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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
一章
16/202

16.悪食

――場所は変わって、お仕事の時間である。


 黒の肩出しチュニックに、ベースの赤に黒いレースをかぶせた膝丈のギャザースカート。ゆるく巻いた黒髪に赤いリボンのヘッドドレスを付け、黒い網タイツの上に赤い編み上げのショートブーツを履いた姿で、その場でくるりと回る。複雑な気分だが、実によく似合っている。

 ベルの見立てたこの衣装は、魔法少女というより魔女のようにも見える。だが葉隠桜としての活動時間は主に夜間なので、こうした暗い色の衣装の方が行動しやすいのだ。


 その間にベルに油断をするな、と怒鳴られたが、これも気持ちを切り替えるために必要な儀式である。七瀬鶫としての意識と、葉隠桜としての意識を切り替えることで、体への同期率を上げるのだ。


「よし、準備完了」


 鶫は今、結界の内部で敵――C級の魔獣であるワイバーンと相対していた。


 前回とで連続のC級討伐になるが、相手から与えられるプレッシャーはマンティコアよりは大きくない。

 ちなみにワイバーンとは比較的小さめな竜種のことを示す。人によっては大きなトカゲに翼が生えたもの、といった方が分かりやすいだろう。この魔獣の大きさは十メートルほどで、攻撃手段は個体によって違うので見極めが必要である。


……ただ鶫に問題があるとすれば、この戦う場所が平地ということだ。


 北海道の草原地帯。今は雪が積もって一面真っ白だが、その特筆すべき点は、遮蔽物がまったくない(・・・・・・)ことだろう。


――そもそも、『糸』による攻撃(・・)とは、自然界の様々な力を利用した非力な者のための戦法である。

 この世に蔓延る物理法則を余すことなく利用した、力の掛け算。何らかの支柱や突起、遮蔽物などを経由させ、力の相乗効果を生み出し、爆発的な力を生み出す。それが糸使いの本質だ。

 つまりこのような平地では、糸使いの力は十全に引き出せない。


「けど、それを補うのが転移(・・)だ」


――本当に、糸使いに(あつら)えた様にしっくりくるスキルだ。


 転移の際に、自分以外の物に繋いでいた糸は切れる。けれど、転移した先で辺りにある糸とすぐさまつなぎ直せば、それを操ることで空中での三次元的な機動が可能になる。

 転移のスキルのクールタイムはおよそ三秒。その程度の時間であれば、高い場所で切り離した糸が地に落ちることはない。空中浮遊などの魔法が付かなくても、十分に空中戦ができるのだ。


――まずはワイバーンの右上に飛んで糸を右翼に絡め、次は下に降り左足を。そして最後に背後からワイバーン自身(・・・・・・・)を支柱として、地面に引っ掛けた箇所を利用して四方に糸を引く。ここまでで十秒。転移と糸使いならではの速度である。

 そしてこれで平地でのデメリットはほぼ解消される――筈だった。


「……やっぱり硬いな」


 そう言って、鶫は眉をひそめた。

 

「ギャオオオォオッ!!」


――ちぎれた左足と、付け根から三分の一ほど切れ目が入った翼。両方とももぎ取るつもりで仕掛けたのだが、少し力が足りなかったらしい。

 ワイバーンは何が起こったのか分からないようで、鶫の方を見て怒り狂っている。そのまま口を大きく開けて光線の様なものを出してきたが、転移持ちの鶫にはそもそも当たらない。


 そんなことを考えていると、しびれを切らしたかのようにワイバーンが鶫に向かって真っすぐに飛んできた。それでもやはり、速い。瞬きした瞬間にワイバーンは目の前まで迫る勢いだ。翼に傷を負っても有翼種特有の速さは健在らしい。


 辺りに木やビルがあればクモの巣の様な設置型の罠を仕掛け、自身の速度で自滅してもらう方法も取れるのだが、ここでは少し難しい。


……このまま何度か先ほどと同じ攻撃を繰り返せば問題なく倒せるだろうが、それでは何の経験値にもなりはしない。


「ベル様。この前考えたアレ(・・)、使ってみてもいいかな?」


「好きにしろ。――そもそも我は戦闘を貴様に一任している。そんな些末はいちいち聞かんでいい」


「了解、っと」


 そう答え、鶫は自身の周りに大量の糸を出した。それらはグルグルと渦巻き、形をかえ、ボーリングの玉ほどの大きさの珠になった。


「この()(わたし)に繋がっているかぎり転移を使っても切れることはない。――つまり持ち運び自由ってことだ。やり様によっては武器として使えそうだね」


 鶫はそう呟いて、遥か上空へと転移した。


――ワイバーンがまるで米粒のように見える。この調子なら、暫くは見つかることはないだろう。

少し冷える気がするが、強化された魔法少女の体には響かない。


 落下しながら糸を下へと急速に伸ばし、ワイバーンに繋ぐ。


――後は、撃ち出す(・・・・)だけだ。


「ターゲット紐付け完了。砲弾セット。軌道確保。螺旋の展開開始」


 宣言と共に、様々な太さの糸がワイバーンに繋がれた糸に沿って螺旋状に延ばされていく。その径の大きさは、最初に作った糸の弾と同じ大きさだ。

 

