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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
二章
45/202

43.壬生百合絵という刃

「――は、あはははっ!! どうした魔獣!! 動きが鈍いぞ!!」


 壬生百合絵は軽やかなステップで鬼からの攻撃を躱し、攻撃の合間を縫って果敢に鬼に切りかかっている。だが鬼の皮膚は硬く、あまり深くは切り込めていない。

 魔法少女としての力を使えないということもあり、壬生がどれほど動けるのか不安だったのだが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 傍から見ている分には、壬生の方が優勢に見える。だが、問題はそこではなかった。


「……支援しろって言われても、あんなのにどうやって割り込めばいいんだよ」


 目まぐるしく動き回る壬生と魔獣に対し、鶫は石を手に取ったまま呆然としていた。これでは石を投げようにも、かえって邪魔になる危険性がある。


「すごい……。私も剣道をしているけど、あんな動きは出来ないわ」


 千鳥も鶫と同じようなことを考えたのか、困惑と尊敬を込めた目で壬生の戦いを見つめていた。同じ剣の道に進む者として、感じるものがあるのだろう。


――やはり六華の名は伊達じゃないか。

 四年の間、魔法少女の第一線で活躍していただけはある。半年しか活動していない鶫ですら、身体強化の恩恵があったのだ。六華クラスの人間が平凡なはずがなかった。


 鶫はそう考えながら、壬生が切り込む瞬間を狙って魔獣の後ろに石を投げた。その石の落ちる音に鬼が反応しそうになるが、振り向くまでには至らない。その後もちょこちょこと石を投げたり、物を倒して音をたてたりささやかな妨害を行ったのだが、あまり効果は見られなかった。


……本当に協力なんて必要だったのだろうか。

 楽しげに鬼に挑んでいる壬生を見ていると、自分達は別にいらなかったんじゃないかと思ってしまう。

 もしかしたら、壬生は戦闘の協力といっていたが、本命は鈴城に対する伝令役の方なのかもしれない。


 だが、安心して見ていられたのはそこまでだった。


 鬼の傷は着々と増えているのだが、その傷は浅く、決定打には程遠い。そして肝心の毒薬を飲ます機会もなく、無為に時間だけが過ぎていく。そのことに焦りを感じているのは、鶫だけではなかった。


「くっ、流石に長引くと体力が持たないな」


 壬生はそう言うと、鬼と少し距離を取り、鶫たちの方へ振り返った。


「私が毒を飲ませたら走り出す準備をしておいてくれ! 場所は憶えているな?」


「はい! 西にある木造の立体迷路ですよね?」


 千鳥がそう答えると、壬生は「よし!」と答えて小太刀を逆手に構えた。


「できれば使いたくはなかったんだが、やはり出し惜しみはできないか」


 壬生は逆手に持った小太刀をそのまま胸元に差し込み、胸から足元にかけてざっくりと服を両断した。そして彼女はためらいもなくさらりと手に残った袖を下に落とし、下着だけの姿になった。白くて細い体が、鶫たちの眼前に晒される。


「……は、え、ええっ!?」


 鶫は動揺を隠しきれず、大声を上げた。

――こ、これはじっくりと見ていいものなんだろうか。いや、でも、援護はしなくちゃいけないし……。


 鶫がちらちらと壬生の下着姿を見ながらそんなことを考えていると、強い力で背中を抓られた。ちらりと後ろを見ると、千鳥がひどく冷たい目で鶫のことを見つめていた。

 一瞬で興奮が収まり、頭が冷静になる。


「……ごめん。ちゃんと集中する」


「よろしい。――壬生さんにも考えがあるのよ。私達は、自分達の仕事を全うしましょう」




◆ ◆ ◆




――壬生百合絵は切断衝動を持つ異常者である。


 百合絵はごく普通の夫婦の間に生まれ、何不自由なく平凡な生活を送っていた。転機は、彼女が十歳になった年の春。桜の花びらが舞う、暖かな日のことだった。


 朝、学校に向かうために道を歩いていた百合絵は、ナイフを持った通り魔に襲われた。だがナイフを向けられた彼女は、怯えることもなくそのナイフを奪い、さも当然のように(・・・・・・・・)通り魔の腹にその凶器をねじ込んだのだ。


