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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
二章
53/202

51.投票結果

「初めまして。私は魔獣対策室の因幡(いなば)と申します。本日は調書にお付き合い頂きありがとうございます」 


「七瀬鶫です。今日はよろしくお願いします」


 事件から一日。鶫は病院にある応接室の中で、政府の職員と対面していた。この場にはメインで話す因幡とは別に、鶫が話したことを記録する担当の職員もいる。


 この政府の女性――因幡とは以前に一度だけ、葉隠桜として端末越しに話をしたことがある。あれ以降、ベルが端末を貸してくれなかったので話す機会はなかったのだが、鶫が想像していたよりも若い女性だったので少し驚いた。

 見た目で判断すると、三十の半ばくらいだろうか。室長というからには、もっと年嵩だとばかり思っていたのに。


 鶫はそんなことを考えながら、小さく息を吐いた。


――ベル様、結局昨日は帰ってこなかったな。


 別にベルの身に何か危険があると思っているわけではないが、やはり会えないと心配になってくる。交渉と言っていたが、一体それは誰に対するものなのだろうか。鶫には分からなかった。


 気落ちする心を愛想笑いで隠しながら、鶫は丁寧に差し出しだされた名刺を受け取り、ゆっくりとソファに腰かけた。だが、因幡は立ったまま中々席に着かない。

 鶫が不思議そうに因幡を見つめると、彼女はきゅっと唇を結んで真っすぐに鶫を見た。


「この度は政府の不手際のせいで、誠にご迷惑をお掛けしました。全ての責任は政府にあります。罵っていただいても構いません」


 因幡はそう告げると、鶫に向かって深々と頭を下げた。鶫はそれを見て、あたふたとしながら腰を上げた。


「あ、頭を上げてください。俺は別に今回のことは政府が悪いとは考えていませんよ。だってあんなことが起こるなんて、誰にも予想できないでしょう?」


 結界に一般人が紛れ込むこと自体は稀にある。だが、今回のように複数人が巻き込まれるケースは極めて少ない。しかもそれに加え、魔獣の数が二体というイレギュラーまで発生しているのだ。戦った魔法少女の油断によるミスはあるかもしれないが、政府側に責任があるとは思えない。


 それに政府所属である六華の二人は、十分に己の仕事を全うしてみせた。魔獣を倒しきれなかったのは痛手だが、彼らの奮闘があったからこそ鶫が魔獣を倒すことができたのだ。責める理由がない。


 鶫がそう説明すると、因幡は申し訳なさそうに顔を上げた。

 そうして鶫が再度座って質問を待っていると、因幡達が鶫の顔をじっと見ていることに気が付いた。


「えっと、何か?」


「ああいえ、千鳥さんからも聞いていましたが、本当に『葉隠桜さん』によく似ていらっしゃるのですね」


「……まあ、よく言われます」


 鶫がそう言って曖昧な笑みを浮かべると、因幡は苦笑して席に着いた。


「すいません、不躾でしたね。――それでは、まず昨日の一日の流れから説明していただきたいのですが」


 そして鶫は、因幡の質問に答えていく形で昨日起こったことを詳らかに話した。もちろん変身やスキルなど、隠すべきことはきちんと隠している。

 最後に鬼に攻撃を受けたところまで説明が終わると、因幡は引きつった笑みを浮かべて言った。


「随分と無茶をしたんですね……。政府の人間としては貴方の勇気に称賛を贈りたいですが、一人の大人としては苦言を呈したい気もします。ですが――本当に、誰も死ななくて良かった」


「俺もそう思います」


――一つでもボタンを掛け間違えば、きっと大量の死人が出ていた。全滅の可能性だってありえたのだ。千鳥が魔法少女になってしまったのは誤算だが、過ぎたことは仕方ない。

 限られた条件下での戦いだと考えると、鶫はよくやった方だろう。鶫は気を取り直して、因幡に質問を投げかけた。


「それで、姉の千鳥のことなんですが……」


「ああ。千鳥さんとは昨日お話させていただいたのですが、何か詳細を伺っていますか?」


 その問いに、鶫は頷いた。


「はい。千鳥の魔法少女としての能力――『(ゲート)』の力を借りたいそうですね」


「その通りです。彼女の『扉』を使った転移(・・)スキルは、いま政府が最も必要としている能力ですから」


――千鳥の手に入れた二つのスキル。それは周りの空気を操る『風』の能力と、『扉』を介した複数人の転移を可能とする移動スキル。後者は、イレギュラーの対応を余儀なくされた政府にとって、喉から手が出るほど欲しい能力だった。


 今朝千鳥から受けた説明によると、それはあくまでも『協力』であり、政府に所属するわけではないらしい。契約神の意向もあるそうだが、政府の所属にはならないので、千鳥が出撃を強制される可能性は一先ずない。

 千鳥は政府に『扉』のスキルの使用権を貸し出す代わりに、政府の施設――シミュレーターなどの機器を自由に使用できるそうだ。それに加え、使用回数に応じて報酬も出る。


 千鳥の契約神――(しろ)と名乗った白兎の姿をした神は、ベルと違い戦闘に重きを置いていないらしい。千鳥自身もあまり会話が出来ていないので、詳しいことは分からないそうだが、その契約神が戦いを強要することは無さそうだった。


 その契約神自身も、今日は結界内での力の行使について管理担当の神々から呼び出しを受けているらしく、夕方まで帰ってこないそうだ。どうやら神々の世界にも色々あるらしい。もしかしたらベルもその中に参加しているのかもしれない。


