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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
二章
57/202

55.白兎の事情

 鶫に説明を求められた千鳥は、神妙な面持ちで経緯を話し始めた。


「あれは政府との話し合いが終わった後のことなんだけど――」




◆ ◆ ◆




――政府との話し合いを終え、千鳥は会議室の中に一人で残されていた。車の手配に少し時間が掛かるので、それまでこの部屋の中で待っているように言われたのだ。


 千鳥は受け取った書類を確認しながら、小さくため息を吐いた。


 魔法少女として、千鳥が得たスキルは【風】と【扉】の二つである。そのうちの【扉】のスキルは、魔法少女の能力に疎い千鳥から見ても破格のスキルに思えた。


【扉】というスキルは、出現させた扉を介して好きな場所へ移動する転移スキル(・・・・・)である。しかも能力の使用者以外の人物、それも複数人の移動を可能とする。最大何人までの移動が可能かはまだ調べていないが、恐らく十人程は余裕だろう。政府が急いで囲い込みにかかるのもよく分かる。

 外での使用と、結界内での使用とでは多少効果が異なるのだが、基本的なことは概ね一緒である。


――政府からのバックアップもあり、戦闘義務も発生しない。一見順調な滑り出しにも思えるが、千鳥の表情は晴れなかった。


「でも、これからどうなるのかしら。不安ね……」


 思わず口から不安の声が漏れる。政府の人々は千鳥のことを気遣って色々な譲歩をしてくれたが、それでも気分は重いままだった。

 あんなに真剣に取り組んでいた部活を辞めなくてはいけないこと、鶫と過ごす時間が減ってしまうこと、そして何よりも千鳥が契約した神様――(しろ)とこれからどう付き合っていけばいいのか分からなかった。


 政府からの説明によると、魔法少女と契約神の関係性は多岐にわたるという。四六時中恋人の様にべったりの場合もあれば、必要以上には接触してこないビジネスライクなパターンもある。前者は稀なケースで、今の政府所属の契約神は後者の方が多いらしい。

 ただ千鳥の場合、契約の前に『約束』を交わしてしまっているので、まず初めに何かしらの『対価』を払わなければならない可能性があるそうだ。


 天照の制定した神の法により、在野の契約神による度を越えた要求は、政府に訴え出れば解除できるらしいのだが、政府にはできる限りは我慢してほしいと乞われた。

 もし契約神が自分の要求が通らないと知れば、魔法少女としての契約ごと破棄される可能性があるからだ。


 恐らく彼らは千鳥に多少の犠牲を強いてでも、転移系の能力を失いたくはないと思っているのだろう。異常なまでの好待遇は、その辺りの罪滅ぼしも兼ねているのかもしれない。


 千鳥としても、契約の破棄は考えてはいなかった。いくら他人の結界の中では弱体化してしまうとはいえ、スキルという武器(アドバンテージ)はとても大きい。何が起こるか分からない以上、保険は必要だった。

 政府の見解としては、一度結界事故に巻き込まれた人間は、再度事故に巻き込まれる可能性が高いらしい。それは千鳥――そして鶫も同様に、魔獣に襲われる危険があるということだ。


 千鳥の弟である鶫は、どこか危うい(・・・)。ふとした瞬間、目の前から消えてしまうような――そんな予感さえする。前々からその予兆はあったが、最近は特に酷くなっている。


――これ以上、鶫に無理をさせたくない。だからこそ、千鳥には力が必要だった。今度こそ、千鳥が(おとうと)を守らなくてはいけないのだ。


 千鳥が目を閉じて覚悟を決めていると、ふわりと金木犀のような香りが鼻孔をくすぐった。花なんて、この部屋には無かったはずなのに。


「待たせたな、千鳥」


 その聞き覚えのある声を聴いて、千鳥はハッとして目を開けた。声がした場所に目を向けると、そこには白兎――千鳥の契約神である白がいた。


「白さま? どうしてここに?」


 驚いた千鳥がそう問いかけると、白はのそのそと机の上に登り、千鳥の前にちょこんと座った。


「政府の奥にある神宮でお叱り(・・・)を受けていた。何やら、他者の結界の中で過度に神の力を行使するのは禁止らしくてな。下手をすれば結界のシステムに異常が出る可能性があったらしい。まあ、今のところ問題はないそうだ」


