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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
三章
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77.紡がれるモノ

 父親を一緒に捜す、とは言ったものの、夢路はそこまで父親を捜すことに乗り気ではないようだった。現に、歩きながらキョロキョロと周りを見てはいるが、男性よりも女性の方に視線が向かっているようにも思える。……もしかして、誰か別の人を探しているのだろうか。


「ねえ、夢路さん。先ほどから女性の方を見ているようだけど、もしかしてお父様の他にも知り合いの方がいるのですか?」


 鶫がそう問いかけると、夢路は図星を突かれたのか、驚いたような顔をして口を押えた。そして気落ちしたように眉を下げると、思い詰めたような声音で話し始めた。


「実は、そうなんです。今日のパーティーも、本当はその人に会うためにお父様に無理を言って参加したんです。だからお父様とも、わざと別行動をとって……。騙すような形になってしまってごめんなさい。でも、やっぱり今日はあの人は来ていないみたいですね。昼間にあんなことがあったから……」


「昼間? ひょっとして、貴女が探しているというのは……」


「はい。十華の柩藍莉さんです」


 鶫の問いに、夢路はしっかりと頷いてそう答えた。


――今日の昼間に騒動があった人物は、柩しかいない。けれど、この子と彼女に何の接点があるのだろうか?

 そんな鶫の疑問が表情に現れていたのか、夢路は申し訳なさそうな顔をして事情を話始めた。


「先日、死んだ姉の部屋に久しぶりに入った時に、柩さん宛ての封筒を偶然見つけたんです。机の裏板に隠すように貼り付けてあったので、他の家族は見つけられなかったんでしょうね。あんな所に隠すくらいだから、きっと大事な物だったんだと思います。……だから私、代わりに渡してあげなきゃって思って。姉が生きていた時は、私は何もしてあげられなかったから……」


 そう言って、夢路は悲しそうに俯いた。


……彼女の姉が既に故人だということは虎杖から聞いていたが、詳しい事情までは把握していない。名家ならではの選民思想と軋轢が原因で結果的に死を選んだらしいが、自ら死を選ぶほどの絶望とは、一体どれほどのものだったのだろうか。……そんなものは、理解できないほうが幸せなのかもしれない。


「姉は魔法少女としての適性があって、家族や一族の皆からも期待されていました。候補生としての成績も優秀だったし、候補生を卒業した先輩の魔法少女達との関係だって良かったんです。――でも、姉は神様に選ばれなかった。何度『神の間』に足を踏み入れても、一向に声がかからない。後から入ってくる候補生にどんどん追い抜かれて、姉はすっかり心が折れてしまった。本人は素直に諦めて政府の役人を目指して勉強をしようとしていたけれど、お父様たちはそれを許さなかったんです。彼らは姉を家に閉じ込めて、毎日のように候補生に戻るように説得し続けた。……その結果、姉は自ら死を選びました」


「……それは、なんと言えばいいのか。少なくとも、真っ当な親のする行いではないと思います」


「私も今はそう思います。でも当時六歳だった私には、親の方が間違っているのだと考えることができなかった。……ずっと、怒られる姉が悪いとばかり思っていたんです。だから姉が責められている時も、黙って見ているだけだった。本当に、酷い妹ですよね」


 そう言って、夢路は苦笑した。その表情は、およそ小学生が浮かべる類の顏ではない。後悔と悔悟が滲んだものだった。


「実は私にも魔法少女としての適性があって、来年には候補生になることを期待されているんです。……でも、私は怖い(・・)。たとえ運よく神様に選ばれたとしても、戦える気がしないんです。――だって、あの日に見た魔獣は心の底から恐ろしかった……!」


「ゆ、夢路さん、落ち着いて。――ここに怖いモノはいませんから」


 ガタガタと震え出した夢路をそっと支えながら、人がいる場所から離れるように壁際まで移動した。


――恐怖のフラッシュバック。あの遊園地での出来事は、彼女の心に深く傷をつけた。虎杖から聞いた話によると、彼女はふとした瞬間に魔獣への恐怖を思い出し、こうして震えることがあるという。……こんな状態の彼女に魔法少女になれというのは、あまりにも酷な話だ。


「お、お父様は何時も姉のようにはなるなと仰った。学校で成果を出せば褒めてくれた。嫌われたくなかったから、その期待に応えたかった。――でも、無理なんです。私には出来ない。きっとすぐに死んでしまう。……こんな泣き言、きっとお姉さまが聞いていたら怒るでしょうね。魔法少女になれる可能性があるのに、自分からそれを投げ捨てようとするなんて」