 その後、百合絵は大人たちからの詰問に悪びれもせずにこう答えた。


「だって、あのナイフはよく切れそう(・・・・・・)だなって思ったから」


 その日から百合絵の異常性は浮き彫りとなった。ハサミにカッター、包丁に至るまで、刃が付いている物を手にすると、目の前の物体をバラバラにしたいという衝動が抑えきれなくなる。それに加え、百合絵は何故か切断行為に罪悪感を抱くことができないのだ。

 百合絵が刃物を持った際に考えるのは、『切れる』か『切れない』かの二択のみ。

 百合絵の両親はその都度、叱り、宥め、時には泣き落とすことで彼女の衝動を矯正しようとしたが、上手くいかなかった。


 百合絵が十二歳になった時に魔法少女を志したのは、ある種の必然といえる。

 

――合法的に様々なモノを寸断できる。そのなんと素晴らしいことか!


 百合絵は衝動の赴くままに魔獣を切り続けた。六華という輝かしい地位は、その副産物でしかない。けれど、今となっては六華の一員としてそれなりの義務感は持っているし、その地位にふさわしい振る舞いをすべきだという意識はちゃんと持っている。そうでなければ、こんな風に無力な状態で魔獣と戦おうなんて思ったりはしない。


 今は契約神の協力もあり、日常生活では衝動を抑えることができているが、はたして魔法少女を引退した場合はどうなるのだろうか。

 刃物を持たなければいいだけの話かもしれないが、それでも『もしも』という可能性はある。

 百合絵自身、別に人に迷惑をかけたいわけではない。引退の際には人里離れた山奥でスローライフを送るのが無難かもしれない。


――けれど、その前に命を落とす方が先かもしれないが。


「――スキル解放、『空中歩行』」


 その宣言と共に、壬生は空中(・・)を駆けた。空中歩行とは、その名の通り空中を歩くスキルである。長く魔法少女を続けている百合絵にとっては、息を吸うよりも簡単に使いこなせる能力だ。

 問題があるとすれば、その副作用である。


 上下左右、空中に足場を作り攻撃し、鬼の隙を窺う百合絵の顔には、先ほどまでの余裕は見られなかった。愛らしい顔は苦痛に歪み、白い肌は徐々に赤く染まっていく。そして体からは少なくない量の汗が噴き出していた。


「あーもー! 熱いっ(・・・)!!」


――壬生百合絵に発現した副作用は『発熱』である。魔法少女としての能力を使うたびに、体温が徐々に上がっていく。途中で能力を切りつつ温度の調整を図っても、上がった体温はなかなか下がりはしない。激しい運動をしているのだから猶更だろう。

 最初に着ている服を切り裂いたのは少しでも熱を逃がすためだ。断じて露出狂の気があるわけではない。

 

 そして百合絵は、背後からの攻撃で鬼が体勢を崩した瞬間――第二スキルを発動させた。神力が小太刀に集まり、淡い赤色を纏っていく。


「断ち切れ、斬妖剣!!」


 その宣言と共に、百合絵は小太刀を振り下ろした。


――斬妖剣とは、その名の通り妖に属するもの――魔獣を斬るスキルである。正確には、その為に必要な概念を刀に纏わせるスキルなのだが。今は詳しく説明しなくとも問題はない。

 多少のタメが必要なのは厄介だが、このスキルさえあれば、たとえどんなに硬い装甲を持っていようとも一刀のもとに両断することができる。これは壬生百合絵が持つ、最後の切り札だった。


