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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
六章
154/202

147.困惑の部屋割

 イギリスの軍部関係者たちと当たり障りのない会議を終えた後、鶫達はイギリス側から提案されていた食事会を急遽キャンセルすることにした。ひとえに、日本側の人員の安全の為である。


 最初は「こちらは呼ばれた側なのだから」と油断していた鶫たちであったが、最初の襲撃未遂のせいでイギリスを少々信用できなくなっていた。


 別にそれまでも警戒をしていなかった訳ではないが、たとえこの国(イギリス)に日本や魔法少女に反感を持つ者がいたとしても、魔獣を倒すまでは動かないだろうと思っていたのだ。

 だが、その予想は残念ながら外れてしまった。こうなってしまうと、もう警戒レベルを引き上げるより他にない。


 日本側としてもこのタイミングで毒を盛られるとまでは考えていないが、それでも向こうの用意した食事に手を付けるのは不安だった。


 そして対するイギリスも、最初にイギリス側の外交官が問題を起こしていたこともあり、食事会の中止を表向きは快く受け入れていたようだったが、実際はどう思っているのかは分からない。


 ――まあ何にせよ、互いに明日の魔獣戦で勝つという目的は一致している。何か起こるとすればその後だろうが、さっさと撤収してしまえばそれで済む話だ。

 その上で、日本側が何か不利益を被るようなことがあれば、上の人間が対応して断交でも何でもすることだろう。そこまでは鶫の仕事ではない。


 そんなことを思いつつ、鶫は次のお仕事――食事の運搬を行っていた。


 食事会が中止になったので、昼食――鶫たちの感覚で言えば夕食に該当するのだが――は山吹に言われた通り鶫が転移で日本に戻り、わざわざ政府の食堂に行って食事を持って帰ってきたのだ。


 イギリスと日本ではかなりの距離があるので、きちんと転移できるか不安だったのだが、特に何の問題もなく転移できた。どうやら距離はそこまで能力に影響はないらしい。まあそれでも、普通の転移の五倍くらいは余計に疲れたのだが。

 ……だがこうも簡単に国家間の移動が出来ると、あまり遠出のありがたみが感じられない。別に旅行に来ているわけじゃないのだからそんなものは必要ないのだろうが、何だかなぁ、と思う時はある。


 だが、鶫にとっては良いこともあった。

 その食事の調達の際に、食材の差入れの件で仲良くしている職員たちが、葉隠桜が他所の国に出かけていることを聞きつけ、あれもこれもとオマケを沢山用意してくれたのだ。人よりも少し(・・)多めに食べる鶫としても、それなりに満足できる量を確保できたので本当に助かった。


 次回の夕飯の時間――日本時間だとかなり早朝の時間になってしまうが、その頃にまた大人数の夕食を取りに来ることを約束し、鶫は日本を後にした。


 これはただの余談になるが、昼食を食べ終わった後に、遠野がぼそりと「ペットは飼い主に似るのね」と言っていたので、もしかしたら政府の地下に隔離中のベルも、暇を持て余して暴飲暴食を繰り返しているのかもしれない。

 因みにベルと鶫のどちらがペットなのかは、きっと言うまでもないだろう。


 そうして無事に昼を乗り切った鶫たちは、第二陣を迎えるために再度ホテルの大広間に集まっていた。

 なお、今回は他の国の外交官たちはおらず、イギリス側の外交官が数人いるだけだ。流石の彼らも、これ以上爆弾――魔法少女を刺激するのはマズいと考えたのだろう。


 そして迎えた第二陣の内訳としては、転移管理部の千鳥を含む魔法少女たちと、結界術を使える神祇省の人間。通訳を担当する者達と、第二陣の護衛を担当する魔法少女たち。そして魔獣のデータを取るための職員が十名ほどで、合計四十名ほどの人間が新しくイギリスに足を踏み入れた。


