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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
三章
72/202

69.火傷の少女

 シミュレーターでの戦闘を無事に終え、精神的な疲労を抱えながらも、鶫は会議室へと戻ってきた。

 討伐時間は一時間弱。悪くはない時間(スコア)だろう。これで、十分に実力は示せたはずだ。


 そして鶫が会議室に着いた時には、すでに他のメンバーは席に着いており、表面上はにこやかに鶫――葉隠桜のことを迎えてくれた。どうやら、合格点は貰えたらしい。


「では、予定からはかなり遅れてしまいましたが、早速自己紹介を始めようと思います」


 司会である柩はそう宣言し、微妙な緊張感がある中、十華のメンバーの自己紹介が始まった。まあ、自己紹介といっても、簡単なプロフィールと今までの経歴くらいだが。


 自己紹介は序列の一位の遠野すみれからはじまり、序列六位の柩藍莉まで恙なく終了した。この六名は、特に紹介はいらなかったかもしれない。名前と年齢くらいだったら、いつもテレビで説明が出ているので大体は分かっている。


……だが、その中でも異常なほど情報量が少なかった者がいる。――雪野雫だ。彼女はこの自己紹介で、自分の名前と魔法少女としての活動期間しか口にしなかったのだ。


 もともと雪野雫は、在野の魔法少女だった経歴がある。六華になって政府の所属へと切り替わったが、彼女自身の個人情報はいまだに公表されていないのだ。恐らくは本人と契約神の意向だろうが、あまりにも度が過ぎているようにも感じる。


 けれど年齢も、出身地も分からないという意味では、葉隠桜だって人のことは言えないのかもしれない。


――何はともあれ、ついに七番目以降の紹介がまわってきた。鶫は、やや緊張しながら他の三人の自己紹介に耳を傾けた。


 会議室に来た当初は委縮していた彼らも、鶫が戦っている間にそれなりに落ち着いたようにも見える。このややギクシャクした空気も、時間が解決してくれることを祈ろう。


薔薇真紀(そうびまき)と申します。どうぞよしなに」


 序列七位。政府所属の魔法少女だ。年齢は二十歳で、大和撫子のような品の良さがある女性だ。パッとみたかぎりでは、あまり戦いに積極的なようには見えない。


吾妻蘇芳(あがつますおう)です! 在野だったのでイマイチ勝手は分かりませんが、これからよろしくお願いします!」


 そう元気に挨拶したのは、序列八位の少女だった。歳はおそらく鶫とそんなに変わらないだろう。魔法少女として動いていた期間は葉隠桜よりも長く、四年ほど在野で活動していたそうだ。鶫と同じように、転移のスキルを持っているらしい。


「……風車常葉(かざぐるまときわ)。よろしく」


 どこかぼんやりして眠そうに目を擦りながら挨拶をしたのは、序列九位の少女だった。歳は十五歳で、日向と同じ学年だ。

 実力としては六華と比べても見劣りしないくらいの強さはあるのだが、本人があまり投票に積極的ではないため、今までは六華の中には選ばれなかったらしい。枠が広がった故の抜擢ともいえる。


 そして最後の一名となった鶫は、スッと立ち上がって口を開いた。


「――葉隠桜と申します。ご迷惑をかけることもあるかと思いますが、これからよろしくお願いしますね?」


 そう言って、鶫はふわりと笑ってみせたのだ。



◆ ◆ ◆



 ささやかな自己紹介が終わり、細々とした連絡事項が告げられ、途中に波乱はあったものの無事に初めての会議は終了した。


 目下の大きな仕事と言えば、数日後に迫った十華についての記者会見だろうか。新メンバーは一言ずつ抱負の言葉を考えておくように言われたが、これはまあ何とかなるだろう。


 月一のA級討伐に備えたシフトは、次の会議で発表されるらしい。基本的にはシフト中は政府の中で控えておくのが仕事になるのだが、鶫の場合いつでも転移で移動することができるので、必ずしも政府にいる必要はないのだ。その辺りの事情はちゃんと考慮してくれるらしいのだが、できるだけ学校生活に響かないことを祈るしかない。


 そして次々とメンバーが退室していく中で、鶫は背後から誰かに声を掛けられた。


「ねえ、葉隠さん。この後少し時間を貰えませんか?」


「え?」


 鶫が突然の言葉に驚きつつ後ろを振り返ると、そこには小さく笑みを浮かべた柩が立っていた。


「葉隠さんは在野の魔法少女だから、政府の設備については詳しくないでしょう? 同じ在野の吾妻さんも誘ったので、説明がてら一緒に食事でもどうかと思いまして。いかがですか?」


 鶫はしばし考え込む様に口元を手で押さえていたが、笑みを浮かべ、肯定を示すようにしっかりと頷いた。

 柩が善意――もしかしたら上からの指示かも知れないが――で説明してくれるというのだから、それを受けない手はない。


「ええ、ぜひご一緒させてください」


「良かった。――では、早速向かいましょうか」


 鶫の了承に対し、柩はホッとしたように息を吐くと、鶫たちを促すように声を掛け、会議室の外へと足を踏み出した。



◆ ◆ ◆



「――つまり、十華に所属している間はシミュレーターの使用や戦闘記録のログの閲覧などは自由にして構わないということですか?」


「ええ、そうなります。後は政府での食事についてですね。先ほどお渡しした個人カードを事前に出せば何でも無料で提供されます。ここのメニューはどれも美味しいので、何を頼んでも当たりですよ」