――それは、まるで懺悔の様だった。つらつらと言葉が止まらなくなったかのように、夢路は沈痛な表情を浮かべて言葉を紡いでいく。


「怖くて辛くて、誰かに謝りたくなって姉の部屋へと駆け込んだんです。そこにはもう誰もいない事なんて分かってたのに。でも、泣きながら床にしゃがみこんだ時に、この封筒を見つけました。私、その時思ったんです。――ああ、きっと私はこの手紙を託されたんだ、って。この手紙を柩さんに渡せれば、私はお姉さまに許してもらえる――浅ましくも、そう考えたんです。そんなの、勝手な妄想でしかないのに」


「夢路さん。もういい。いいんです。――これ以上、自分を責めてはいけません。貴女が悪いわけじゃない」


 ポロポロと涙を流す夢路の背中をさすりつつ、ハンカチで彼女の涙を優しく拭う。


「魔法少女になるのも、ならないのも、貴女の自由なんです。たとえ実の親と言えど、むやみに口を出していいものではない。――いいんですよ、怖いなら逃げても。それを批判する権利は誰にもありません。そう、たとえ神様にだって」


 戦いたくないと主張する子供を無理やり戦場に引きずり出すのは、流石に人道に反する。

 そんな子を戦わせたがるなんて、特殊性癖を持っているとしか思えない。この子を選ぶ神様がいたとしたら、きっと碌な神様じゃないだろう。


「葉隠、さん。……そんな風に言ってくれるのは、友達と、知り合いのお兄さんだけでした。他の皆は、せっかく才能があるんだから魔法少女になれって……。私、本当に自分で決めてもいいんですか?」


 縋るような目で、夢路が鶫のことを見上げた。潤んでいる瞳は赤く充血し、とても痛々しい。

 鶫は両手で夢路の頬に触れると、顔を近づけて諭すように言った。


「貴方自身が決めるべきです。――もしそれでご両親が文句を言うようなら、私に相談して下さい。説得はそこまで得意ではありませんが、十華(・・)の言葉であれば少しは耳を傾けてくれるでしょうし」


――恐らくではあるが、夢路の両親は自己顕示欲がかなり強いと思われる。そういう者たちは、得てして上の立場の者からの外圧に弱い。一言苦言を呈してこの件を公表するように仄めかせば、きっと彼女の両親は渋々ながらも首を縦に振るだろう。

……まあ、これは最終手段になってしまうのであまり使いたい手ではないが。


 鶫が安心させるように柔らかく微笑むと、夢路はようやく肩の力を抜いて固い表情を崩した。


「ありがとうございます、葉隠さん。そう言っていただけるだけでも本当に嬉しいです」


「別に気にしなくていいんですよ。……魔獣と戦えないという子は、私の知人にもいますから」


 ふっと笑い、千鳥のことを思い出す。千鳥は政府での仕事の合間に何度かシミュレーターで戦闘を経験しているが、未だに人型や動物の様な外観の魔獣は倒せていない。虫や無機物の形状のものは大丈夫なので、実力というよりも気持ちの問題だろう。

 ……きっと、生き物の命を奪うという行為は、千鳥には向いていないのだ。転移だけに専念して、戦うことなんてさっさと諦めてしまえばいいのに。


 そうしていると、夢路は何かを決意したかのようにぎゅっと胸の前で手を握り、鶫のことを強い意志のこもった瞳で見つめた。


「あの、葉隠さん。これを受け取ってください」


「え? だってこれはお姉さんの手紙でしょう?」


「はい。葉隠さんから柩さんに渡しておいて欲しいんです。……本当は私が直接渡したかったけど、それだといつになるか分からないから」


「それは構わないのですが、本当にいいんですか?」


 鶫がそう問いかけると、夢路は何か吹っ切れたかのように綺麗な笑みを浮かべた。


「いいんです。柩さんには、きっといつか会いに行きますから。――姉が政府の公務員になって魔法少女を助ける事を志したように、私もそちらを目指そうと思います。それに、私の友達は多分魔法少女を目指すと思うから、少しでも彼女の力になりたいんです」