 こう見るとかなりの一大プロジェクトのようにも思えるが、この追加の人員の殆どは明日の戦いには関係のない人たちなので、そこまで殺伐とした空気は纏っていなかった。

 特に千鳥たち転移管理部の魔法少女は、言ってしまえば転移の条件を満たすための訪問なので、半分遊びのような物である。まあ、危険がないならばそれが一番なのだろうが。


 そして急遽追加された護衛の魔法少女の中には、知っている顔――鈴城と風車の姿もあった。

 特に鈴城の方は、会議の中で話に出たように、恐らくは毒対策のために呼ばれたのだろう。


 ――毒を操るスキルと聞くと世間では少しマイナスのイメージがあるが、使い方によってはこの上なく有益なスキルとなる。ある意味、攻守ともに優れた稀有なスキルとも言える。


 彼女がいれば、たとえ毒を盛られたとしても簡単に解毒が出来る。そう考えると、この遠征の危険がぐっと減ったと言ってもいいだろう。


 鈴城は鶫――葉隠桜の視線に気が付いたのか、ニコニコと笑いながら小さく手を振ってきた。そんな鈴城の姿に癒されながら、鶫は静かに山吹の説明を聞いていた。


「ではこれから先は別行動となります。転移管理部の面々は各々の条件を満たす行動を。そして観測班の方々は、ロンドン周辺にまで赴き現地スタッフと共に機材の設置をして頂きます。そして神祇省の方々はこのホテルの守りを固めてください。護衛の魔法少女はそれぞれ指定されたグループについて行動してください」


「あら、私たちはどうすればいいのかしら?」


 名前を呼ばれなかった遠野が、山吹にそう問いかけた。


「遠野さんと葉隠さんは夕方までは神祇省の護衛に入っていただいて、その後は早めに休んでください。なにせ本番は明日ですからね。しっかり英気を養ってもらわないと困りますから」


「そう、分かったわ。――葉隠さんもそれでいいわね?」


「はい、私は特に問題ありません」


 そう言って鶫は頷いた。つまり神祇省の護衛の後、夕飯の運搬さえ終えれば鶫の今日の仕事は終了ということだろう。それくらいの方が、分かりやすくていい。


「では、一度この場で解散と致します。何か問題があった際には、私に連絡して下さい」


 その山吹の言葉に各々が頷く。まあ元々イギリスに来た後の動きは、日本にいる間に打ち合わせをしておいたので、イレギュラーな出来事さえ起こらなければ問題はないだろう。


 そうして皆が移動を開始しようとしたところ、第二陣でやってきた職員が紙の束を取り出しながら声を上げた。


「あ、皆様移動する前に一つだけよろしいでしょうか? ――追加の人員を含め、こちらの方で部屋割を作成しましたので、今のうちに配布しておきますね。ご確認をお願いいたします」


 そう言って、職員は次々と紙を配布していく。そのテキパキとした光景を見つめながら、鶫は考え込むように口に手を当てた。


 ……泊りだとは聞いていたけれど、まさか誰かと同室なんてことはないよな?

 そう思いながら、鶫は小さく冷や汗を流した。


 というよりも葉隠桜の場合、男女問わず誰と同室になっても事案が発生する。一人部屋以外の選択肢がないのだ。

 最悪の場合夜の間だけ転移で家に帰るということもできるだろうが、流石に団体行動を強いられている時にあまり勝手な真似はしたくない。


 ――けれど、元々この遠征は雪野(おとこ)が来る予定だったのだから、きっとその代わりである葉隠桜も一人部屋に振り分けられるだろう。いや、そうに違いない。


 鶫はそう楽観的に思いながら、下から順に部屋割を確認していった。基本的には数人組の相部屋が主で、非戦闘員と魔法少女が組みになるように振り分けられているのだろう。


 そうして確認しているうちに、鶫はずっと気に掛かっていた千鳥の名前を見つけた。どうやら千鳥は鈴城と一緒の二人部屋のようだ。

 この部屋割を見て、鶫は心の中で首を傾げた。千鳥は転移管理部所属の人間だが、一応魔獣との戦闘経験があるので、同じ部署の同僚と纏まるならともかく、十華クラスの魔法少女と一緒の部屋にされるのには違和感があった。