 鶫は政府の食堂で注文したビーフシチューに舌鼓を打ちながら、気になっていたことを柩に質問していた。


 十華に入れば使える特権が増えると聞いていたが、戦闘記録の詳細が見られるのは大きい。今まではネット上に残っている動画と考察で知識を補っていたが、政府の公式データを閲覧できればその手間も省ける。その他にも、在野では制限されていたことがいくつか解除されるようだった。思わぬ僥倖である。


 ちなみに報奨金に関しては、完全に政府の所属にならない限りは三割カットのままだが、鶫の場合お金はそこまで重要ではないのであまり問題はない。


「……日向さんのことはあまり気にしないでいいですからね。あの子は少し言葉がキツい所はありますが、手を出してきたり、足を引っ張ったりはしませんから」


「そうなんですか?」


「ええ。あの子も自覚が薄いとはいえ、国を守る魔法少女の一人です。明け透けに言葉を放つことはありますが、卑怯な真似は決してしません。そう考えると、あの程度は可愛いものでしょう?」


「まあ、そうかもしれませんね」


 確かに日向は態度にこそ問題はあるが、そういった卑怯な行動に関しては対策室の面々は何も言っていなかった。

 これで日向が他人を蹴落とすのに手段を選ばない人間だったならば、流石の鶫も軽蔑していたかもしれない。取りあえず、今のところは舌戦に勝てばいいだけなのだから、そこまで日向に関しては問題はないだろう。


――それにしても、千鳥から聞いていたけど此処の食堂のご飯は本当に美味しいな。

 ほろほろと口の中で解けるような牛肉に、口当たりの良いデミグラスソースがよく合っている。


 だが、この時折感じる奇妙な感覚はなんだろうか。まるで【暴食】のスキルを発動させているかの様な、第二の胃袋が満たされるような不思議な感覚。悪いモノは感じないが、それでも気になってしまった。


 鶫が首を捻っていると、隣に座っていた吾妻がぽつりとつぶやくように言った。


「これ、もしかして魔核が少し入ってませんか?」


「……よく気が付いたわね」


 柩は驚いたかのようにそう言うと、そっと息をひそめるようにして話し出した。


「ここの食事――魔法少女に提供される物だけだけれど、その中には砕いた魔核が少量入っているの。それに食材自体も、高濃度の魔導肥料をふんだんに使って育てられた物を使用しているわ。普通は気付かないレベルなんだけれど、吾妻さんは凄いわね」


「えへへ、ありがとうございます」


 吾妻は、柩に褒められて嬉しそうに笑っていた。そんな中、鶫は疑問に思ったことを柩に問いかけた。


「でも、どうして魔核を混ぜているんですか? 別に高級感を出すためにそんなことをしているわけではないのでしょう?」


――魔核とは、魔獣を討伐した時に現れるエネルギーの結晶体である。その使用方法は多岐にわたり、水に溶かして化学燃料にしたり、電気を生み出すための素体として使用したり、細かく砕いて農業用の高純度の肥料にすることだってできる。いわば夢の様に万能な素材なのだ。


 だがいくら年間三万体もの魔獣を狩れるとはいえ、その量には限りがある。嗜好品扱いで食事に混ぜるとは考えにくかった。


「世間には公表されていないけど、魔核には魔法少女の『器』を拡張する効果があるの。まあ、本当に微々たるものだけれどね」


「えー、そんな理由があったんですか! でも、それってちょっと勿体なくないですか? 魔核ってかなり貴重なんでしょう?」


 柩の答えを聞いて、吾妻が驚いたようにそう言った。鶫としてもその言葉には同意できる。

 今は魔獣の出現率も一定していて、魔核を安定的に供給できているが、いつまでもこの状況が変わらないとは思えない。これからの為にも、僅かな効果しか生み出さないなら魔核の使用は控えるべきなのではないだろうか。


 そんな二人の疑問が見て取れたのか、柩は困ったように笑った。


「確かに貴重な資源をこんなことで使ってしまうのは心苦しいけど、導入を決めた政府の人達の気持ちも分かるわ。――この日本にとって、魔法少女は最後の砦だから。少しでも強くなって生き延びてくれるなら、貴重な魔核を使うことも厭わない。そんな風に考えているのかもしれないわね。……私としても、この食事の効果で少しでも見送る人数が減れば嬉しいから」


 悲しみの気配を漂わせた柩の言葉に、鶫は押し黙ってしまった。


――柩は、もう十年近い年数を魔法少女として過ごしている。その中で、どれだけの数の同僚を魔獣によって失ってきたのだろうか。その彼女の気持ちは、とても想像できそうにない。