「そうなんですか……」


 白の言葉を聞いて、千鳥は申し訳なさそうに眉を下げた。この神様が注意を受けたのは、きっとあの時無理をして千鳥に力を貸してくれたからだ。そう思い、千鳥はぐっと唇をかみしめた。


――そこまで手を貸してもらったのに、私は何もできなかった。


 魔獣を倒すことはおろか、ダメージを与えることすらできなかった。六華の二人と違い、魔法少女としての強化を受けていたというのに、だ。千鳥は自分の不甲斐なさに泣きなくなった。

 

 だが、白は千鳥のことを責めなかった。昨日少しだけ話をした時も、戦いのことは一切触れずに「生き残ってよかったな」とだけ声を掛けてくれた。それは優しさなのか、それとも戦いに興味がないのか。それを判断するためには、まだ付き合いが浅すぎた。


「全く、私は昨日降りてきたばかりだというのに、あの三つ足のは細かくて困る」


 白はそう不満げに呟くと、この数日で自らの身に起こったことをポツポツと話し始めた。

 昨日初めて現世に降りてきたこと。最初に見た戦いがあの結界事故のものだったこと。政府の神宮で三つ足――八咫烏に手酷い説教を受けたこと。そして政府をふら付いている他の神と話をしたこと。千鳥にとっては夢物語のような事を淡々とマイペースに話し続けた。だがその様子はどこか楽し気で、子供の様な印象も受ける。


――けれど千鳥は、そんな白の姿を見て恐ろしさを感じていた。


 千鳥はカタカタと小さく震える体を抱きしめながら、必死で恐怖を押さえていた。

 目の前にいる白兎はとても可愛らしい風体をしているのに、その存在感はどこか重厚で神々しい。この存在の前では、ただの人間なんて塵芥に等しいだろう。千鳥は、今になって事の重大さを自覚したのだ。


 いくら友好的だろうと、目の前にいるのは【神様】だ。そんな上位の存在である方が、いったい千鳥の様な普通の人間に何を願うというのだろうか?


 千鳥がそう考えていると、白は千鳥の心を悟ったかのようなタイミングで口を開いた。


「――そういえば、まだ私の『願い』を伝えていなかったな」


――ついに来た。千鳥はごくりと生唾を飲み込みながら、白の次の言葉を待った。


 白は四つ足で立ち上がり、とてとてと千鳥の顏の前まで近寄ると、満月の様な金の眼を細めて笑った。


「千鳥。――お前には私の新しい『姉君(あねぎみ)』になってもらう」




◆ ◆ ◆




「――ということがあったの」


「ごめん。さっぱり分からない」


 鶫は千鳥から経緯を掻い摘んで説明されたが、それでも訳が分からなかった。経緯はともかく、理由がまったく分からない。なぜ神様が人間なんかと家族ごっこをしたがるのだろうか? 理解不能である。


 そんな疑問をぶつけるかのように、鶫は自称兄――白兎のことを見つめた。すると白兎は、フッと遠くを見つめると、達観したかのように話し始めた。


「――私は以前から、優しくて慈悲深い姉と、従順で素直な弟が欲しいと思っていてな」


 心なしか、白兎の表情がドヤ顔に見えた。


「なに言ってんだこのナマモノ」


「ちょ、鶫! 失礼でしょ!!」


 思わず口を突いて出た暴言に、千鳥が慌てて注意をする。鶫も言ったすぐ後に失言に気づいたが、これは仕方がないと思う。それに鶫としては加減した方だった。もしここに居たのが行貴だったならば、もっと辛辣なことを言い放ったはずだ。


 鶫の胡乱気な視線を受け、白兎はコホンとわざとらしく咳払いをすると、再度話し始めた。


「あまり言いたくはないが、私は実の姉とは折り合いが悪くてな。些細なことで激怒され疎遠になってしまったのだ」


「些細なこと?」


 鶫がそう聞くと、白兎は目を逸らしながら「そう、些細なことだ」と繰り返した。だが、どことなく嘘の気配を感じる。

 神話を紐解くと、神様同士の兄弟喧嘩などは天地を揺るがすレベルの物も数多くある。……些細だと思っているのは、もしかしたら本人だけなのかもしれない。


 そんな鶫の疑惑の視線を気にもせずに、白兎は続けた。


「しばらくの間、姉君の目に触れぬよう暮らしていたのだが、最近になって現世で面白いことが起こっていると風のうわさで聞いてな。重い腰を上げて現世に降りてきたのだ。――そこで千鳥、お前を見つけた」


