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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
二章
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42.六華の二人

「魔法少女が行動不能、だって?」


 鶫は少女たち――六華の二人に伝えられた現状に眩暈がした。

――六華の二人がここにいるだけでも驚愕なのに、頼みの魔法少女がもうすでにやられてしまっているなんて。衝撃が大きすぎて、もう言葉が出ない。


 しかも彼らはそこらの魔法少女ではなく、あの六華(・・)である。道理で見覚えがあるはずだ。

一般人にとっては雲の上のような存在が、鶫たちの前に立っている。それだけで驚きなのに、協力を申し出るなんて前代未聞だろう。


 驚愕する鶫たちに、六華の二人は言葉を続けた。


「正確には、死にかけと言った方がいいな。あと持って数時間だろう。――できれば、その前に片を付けたい」


「……一般人が結界内にいるなら、本当なら逃げまわって時間を稼ぐのが正解なんだろうけどね。でも、うちらは誰かを見殺しにするために魔法少女になったわけじゃないから。助けられるなら助けたいんだよ」


 六華の二人――鈴城と壬生は、申し訳なさそうにそう語った。確かに鶫たち一般人を優先するのであれば、その死にかけの魔法少女を見捨てて――もしくは引導を渡して後詰めの魔法少女に魔獣を倒してもらうのがスマートな解決方法だろう。けれど、彼女達の言い分も鶫には理解できた。


――魔法少女とは、この国に生きる人々を守るために存在する。彼女たちの仕事はあくまでも魔獣を倒すことで、人を殺すことではない。相手が同じ魔法少女とはいえ、見殺しにすることは主義、あるいは信念に反するのだろう。


……別に鶫だって、その魔法少女に死んでほしいと思っているわけではない。助かる方法があるならそれが一番だ。だが、彼女達に協力するにはあまりにもリスクが大きい。

 何故ならば、彼女達も鶫と同様に、魔法少女としての力を封じられているからだ。魔法少女として活動できない彼らなど、六華とはいえそこらにいる女子高生と大差はない。戦力として数えるには少し不安があった。


「でも、君たちは魔獣と戦えるのか? 六華ほどの魔法少女がいるなら、俺達はとっくの昔に助かっていてもおかしくないだろう?」


「すまない。私達は他の魔法少女の結界の中では力を制限されているんだ。普段通りの活躍は期待しないで欲しい」


 鶫が確認のためにそう聞くと、壬生は隠しもせずにはっきりとそう答えた。分かっていたことだが、これでこの場にはまともに戦える者が一人もいないことになる。これは事実上の詰みではないだろうか。

 話を聞いていた他の二人も同じことを考えたのか、明らかに動揺していた。


「そん、な。貴方達は六華でしょう? どうにかならないんですか!?」


 絶望したように、夢路が二人を大声で詰った。千鳥は彼女を諫めるように肩を支えたが、その表情は深い不安を湛えていた。


「私たちは、これからどうすればいいんでしょうか。協力といわれても、出来ることなんて……」


 千鳥がそう言うと、鈴城は小さく微笑んで言った。


「大丈夫。協力っていっても君たちが魔獣と戦うわけじゃないから。うちが場を整えるまで、ゆりちゃんと一緒に魔獣をかく乱してほしいんだ」


「かく乱?」


 鶫がそう聞き返すと、鈴城は小瓶を二つ取り出した。


「ここに魔獣に効く毒薬があるんだ。これを上手く魔獣に掛ける……ううん、飲ませてくれたら、あとはうちのスキルでどうにかする(・・・・・・)から」


「心配しなくても実行は全部私がするぞ! 君たちは遠くから石を投げて魔獣の気を引いたり、私が魔獣に毒を飲ませた後に、蘭ちゃんに連絡しに走ってくれればいいから。それなら危険はないだろう?」


 六華の二人は、答えを待つように鶫と千鳥のことを見つめた。


――確かにそれなら悪い案ではない。だが、気になる点がある。


 鶫は考えるようなそぶりをみせ、口を開いた。


「そのスキルとやらは本当に使えるのか? さっきの話しぶりだと、この結界内で魔法少女としての力を使うのは難しいみたいなこと言ってたけど」


 問題はそこである。スキルを使う前段階ですら、鶫は耐え切れずに嘔吐しそうになったのだ。彼女達が負うことになる副作用がどんなものかは分からないが、副作用の影響を受けた状態でまともに動けるとは思えない。安請け合いして「やっぱりダメでした」と言われてしまっては困る。


 鶫がそう聞くと、鈴城は自分の左手を見つめ、迷いを振り切ったような澄んだ目で鶫の方を向いた。


「問題ないよ。――絶対に、やり遂げてみせるから」


 その気迫に押され、鶫は思わずたじろいだ。

――これが、六華の貫禄か。鶫のように成り行きで魔法少女になった者とは、明らかに覚悟の質が違う。人を守るという強い意志。大事な人ばかりを優先して考えてしまう鶫とは大違いだ。鶫はそれが羨ましくもあり、悲しくもある。