 三人が気まずそうに目を逸らしていると、突然ピピピピと電子音が辺りに響いた。そんな中、柩はハッとして上着の内ポケットに手を入れ、長方形の端末を取り出した。


「はい、柩です。……今からですか? いえ、別にそれは構いませんが。すぐに向かわせていただきます」


 そう言って柩は端末の通話を切ると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「あの、先に席を外してもいいかしら。十華の事務方から呼び出されてしまって……。私が食事に誘ったのに、本当にごめんなさい」


「いえいえ! 私はまだここで葉隠さんとお話ししているので、あんまり気になさらないでください!」


「政府からの呼び出しなら仕方ないですから。次の機会があれば、またお話を聞かせてくださいね」


 そんなやり取りをし、柩は申し訳なさそうに頭を下げながら足早に食堂から去って行ってしまった。本当に腰の低い人である。好感は持てるが、無理をしていないか心配になってしまう。


……政府所属の魔法少女とは、いつもあんなに忙しいのだろうか。もしそうなら、在野のままで十分かもしれない。鶫はそんなことを考えながら、ちらりと隣の様子を伺った。


 吾妻蘇芳はぺろりとランチセットを完食し、満足そうに微笑んでいる。そして彼女はおもむろに鶫の方を向くと、唐突に口を開いた。


「そういえば、葉隠さんはどうして魔法少女になったんですか?」


「……どうして、とは?」


 意味が分からずに鶫が聞き返すと、吾妻はあっけらかんとした様子で言った。


「ほら、神様と契約することになった切っ掛けですよ。私は道を歩いている時に急に勧誘されたんですけど、葉隠さんはどんな感じでしたか?」


――なるほど、そういうことか。

 在野の魔法少女は政府所属の者と違って、神様との出会い方は人によって異なる。在野同士が話す機会なんてまず訪れることが無いので、こんな機会がなければ他の人の志願理由を知ることは出来ない。彼女は、きっとそれが気になっていたのだろう。


「私の場合は、結界の事故に巻きこまれてしまった時に、神様に助けて貰ったことが切っ掛けでしょうか。ふふ、いわば恩返しの様なものですね」


 鶫がそう答えると、吾妻は目を輝かせて笑った。


「へえ、恩返しですか。なんだか格好いいですね! 私は神様と会った時に探し物をしていたんですけど、それを手伝って貰うことを条件に魔法少女になったんです。――まあ、まだその探し物は見つかっていないんですけどね」


 はにかんだように髪の毛をかき上げながら、吾妻はそう言った。その時に、ちらりと右手の痣が目に入った。

 その火傷のような痣は手の甲から手首の先にまで広がっており、どれくらいの大きさなのかはパッとは見て取れない。魔法少女としての活動で付いたものなのだろうか。


 そんな鶫の視線に気づいたのか、吾妻はそっと左手で右手を押さえ、困ったように微笑んだ。

 その吾妻の態度に、鶫はバツが悪そうに目を伏せると、申し訳なさそうな声で言った。


「……じろじろ見てしまってごめんなさい。痛そうだったから、心配になってしまって」


「ああ、この火傷痕ですか? 今はもう痛くも何ともないので気にしないでください! 私はよく覚えていないんですけど、どうやら小さいころに火事に巻き込まれたみたいで。その時に怪我したみたいなんですよ」 


「それは、災難でしたね」


「本当ですよ! 大規模な災害だったらしいですけど、未だに詳しい事情が発表されないし、一般市民からしたらいい迷惑ですよねぇ」


 笑いながらそう言った吾妻の姿に、鶫は微かな違和感を覚えた。言葉尻は軽く、怪我を気にしている様子はない。だが、何故だろうか。――その瞳の奥に、どろりと濁った憎悪(・・)を感じるのは。


「……そういえば、先ほど言っていた探し物とは一体何なのですか? もしよければ、私が出来ることであれば協力しますけど」


 話題を変えるために鶫がそう切り出すと、吾妻は驚いたように目を瞬いた。


「本当ですか!?」


「ええ。これも何かの縁ですから」


 鶫がそう答えると、吾妻は嬉しそうに笑った。


「助かるなぁ。――実はね、私が探しているのは人間なんですよ」


「人間?」


「はい、人間です。――さっき話した災害なんですけど、どうやらあれは人災(・・)だったみたいで。私は、その犯人を捜しているんです」


――災害、人災、そして吾妻の右手の火傷。様々な情報が頭を駆け巡り、鶫は一つの答えにたどり着いてしまった。さっと、血の気が下がる音が聞こえた気がする。


――まさか、こんな近くにあの災害(・・・・)の関係者がいるなんて。

 奇妙な偶然に、鶫はそっと冷えた両腕を擦った。どうやら、動揺のあまり少し冷汗をかいていたらしい。

 

 そうして鶫は、推測を確信に変えるために吾妻に疑問を問いかけた。


「その災害とは、もしかして十年前――いえ、十一年前の大火災のことですか?」


「はい、十一年前に赤口(せきぐち)町で起こった大規模な火災のことです。葉隠さん、よく知ってますね!」


 そう言って、吾妻は嬉しそうに笑ってみせたのだ。



――こうして、偶然にも同じ事件を追う者が邂逅を果たした。この出会いがどう転ぶのかは、まだ誰にも分からなかった。




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