきたか、いよいよどうしようもないな」


「雪野さん! 無事ですか!?」


「ああ。咄嗟に防壁を張ったからな。……でも残念だが、僕はそろそろ限界だ。これ以上は時間稼ぎを出来るかどうかも危うい」


「……私も今のような攻撃が何度も続けば、正直しのぎ切れる自信がありません。難しいところですね」


――あちらはこちらを殺す気で掛かってきているが、鶫たちは柩を極力傷つけない様に戦わなくてはいけないのだ。そのハンデキャップがある以上、打つ手は無いと言ってもいい。


 それに鶫の操る糸は、対象から遠ざかれば遠ざかるほどに精度が下がっていく。今の柩を拘束するには、もう少し近くに寄らなければ捕まえられないだろう。それはつまり、あの竜巻の攻撃圏内に入ることを意味する。

 今は段々と回転は弱まってきてはいるが、同じ攻撃を何度も繰り返されたら手の打ちようがない。


――一度か二度ならば何とか避けられるかもしれない。でも、きっと三度目は無理だ。恐らくは、鶫が神力の枯渇で倒れる方が早いだろう。


 そうしているうちに、徐々に竜巻の砂ぼこりが消えてきた。箱がグルグルと渦巻いている中心には、空中に出現した箱の上に乗り、血みどろになった柩が幽鬼のような表情をして立っている。


 拘束から逃れる際に、相当無茶をしたのだろう。手足に残る深い傷がそれを物語っていた。本来であれば、行動不能になってもおかしくはない程の傷だ。……鶫たちが思っているよりも、彼女に残された時間は少ないのかもしれない。


「もう一度、拘束を試みます。――雪野さんの契約神から解析結果の連絡はまだ来ませんか?」


 鶫がそう問いかけると、雪野は隣の空間をじっと見つめ、小さく首を横に振った。


「すまない。あと数分もあれば解析結果が出るそうだが、あまり思わしくないようだ。もう少しだけ時間を稼いでほしい。……最悪の場合、僕が責任を取る。命の危険を感じたら逃げてくれても構わない。――どうか、それだけは覚えておいてくれ」


――最悪の場合とは、一体何のことを指すのだろうか。鶫自身、その答えには薄々気づいていたが、そっと答えに蓋をした。そうでもしなければ、立ち向かうことすらできなくなってしまうと思ったからだ。


 小さく息を吐き、精神を集中させる。今はただ、柩を捕らえることだけに集中するべきだ。


「――行ってきます。できるだけ、急いでくださいね」


 そう告げて、鶫は前へと飛び出した。待ち望む解析結果が、どうか救いのあるものであることを祈りながら。





◆ ◆ ◆




 鶫が再度柩に向かって挑んだその姿を、建物の陰から見ている人物がいた。


 その人物はここに来る直前まで走っていたのか、肩を上下させながらゼェゼェと荒い息を吐いている。

困惑と動揺。そして深い悲しみの色を瞳に映しながら、その人物は呟くように言った。


「――柩せんぱい。どうして貴女がこんなことを……」


 知らせを聞いて駆けつけてきた魔法少女――日向葵は、泣きそうな顔で呆然と柩のことを見上げていた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