「……やっぱり上手くはいかない、なっ!!」


――だが、スキルの出力が制限された状況では決定打には至らない。

 刃は庇う様に上げたれた鬼の右腕を切り落とし、その首まで迫った。けれど、刃先が数センチ食い込んだところで、刃は止まってしまった。


 百合絵は急いで小太刀を引き抜こうとしたが、残った左手で小太刀を掴まれ、動くことができない。


「グ、ガアアアァァァ!!」


 鬼が、痛みと怒りの混じった雄叫びを上げる。鬼は掴んだ小太刀を引き寄せ、百合絵を攻撃しようとした。――それが、誘導されたものだとは知らずに。


「ああ、お前がそうするのを待っていた」


 百合絵は笑みを浮かべ、小太刀を手放した(・・・・)。そしてよろめいた鬼に近寄り、ゴルフボールほどの大きさの瓶を二つ、封を開けてから鬼の口へと投げこむ。そのまま鬼の口を蹴り上げて強制的に口を閉じさせ、瓶ごと中に入っている液体を飲み込ませた。鬼の喉が動くのを見届けると、百合絵は素早く距離を取った。


「――毒は飲ませた!! 行ってくれ!!」


 百合絵がそう叫ぶと、協力を頼んだ姉弟の片方――姉の千鳥が弾かれたように走り出した。その姿を横目に見つつ、百合絵は迫りくる限界を感じていた。


――はは、視界がぐるぐるする。


 この時点で百合絵の体温は四十二度を超しており、いつ意識を失ってもおかしくはない状態だった。彼女が持ちこたえているのは、六華としての意地と根性の賜物である。


 だが毒を飲ますという使命を全うした気のゆるみか、ギリギリのところで保っていた集中力が切れそうになっていた。

 ぼんやりとした視界の先で、苦しげに呻く鬼が百合絵へと近づいてくる。けれど、百合絵は動けない。


――まあ、頑張った方かな。


 ふわふわとした思考回路で、百合絵はそんな風に思った。この死に方ならば、最低限ではあるが六華の面目は守れるだろう。下着姿なのは間抜けだが、それは仕方がない。

 そして百合絵が死を受け入れようとしたその瞬間、鬼の顏に向かって何かが投げられた。


「ガアアアアァアア!!」

 

 鬼は大声を上げながら、残った左手で顔を押さえていた。鬼の顏にはショッキングピンクの液体が纏わりついており、少し離れた距離からでも激しい異臭が漂っているのが分かる。

 その光景を突っ立ったまま眺めていると、背後から腰と膝裏に誰かの手の感触を感じた。


「ん、んん?」


 混乱する暇もなく、ぐっと体を持ち上げられ横抱きにされた。いわゆるお姫様抱っこである。百合絵が上を見上げると、そこには焦りの表情を浮かべた男――七瀬鶫がいた。


「何やってるんだ!! 簡単に諦めるなよ!!」


「――あ、」


「さっさと逃げるぞ。あの鬼を西に誘導しつつでいいんだよな? 少し揺れるけど我慢してくれ」


 鶫はそう声を上げると、鬼に背を向け、百合絵を抱えたまま西の方向へと走りだそうとした。百合絵は焦りつつも鶫の襟元を掴み、強制的に足を止めさせると、近くに落ちている小太刀を指さして言った。


「ま、まってくれ。あれを拾ってくれないか」


「あれ? ……そうだな。まだ必要かもしれない」


 そして鶫は最小限の動きで小太刀を拾い上げると、刃にくるりと落ちていた布を巻いて百合絵に渡した。


「鞘は後で探してくれ。鬼は弱っているみたいだけど、探している間に暴れ出さないとは限らないからな」


 そう言って走り出した鶫のことを、百合絵は熱に浮かされながらぼんやりと見つめた。下からのアングルだと、サングラスの下の顏が良く見える。その顔は、最近よく映像媒体で目にする顔によく似ていた。


――まるで、葉隠桜(・・・)にそっくりな顔だな。


 そうして百合絵は鶫の腕の中で揺られながら、ゆっくりと意識を手放した。精神も身体的にも限界を超え、これ以上動ける状況ではなかったのだ。


 残る砦は、立体迷路で待つ鈴城蘭のみ。けれど、百合絵に不安はなかった。


――だって彼女(らん)は、百合絵よりもずっと心が強いのだから。





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― 新着の感想 ―
[一言] こういうのってよく剣道持ち出されるけどそんなアニメみたいな珍妙な動きする訳じゃないんだけどな
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