 この国に生きる人間を救うために命を懸ける魔法少女――それは、言い換えて見れば国の為の奴隷に過ぎない。いくら綺麗な言葉で飾ろうと、数多の神々に少女たちを差し出して戦わせているという事実だけは曲げられないのだから。

 在野である鶫は負う義務も軽いが、政府所属の魔法少女に圧し掛かる重圧はいったいどれほどのものなのだろう。

――六華である彼女達は、そんな状況で何を心の支えにして戦っているのだろうか。鶫にはそれが不思議で仕方なかった。


「それで、答えは出たか? 時間もないから出来れば急いで欲しいんだが」


 壬生が背後の方向を気にしながら、急かすようにそう言った。おそらく、鬼が動き出したのに気付いたのだ。彼女も魔獣の気配を察知することができるのだろう。


「……俺は別に構わない。できることであれば協力するよ。でも、あとの三人は安全な場所で待機を――」


 鶫が言葉を続けようとした時、千鳥が遮るように言った。


「いいえ。私も協力するわ」


「でも、千鳥」


「放っておいたら鶫はまた無茶をするもの。……私はさっきのことを許してなんかいないんだからね」


 恨みがましそうに言う千鳥に、鶫は気まずそうに目を逸らした。どうやら夢路を押し付けて置いていったことを相当怒っているらしい。


「話は纏まったか? では、作戦の概要を伝えよう」




◆ ◆ ◆




「本当に君たちには悪いと思っているんだ。本来であれば、こんなことに一般人を巻き込むべきではないしな。……こういうのもなんだが、後で謝礼はちゃんと支払うぞ。こう見えて私は高給取りだからな!」


 壬生と千鳥、そして鶫の三人で魔獣の元へと向かっている最中、壬生がそんなことを言い出した。


「報酬なんていらないですよ。緊急事態ですし、気にしなくてもいいと思いますけど」


「いや、政府の所属じゃないとはいえ魔法少女が迷惑をかけているのだから、その分の補償は必要だろう? せっかく遊びに来たのに、強制的にホラーアトラクションに巻き込まれたようなものだからなぁ。――それと、別に敬語じゃなくてもいいぞ? 私の方が年下だからな。あんまり敬われても対応に困る」


「それは、えっと。六華である壬生さんに、そんな風に馴れ馴れしくなんてできません」


 千鳥が困惑した風にそう言うと、壬生はカラカラと豪快に笑った。


「そんなに気負うものでもないんだが。六華といっても、私はただ魔獣を切っているだけだからな。他の皆と違って、そこまで誇り高い信念は持っていないんだ」


 壬生はそう言うと、腰に佩いていた小太刀を手に取り楽しそうに笑った。


「それにこんな風に制限された状況で魔獣と切り合う機会なんてほとんど無い。腕試しだと思って気軽に挑むさ。蘭ちゃんはああ言ってたが、別に私が倒してしまったって構わないだろうしな!」


 その口調は軽く、これから生身で魔獣に挑むようにはとても思えない。それはまさに、テレビで見た通りの【壬生百合絵】の姿で、鶫は思わず訝しげに彼女を見つめた。


「なんか、随分と余裕なんだな。逆に鈴城さんの方は、何だか無理をしているような感じだったけど」


「ちょっと、鶫」


 鶫の物言いに、千鳥は小さく声を上げたが、壬生は気にもしていない風に口を開いた。


「蘭ちゃんはああ見えて真面目だからなぁ。私は基本的に魔獣が切れればそれでいいから、あんまり細かいことは気にしないんだが」


 飄々とそう言い放った壬生に、鶫は何と答えていいのか分からなかった。

 彼女のことを『魔獣を両断することだけが生きがいの人格破綻者』と揶揄する人や、中には『剣狂い』と畏怖を込めて呼ぶ者もいることは知っていた。けれど、この状況下で普段と同じようなメンタルでいられるのは、もはや才能だろう。


「……どうしてそんなに魔獣を切ることに拘るんだ?」

 

 鶫がなんとなくそう聞くと、壬生はぼんやりと空を見上げて呟くように言った。


「切っていいのが、魔獣だけ(・・・・)だったからかなぁ」


「それは、どういう意味で――」


 鶫が言葉を続けようとした時、道の奥からゆっくりと青い影が姿を現した。その鬼の顏は憤怒一色で彩られており、恐ろしさを際立たせている。……どうやら鶫のバイクでの襲撃が余程腹に据えかねたらしい。


 千鳥は鬼を見て小さな悲鳴を上げたが、気丈にその場に踏みとどまり、しっかりと前を見つめている。鶫としては逃げてくれた方が有り難かったのだが、本人が望むのであれば仕方がない。いざとなれば、鶫が身を挺して守ればいい話だ。


「――ん? どうやらお出ましの様だ。しっかり頼むぞ」


 壬生はそう言って鶫たちに合図をすると、すらりと小太刀の鞘を抜き、獰猛に笑った。






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[良い点] この子切っていいなら人も切るやろ
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