 鶫はすっと人差し指でワイバーンを指さした。


「発射まで三秒。三、二、一――零!!」


 たん、と指で撃つ動作をする。それと共に、鶫の周りに展開されていたいくつもの弾が真っすぐにワイバーンへと降り注ぐ。

――否、ワイバーンは何かに気づいたのか体を振り払うようにして辺りを飛び回っているようだ。けれど、弾の軌道はワイバーンからは外れない。その為の紐付けだ。幾重にも絡まった糸は、多少のことでは取り去ることはできない。


 そして糸の弾は螺旋の道を通り、加速度を増してワイバーンへと迫っていく。螺旋の中を通すときに回転を加え、糸を発射口からすぼめていくことにより、まるで大砲の様な推進力を生みだしていく。上から撃てばさらに重力も加算されより威力は上がることだろう。


――そして、弾はついにワイバーンに着弾する。


「グ、ギィアオオオオオオォォォオッ――!!」


 翼に、足に、肩に、尾に、胴に、背中に、さも簡単に丸い穴が開いていく。それはまるで流星を直に受けたかのような見た目で、最初の優雅に空を飛ぶ姿が嘘のようだった。


「新技は上々。これで遠距離の攻撃方法も確保できたな」


 鶫はワイバーンが地に倒れ伏すのを確認し、地面へと降り立った。


 ワイバーンは四肢がちぎれ、血だまりに沈みながらも爛々とした憎しみの眼で鶫のことを睨み付けている。

 そりゃ、安全圏から好き勝手攻撃されたら恨みもするだろう。


「機嫌は、もちろん良くはないよな。でもしょうがないよ。君が(わたし)を食おうとしたんだから――(わたし)食われても仕方ない(・・・・・・・・・)よね?」


 鶫はそう言って、()いっ、っと右手を振り下ろした。






◆ ◆ ◆




『暴食』を終え腹を満たし、家に帰ったあとで、鶫は神妙な顔をしてベルに問いかけた。


「最近『暴食』が楽しみになってる気がする。少しヤバくないか?」


「別にどうでもいい」


「もうちょっと真面目に聞いて欲しいなぁ……」


 しかも鶫の携帯を使って、ソシャゲをしながらの返答である。契約者である鶫と、イベントで手に入る配布キャラのどちらが大事なのだろうか。いや、実際に聞いたら悲しくなりそうなので聞きはしないが。


「別に体に影響はないのだから構わんだろう? 力も強くなるし何が問題なんだ」


「気持ちの問題。今ならゲテモノ料理も普通に食べられそうでちょっと怖い」


 スプラッタなワイバーンをみて、「ちょっと美味しそうだな」と思ってしまった自分が恐ろしい。普通に考えたらあんなの食えたものではない筈だ。いくら戦闘後でハイな気分だったとはいえ、あれはない。


「貴様は貧相な体なのだから、少しくらい食って太るような心持ちでいたらいいだろうに」


「『葉隠桜』が貧相なのは俺のせいじゃなくて、ベル様が女性的な身体が嫌いだからだろう?」


 比較的高い身長に、すらりと伸びた手足。そして動きの妨げにならない薄い胸。女性らしさといえば、くびれと体の柔らかさくらいじゃないだろうか。


 以前に感想として「女の子の体って柔らかいんだな」とこぼしたら、変な風に解釈されベルからごみを見るような目で見られた。あれは少しトラウマものである。

 鶫としては関節の可動域や、手足のしなやかさについて「柔らかい」と称したつもりだったのだ。別に邪な意味で言ったわけではない。


「……そこまで言うなら増やしてやっても構わないが、本当にそんな駄肉が欲しいのか?邪魔じゃないか?」


「滅茶苦茶嫌そうな言い方だなぁ。……まあ、今の体に慣れたところだし別に変えなくてもいいよ。それに今さら胸とか増量しても、どうせパットとか豊胸って言われるだろうし」


 そしてネットで叩かれるまでがワンセットだ。考えるだけで面倒くさい。 

 鶫がそう答えると、ベルはあからさまにホッとしたように息を吐いた。分かりやすくて対応に困る。


「明日は学校だからそろそろ寝るよ。冬休みまであと二日だから、その後にまた食べ歩きにでも連れてってよ。……俺はそろそろ普通のご飯で食を楽しみたいかな」


 切実な願いだった。できれば早急に味覚の矯正が必要である。


 鶫がそう言うと、ベルは肩をすくめてため息を吐いた。


「やれやれ。たまには下僕の願いを聞いてやるのが主の務めか。良いだろう、期待しておくといい」


「はいはい、ありがとうございます」


 鶫はそう言って慇懃にお礼を言った。「はいは一度でいい」と怒られたが、それはご愛敬である。



――ああ、冬休みが実に楽しみである。





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