 ……だが千鳥の場合は誘拐の前歴があるので、もしかしたらその辺も考慮されて強い魔法少女である鈴城と一緒の部屋にされているのかもしれない。


 ちなみに男の職員たちは魔法少女と一緒に泊まる訳にはいかないので、大人数が泊れる部屋で、念のため持ち回りで寝ずの番をするらしい。


 ……だが魔獣を倒す手伝いにわざわざ外国に来たというのに、どうしてこちらの方がそんなに警戒しないといけないのだろうか。

 もしかしたら、外国ではこれくらいの警戒は普通なのだろうか? 鎖国した国で育った鶫にはさっぱり分からなかった。


 そうして淡々と表を確認していた鶫だったが、自分の名前が書かれている欄を見て顔をひきつらせた。そして顔を青ざめさせながら遠野の服の袖を掴むと、鶫はか細い声で問いかけた。


「あ、あの、遠野さん。いいんですか、これ」


「あら、確かここはスイートの広い部屋でしょう? 何か問題があるの?」


「問題は部屋じゃなくて、同室者(・・・)の方なんですけどッ……!?」


 そう小声で叫びながら、鶫は部屋割の紙を指さした。

 そこには部屋番号と部屋の詳細説明の後に「遠野すみれ&葉隠桜」という文字が書かれていた。つまり、鶫の同室者は遠野ということになる。


 ……普通であれば「綺麗な女の人と一晩一緒に過ごせるなんてラッキー!」と思うかもしれないが、相手はこの遠野である。うっかり間違って手を出そうとすれば、一瞬で消し炭にされることだろう。

 とてもじゃないが、恐ろしくて一晩一緒になんて過ごせるわけがなかった。


 だが遠野は分かっているのかいないのが、きょとんとした顔をして小首を傾げて言った。


「ええ。つまり葉隠さんと一緒の部屋なんでしょう? そんなに騒ぐようなことがあるとは思えないけれど」


「……問題しか存在してませんよ。本気で言ってます?」


 鶫はそう言って苛立ち交じりに遠野を小突いたが、遠野は疑問符を浮かべながら首を傾げている。……本当に大丈夫なのかこの人は。


 そもそも若い女性――しかも巫女という特殊な立場にいる人間が、いくら魔法少女とはいえ男と一晩過ごすことに抵抗がないのがおかしいのだ。全くもって訳が分からない。


 鶫は胡乱気な目で遠野を見たが、遠野は静かに微笑むばかりで何も言おうとしない。

 何を考えているのか分からない遠野のことは一先ず置いておいて、鶫は部屋割を渡してきた職員の元へと向かった。


「あの、すみません。この部屋割なんですが、一人部屋になることは可能でしょうか?」


 鶫がそう問いかけると、職員の女性は申し訳なさそうな顔をして首を横に振った。


「申し訳ありません。急遽護衛の人員などを増やしたので、泊れる部屋が足りないのです。……いえ、正確に言うと部屋自体は空いているのですが、あまり泊るエリアがばらけてしまうと結界の効果が薄れてしまうので。それに葉隠さんの場合は遠野さんとお互いに護衛し合うことを前提としていますから、出来れば一緒に居て頂いた方がこちらも助かります」


「……そうですか」


 そう言われてしまうと、無理に断ることも出来ない。

 ……これは夜中にこっそり自分の部屋に帰るしかなさそうだな、と思いながら鶫は小さく溜め息を吐いた。


「お話は終わったかしら?」


 そう言って、遠野はにこやかに笑いながら鶫の顔を覗き込んだ。


「……まあ、一応は」


「その様子だと一人部屋は用意できなかったみたいね。――いいじゃない別に。私たちはお友達なんだから」


 夜中に秘密のお話するのも楽しみね、などと言いながら遠野は楽し気に夜の予定を語っている。鶫はそんな遠野の様子を見て、大きな溜め息を吐いた。


「友達っていうのは、別に万能の免罪符ではないんですけど?」


 鶫は肩を落しながら、負け惜しみのようにそう言い返した。

 ――夜になるのが、今から不安だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] お友達なら仕方ないですね これは仕方ない ところでどっちがペットなんです?
[一言] 鶫、がんば
[一言] 遠野にしてみれば本心から何か問題が?とか思ってそうですね 現実的にお互い小隊知ってるわけですし、問題なんか起こり得ないわけですが
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