「俺としては本人が納得しているならそれでいいと思うんですが、あまり長い時間拘束されるのは少し……。千鳥もまだ学生ですから、その辺は節度を持っていただければ」


「ええ、ご心配も最もです。ですが政府もブラックではないですから。基本的には一般のアルバイトなどの就業規則に則ってご協力いただこうと考えていますよ」


「そうですか……」


 鶫はほっと息を吐いたが、悩んでいることはもう一つある。


「確認なんですけど。一度でも魔法少女になってしまうと、スポーツの公式大会には参加できなくなるんですよね」


 今朝に千鳥と話をした時、彼女は悲しそうに「部活を辞めなくちゃいけない」と鶫に告げた。魔法少女の身体能力は、戦いを重ねるごとに強化されていく。そんな人間を普通の基準で扱うことは出来ない。それがスポーツの世界なら尚更だ。


 鶫が千鳥が今までどんなに努力をしてきたのか、一番分かっている。だからこそ、自分のことのように悔しくてしょうがないのだ。


「残念ですが、規則ですから。例外はありません」


 そう因幡は申し訳なさそうに答えたが、鶫の心は晴れなかった。今回の事故で千鳥が失ったものは、あまりにも多すぎる。


 鶫が目を伏せて俯いていると、目の前のテーブルにスッと何かの紙が差し出された。


「これは?」


「血液検査の同意書になります。千鳥さんからも話があったかと思いますが、これから先も同じようにイレギュラーな事故が起こる可能性が高いのです。被害に遭った方々の共通点や、特徴を知るべく、皆さんに血液検査の協力をお願いしています。いかがでしょうか?」


「はあ。別に構わないですけど」


 そう言って鶫は、さらさらと書類に自分の名前を記入した。巻き込まれた人間の共通点なんて、魔法少女としての適性のことしか考えられないが、鶫の性別が男なので政府も断言できないのだろう。

 血液検査の結果、鶫にも適性があることは分かるだろうが、それで何かが変わるとは思えない。政府だって、いくら適性があるからといって不安要素である男を勧誘したりはしないだろう。


 政府に黒い疑惑があるのは確かだが、転移能力持ちになった千鳥が政府に協力する以上、鶫に対してもそれなりに配慮はしてくれるはずだ。そこまで心配はいらない、はず。


「聞き取り調査は以上になります。何か他にご質問はありますか?」


「えーと、そうだ。一つだけあります」



 鶫は考え込む様に顎に手を当てると、何かを思いついたように顔を上げた。


「今日の朝に、六華の投票結果が出たんですよね? 俺達のいるフロアはテレビが無いので情報が入ってこなくて。教えてもらってもいいですか?」


 病院内なので、携帯で検索するわけにもいかない。今回は葉隠桜の件もあり、実はかなり気になっていたのだ。幸いにも目の前にいるのは政府の人間である。彼らなら確実な情報を持っているだろう。


「ええ、構いませんよ。まずは一位から――」

 

 そうして、因幡は胸ポケットから取り出した手帳を鶫に向かって見せた。そこには、上から順に魔法少女の名前が書かれている。


一位・遠野すみれ【とおの すみれ】

二位・雪野雫  【ゆきの しずく】

三位・壬生百合絵【みぶ ゆりえ】

四位・鈴城蘭  【すずしろ らん】

五位・日向葵  【ひゅうが あおい】

六位・柩藍莉  【ひつぎ あいり】


 若干の順位変動はあるが、六華のメンバー自体は変わっていない。鶫は葉隠桜の名前がないことにこっそり安堵しつつ、小さく息を吐いた。


「それと、これはまだ確定ではないのですが、政府は今回のイレギュラーの事故を受け、六華の拡大(・・)を検討しています」


「……え?」


 鶫がそう聞き返すと、因幡は手帳のページを捲った。


 七位から九位まで何となく見覚えがある名前が続き、十位の欄に鶫の目は釘付けになった。


――十位・葉隠桜【はがくれ さくら】


……鶫が思っていたよりも、順位が高い。テレビで投票しない様に願ったというのに、それなのにこの順位なのは、少し恐ろしいものがある。投票した人は一体何を考えているのだろうか。

 だが、因幡の言っている拡大とはどういうことなのか。鶫が首を傾げていると、因幡がまるで内緒話をするかのように顔を近づけた。


「この十位までのメンバーで、新しく【十華】という枠組みを作ろうという話が出ています。まあ、まだ構想の段階ですけどね。……どうしました? 顔色が悪いようですが」


「い、いいえ。こんな大事なことを、俺みたいな一般人が聞いていいのかと思って」


 鶫は冷や汗を流しながら、そう答えた。

――最悪の展開だ。六位以内に入らなかったというのに、まさかこんな落とし穴があるなんて。ベルは何と言うだろうか。それだけが心配だった。


「君は今回の被害者ですから。知る権利はあると思いますよ。でも、周りにはまだ内緒にしておいてくださいね」


 そう言って、因幡は微笑んだ。


――それから鶫は因幡達と分かれ、自分の病室に戻ってきていた。フラフラとベッドに突っ伏し、ぐしゃぐしゃと自分の髪の毛をかき混ぜながら、鶫は呻くように言った。


「……これからどうしよう」


 千鳥のこと。自分のこと。――そして葉隠桜のこと。問題は山積みだった。








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