表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/215

60.花を選ぶ者

「――どうにもできないな。契約者以外の人間への干渉は基本的に禁止されている」


「やっぱりそうか……。規則って面倒だな」


 学校が終わり真っすぐ家に帰ってきた鶫は、今朝あったことをベルに説明した。その話の中で、涼音の異能をどうにかする事はできないのかと聞いてみたのだが、やはり現状では異能を取り除くのは不可能とのだった。


 ベル曰く、下界に降り立った神々には厳しい規則が設けられており、契約者以外の人間へ力を行使することは固く禁じられているらしい。中には例外があるらしいが、今回の涼音のケースに関してはその例外は適用されないようだった。


「そもそも、その女には六華の知り合いがいるのだろう? そんなコネがあるのに未だ問題が解決していないのだから、相当根深いモノなのだろうな。無理をして取り除こうとすれば、最悪魂に影響が出る。その類の施術が得意な神でなければ、女の命すら危ういと思うぞ」


「神様も万能って訳じゃないんだな」


 鶫がしみじみとそう言うと、ベルは目を吊り上げて大声で怒鳴るように言った。


「馬鹿め、下界では力がかなり制限されているのだ! 完全体の我が此処にいたならば、地形を変えるくらいだったら軽くこなしてみせたものを!!」


「はいはい、分かったって」


 憤慨するベルを宥め、鶫は苦笑した。


――冷静に考えてみれば、神様の力が制限されるのは尤もな話だ。神様みんなが好き勝手に奇跡を起こしてしまったら、奇跡の価値が下がる。奇跡というのは、頻発しないからこそ尊いのだから。

 それに困ったことがあればすぐに神頼みをしようとするのは、日本人の悪い癖だ。いくらこうして身近に神様(ベル)が居るとはいえ、頼りすぎるのはあまり良くないだろう。


「そんなどうでもいい女のことよりも、お前の魔眼の方が重要だ。何故もっと早く言わなかった」


「た、タイミングが悪くて……」


 ベルの叱責に、鶫はばつが悪そうに顔を逸らした。

 千鳥のことや、白兎のせいで話す暇が無かったとも言えるが、確かに異能のことを話していなかったのは鶫の落ち度である。


「ふん。元から異能の片鱗はあったようだが、少し妙だな」


 そう言ってベルは鶫の瞳を覗き込みながら、顔を顰めた。


「え、何が? もしかしてまた魂に影響が出てるのか?」


「いいや、そうではない。――何も影響がない(・・・・・)ことがおかしいのだ」


 ベルの言葉に鶫は首を傾げた。影響が無いというのは、むしろ良いことではないだろうか。

 そんな鶫の疑問を表情から読み取ったのか、ベルは大仰にため息を吐きながら首を振った。


「異能というのは、魂の一部に何らかの変異が起こったモノだ。ゆえに強い異能を持つ者ほど、人の(ことわり)から外れていく。そうなると力が反発して巫女の器としては不適格になることが多い。運が良かったな、我との契約が強制解除にならずに済んで」


「……今になって冷や汗が出てきたよ」


 鶫は軽く身震いし、遠い目をした。まさか自分がそんな危ない橋を渡ってるとは思わなかった。だが、ベルの説明でようやく確信できたことがある。


――やっぱり、この異能は俺自身の能力じゃないんだな。


 遊園地で感じたように、きっとこの死へと導く魔眼は、鶫の魂に住み着く白い少女の物なのだろう。

 あの少女は、一体誰なのだろうか。その正体の鍵を握るのは、おそらく十年前の災害に違いない。けれど、その情報は全て政府によって隠匿されている。


 今の鶫には、その情報を得る手段は何もない。――そう、政府に所属しない限りは。

 鶫は俯いていた顔を上げると、ベルを真っすぐに見つめて口を開いた。


「なあ、ベル様。そういえば政府から『十華』の参加への打診はもうあったのか?」


「ん? ああ。昨日連絡があったな。今のところは返答を濁しておいたが、希望はあるか? 今回の打診は我にとってはそう重要でもないし、貴様が決めても構わないぞ」


 ベルはどうでもよさそうに言うと、判断を鶫に投げた。どうやらベルにとっては六華のおまけである『十華』の席は興味が無いらしい。……いっそのこと、強制的に決めてくれた方が気が楽だったのに。


――本当は、ずっと迷っていた。鶫の事情を考えれば、断った方がいいことは分かっている。十華としての活動にどれだけの時間がとられるか分からない上に、露出が増えることで正体がバレやすくなるというリスクがある。けれどこの機会を逃せば、鶫が政府に潜り込む機会は一生訪れないだろう。


……千鳥のように素行と成績が良ければ、正攻法で政府に勤めることも出来ただろうが、今の鶫の成績ではどう考えても無理だ。正直、このまま魔法少女としての活動に時間を取られれば、大学受験も危うい気がする。


「俺は、どうしたらいいのかな」


 白い少女のこと。そして十年前の災害のことを明らかにしたいという気持ちはある。だがそれ以上に、葉隠桜のことがバレて日常が崩れ去ってしまうのが恐ろしい。ベルだって、自分の契約者が男であることが発覚するのは避けたいはずだ。


 鶫がそんな弱音を吐くと、ベルは呆れたように笑って言った。


「身内の為にあんな無茶ができる男が、随分と弱気なのだな。――それに我への義理立ては気にしなくてもいい。あれだけの結果を出した者に文句を言う奴は、まともな神ではなくただの屑だ」


 そしてベルは、小さな手を鶫の頭にのせると顔を近づけて言った。


「決して折れるな。安易な妥協をするな。誉れ高き我の契約者に、臆病者は要らない。――ゆえに、悔いのない選択をしろ。なに、それで世間から弾かれた時は、そんな恩知らず共は全部捨ててしまえばいい。その時は、我が飽きるまでは一緒にいてやる」