 夢路はそう言うと、手に持っていた小さなバックから携帯を取り出した、そして画面を確認して小さなため息を吐いた。


「……お父様はそろそろ帰られるみたいです。船の乗船口付近で待っていてくれてるそうなので、そろそろ行きますね」


「そこまで送っていきましょうか?」


「大丈夫です。――皆の葉隠さんを、これ以上独占するわけにはいかないですから」


 そう言って夢路は悪戯気に笑うと、長いドレスの端を持って綺麗な礼をした。


「それではごきげんよう。――今日は、本当にありがとうございました」


「ええ。気を付けて帰ってくださいね」


 去ってく夢路の背中を見送り、鶫はそっと息を吐いた。去り際に『葉隠桜』用の連絡先は夢路のバックに滑り込ませたので、何かあれば連絡はくれるだろう。流石にここまで深く知り合った相手が、精神的に追い詰められていくのを黙って見ていることはできない。


――それにしても、この手紙。どうするべきかな。


 別に柩にそのまま何食わぬ顔で渡してもいいが、物が物だ。

……以前に柩が話していた『政府の役人になりたいと言っていた後輩』というのは、恐らくだがこの手紙の差出人――夢路四葉(よつば)だろう。だが、死を選ぶ前の精神状態で書かれた代物は、真っ当といえるのだろうか。

 この手紙を渡すことによって柩が酷く落ち込むことがあれば、誰も救われない結果となってしまう。


……最悪、差出人には悪いが一度中身を改めた方がいいかもしれない。鶫にとっては、故人の意志よりも今を生きている人間の方が重要なのだ。


――そうして特に大きな問題も起こらないまま、懇談パーティーは終了した。後で薔薇に聞いた話によると、柩は一度だけ顔を出しに来たが、何人かと挨拶だけして早々に退散したらしい。小さく咳をしていたらしいが、本当に大丈夫なのだろうか。




◆ ◆ ◆



 パーティーが終わった次の日。鶫は慣れない服を着て疲れた体を引きずりながら、学校へと来ていた。そして玄関で靴を履き替え階段を上ろうとすると、背後から腕を強く掴まれた。


「す、涼音先生?」


 驚いた鶫がどうしたのかと聞く前に、涼音は焦ったような表情を浮かべて鶫のことを引っ張った。行先は階段のすぐ隣にある無人の準備室だ。

 別に振り払うことも出来たが、涼音が必死の表情をしていたので黙ってついていくことにする。


 そして準備室に入った涼音は扉を閉めると、険しい顔をして口を開いた。


「……七瀬君のお姉さん。千鳥さんは、今日は政府にいるのよね?」


「ああ、はい。今日は終日そっちにいるらしくて。一応公休の届けは出してたみたいですけど、それがどうかしましたか?」


 鶫がそう答えると、涼音は少しだけ悩んだ様子を見せ、震える唇を開いた。


「今朝のテレビの映像で昨日のパーティーの様子が映っていたのだけれど、一つ気にかかることがあって」


「……へえ、何がですか?」


 鶫はまた葉隠桜関連のことかと身構えたのだが、涼音の口から出てきたのは予想外の言葉だった。


「映像に一瞬だけ映っていたあの人――柩藍莉さんの体に、真っ黒な糸(・・・・・)が絡みついていたの。あんな色の糸、今まで見たことが無かったから」


「黒い、糸?」


「そう。私も詳しいことは分からないけど、あれを見た瞬間震えが止まらなくなったの。私、何だか嫌な予感がして……。念のため雪く、……雪野さんには連絡しておいたけど、可能なら千鳥さんも柩さんから離れた方がいいと思うの。何かがあってからじゃ遅いから」


 酷く心配そうな顔をして、涼音はそう言った。鶫は動揺しそうになる心を必死で抑えつけながら、小さく息を吐いた。


――落ち着け。まだ柩が死ぬと確定したわけじゃない。涼音は『黒い糸』のことはよく分からないと言った。決めつけるべきではない。


「涼音先生。――教えてくれてありがとうございます。千鳥に連絡してきますね」


「ううん、いいの。私が気になっただけだから」


 鶫が礼を言うと、涼音はホッとしたかのように笑った。きっと自分でも荒唐無稽な話だと思っていたのだろう。鶫が信じてくれるか不安だったのかもしれない。


……だが、彼女の勘はよく当たる(・・・)。鶫は、自分の身をもってそれを知っていた。


 涼音と別れ準備室を後にした鶫は、階段裏の死角に飛び込んで変身し、転移を発動させた。移動先は政府――千鳥の働く部署だ。


 急く気持ちを抑えながら、必死で祈る。――どうか、間に合えと。




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