「わ、わたし?」


 突然の名指しに、千鳥が驚く。そして千鳥の手の中にいた白兎は、ふわふわと浮いて千鳥の肩に乗ると、寄り添うように体を丸くしながら話を続けた。


「弟を思う純粋な心。自己犠牲を厭わぬ情の深さ。ここぞという時の意志の強さ。――まさに『理想の姉』だと思わないか?」


「……まあ、一理あるな」


 鶫は同意するように頷いた。その際千鳥が奇妙なモノを見るような目で鶫を見たが、まあそれは些細な問題だろう。


――言動には若干不安はあるが、そこまで問題のある神様には見えないな。鶫はそう考え、少しだけ警戒を解いた。


 つまりこの白兎は、契約者である千鳥に弟のように可愛がられたいだけなのだろう。

 鶫のことを『弟』として扱うのは、恐らくは姉弟ごっこのロールプレイを本格的にする為のおまけだと思う。


 それにこの日本に降りてきた神は、例外なく天照の法によって縛られる。土地の相性や信仰による補正を鑑みれば、その強固な縛りを破れる神なんてほとんど存在しないだろう。そう考えると、この神様が制裁の危険を冒してまで鶫たちを害そうとしているとは思えない。


 そこに他意が無いとは言い切れないが、ベルが「悪い様にはならない」と断言した以上、恐らくは悪意のある願いではない。むしろ広義の意味で捉えれば、戦いを強要するベルよりもよっぽど優しい『願い』である。


……色々と文句はあるが、この白兎には借りがある。この神様が千鳥に力を貸してくれなければ、鶫は魔獣の攻撃で大怪我を負っていたことだろう。下手をすれば死んでいたかもしれない。

 千鳥を魔法少女にしたことは今でも許せないが、それでも感謝の気持ちを忘れるわけにはいかなかった。


――それに何よりも、ベルからの言いつけもある。ベルは白兎の言うことに従えと言っていた。つまり最初から鶫には選択肢は無かったのだ。


 鶫は苦笑して千鳥に近づくと、そっと右手を白兎――『兄』に向かって差し出した。


「これからよろしく――兄さん。千鳥姉さん(・・・)のこと、ちゃんと守ってくれよ」


「うむ。任された」


――この言い方だと、まるで千鳥が結婚するみたいだなぁ。鶫は白兎の柔らかい手を握りながら、何だかおかしくなってクスクスと笑ってしまった。


 そんな鶫たちの様子を見て、千鳥はホッとしたように息を吐いた。もしかしたら、鶫が拒否して怒りださないか心配だったのかもしれない。


 表面上は朗らかに談笑を続けながら、鶫はふと心の中に(もた)げた疑問を思い浮かべていた。


――そういえば、さっきこの白兎は日本での騒動――神々の遊び場のことを最近(・・)知ったと言っていた。

 天照の結界に干渉できるほど力の強い神様なのに、なぜ三十年もの間、一つも情報が入ってこなかったのだろうか? まさか意図的に情報が遮断されていたのか?

 だが鶫は、そこまで考えて小さく頭を振った。


……そもそも、神様にとっては三十年なんてただの誤差レベルの時間なのかもしれない。白兎は最近と言ったが、実はもっと前に聞いていた可能性もある。それに神様の考えなんて、どうせ人間には理解できない。気にするだけ無駄だ。


「まあ、いいか」


 どうしても分からないことは、後でベルに聞けば済むことだ。鶫はそう考えながら、楽しそうに笑っている千鳥の姿を眺めた。


――これが束の間の平穏だということは分かっている。それでも、こうして二人で生きて家に帰って来れたことが本当に嬉しかった。


 明日からは、また日常が始まる。胸の奥にある不安は消えないけれど、それでも前を向いて歩いていけるような――そんな気がしたのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鶫が姉を褒められるとチョロくて草
[一言] 白兎は月夜見尊かな? 白兎であること、力が強い、姉との折り合いから考えると。
[良い点] 姉君になってもらう、知らされてたけど思わず笑ったわ
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