 金なら腐るほどあるからな、とベルは笑った。

 鶫はぽかんと口を開けると、やがて耐え切れないといった風に笑い始めた。


「ふっ、く、まるでプロポーズみたいなことを言うんだな」


「はあ? たかが百年程度の話で大げさな……。調子に乗るのも大概にしろ。我は使い勝手のいい下僕を手放すのが惜しいだけだ」


 ふいっと顔を逸らしながらベルは言う。おそらくは言葉通りの意味なのだろうが、鶫にはそれが照れ隠しのような姿にしか見えず、おかしくて笑いが止まらなかった。


――ああ、でも、ベルだけは何があっても一緒に居てくれるんだな。


 正体がバレてしまった時に、千鳥や他の面々がどういう反応をするのかは分からないが、ベルだけはずっと一緒に居てくれる。何があっても一人じゃないというのは、それだけで心の支えになる。


「いや、うん、ありがとう。――おかげで腹が決まったよ」


 きっとどちらを選んでも後悔するだろうし、上手くいくとは限らない。でも、あの白い少女の悲しそうな顔を思い出すと、自分でもどうしようもないほどに感情がかき乱される。


 苦しいほどの懐かしさと、耐え切れないほどの悲しみ。欠けてしまった記憶を恨みたくなるくらいに鮮烈な、愛おしさ。このまま少女のことを何も知らないままでいるのは、あまりにも辛すぎた。


「俺は――葉隠桜は『十華』に所属しようと考えてる。俺はどうしても、十年前の災害について知りたいんだ。その為には、政府の内部に入り込んで信頼を得るしか方法はないと思うんだ」


「……例の人災か。上手くいくとは限らんぞ」


「無理はするつもりはない。引き際だってちゃんと弁えているつもりだ。……でも、俺だけじゃ政府から情報を引き出すことは出来ないと思う。もしもの時は、ベル様にも交渉役として協力してほしいんだ」


……都合がいいことを言っているのは分かっている。だが政府としても、いざという時転移で自由に動ける魔法少女を手に入れたと考えれば、少しくらいの譲歩はしてくれるかもしれない。

 それに鶫の言葉はともかく、力の強い神であるベルの言葉であれば、きっと政府だって無下には出来ないはずだ。虎の威を借る狐の様で情けないが、ベルが協力してくれるならとても心強い。


 そう言って頭を下げた鶫に、ベルは目を細めるとおもむろにグイっと鶫の髪を引っ張った。


「いっ、た! え、なに?」


「ふん。こういう時ばかり殊勝な態度をとるな、貴様は」


 そしてベルはパッと髪の毛を離すと、ふてぶてしく笑った。


「例の人災については我も多少の興味がある。――まあ、気が向いたら手伝ってやらなくもない」


「ベル様……。本当に、ありがとう」


「だから、気が向いたらと言ってるだろうが」


 ベルはそう言うが、鶫にとってはそれだけでも十分だった。


――本当は、背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。日常が崩壊する恐怖は、別に消えたわけじゃない。でも、前に一歩踏み出すための勇気はもう貰った。見守ってくれるのがこの大事な神様ならば、もう躊躇うことは何もない。本気でそう思ったのだ。


「――ベル様はやっぱりすごいなぁ」


「何を言っている。当たり前のことを言うな」


 ベルは胸を張って得意げに笑った。その姿があまりにもいつも通りで、鶫もつられて笑ってしまった。分かってやっているのか、それとも天然なのか。どちらにせよ、鶫にとってはありがたかった。


 取りあえず今後の方向性は決まったので、あとはそれに合わせて動くだけだ。

 十華として活動し始めるのは数か月は先のことになるだろうが、その間に『葉隠桜』はこれまで以上に研鑽を積まなくてはならない。最低でも、B級の魔獣を余裕で屠れるくらいにならないと話にならないだろう。可能であれば、A級に挑めるくらいには成長したい。そうでもしないと、実力派の魔法少女の中に混じるのは少し厳しいだろう。


 そんなことを話していると、千鳥が帰宅したのでベルとの話し合いはお開きになった。


――そして時計は、深夜にまで針を進める。



◆ ◆ ◆



 ピピピピ、と控えめな携帯のアラームを止め、鶫はベッドからむくりと起き上がった。時間は夜の十時四十五分。行貴との約束の時間まで、あと十五分だ。


「とりあえず、行くだけ行って居なかったら帰ってくるか……」


 家を出る時は、千鳥にばれない様に転移で抜け出した方がいいだろう。ドアを開ける音で起してしまったら可哀想だ。


「はあ、一体何の話なんだろうな」


 鶫は服を着替えると、面倒くさそうにそう呟いた。そしてあらかじめ部屋に用意してあった靴を履くと、転移を使って外へと飛んだ。


――深夜の二十三時。誰もいない真っ暗な公園。呼び出す方も、向かう方もどうかしている。そう思うが、何となく断り切れずに此処まで来てしまった。


 鶫は木の壁に囲われた公園の中に入ると、行貴の姿を探した。すると、遠くに見えるブランコの上に、人影が見えた。おそらく行貴である。


 行貴は鶫に気づいたのか、ゆるやかにブランコをこぎながら大きく手を振ってきた。……いくら顔が良かろうと、男子高校生がブランコをこぐ姿はかなり違和感がある。


 鶫は両手をポケットに入れながら、行貴が待っている方へと近づき、声を掛けた。


「その歳でブランコって、子供かよ」


「いいじゃん。結構楽しいよ?」


 そして行貴は鶫に隣のブランコに座るように指示すると、嬉しそうに笑った。


――それは本当に子供の様に純粋な、楽し気な笑みだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