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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
六章
148/202

141.迷探偵な君

 緋衣に言われたことが受け止めきれず、鶫は一瞬だけ言葉に詰まった。だがすぐに我に返り、取り繕うように否定の声を上げた。


「……何を言ってるんですか。俺が葉隠桜だって? そんなバカみたいなこと有るはずないでしょう、いくら俺に魔法少女の適性があるからって、変な冗談はやめて下さいよ」


 そう言いながらも、心の中で生まれた動揺は隠しきれない。

――一体何処でバレた? そう思い歯がみするも、まったく思い浮かばない。

 そもそも鶫と緋衣との接点はほとんどなく、直接顔を合わせるのだって今回が二回目だ。葉隠桜の正体がバレる様な話だってしていない。それなのに何故?


「冗談を言ったつもりはない。僕は本気だ」


「だからっ、何の根拠があってそんな――」


遠野すみれ(・・・・・)にも確認を取った、と言えば分かりやすいか? ああ、安心してくれ。別に彼女が君のことを吹聴しているわけじゃないさ」


 そう言って緋衣は緩やかな笑みを浮かべた。だがその目は真っすぐに鶫のことを見ており、ブラフをかけているようには見えない。


 今にして考えてみれば、最初から疑いを持たれていた節はある。前に顔を合わせた時、緋衣は男の魔法少女の話を鶫に振ってきた。その時は男の適正持ちについての話だと油断していたが、恐らくはその時から鶫の反応を観察していたのだろう。……なんて性格の悪い男なんだろうか。


 だがあの(・・)遠野に確認を取っているということは、それはもう確実に裏が取れているということだ。これ以上下手に誤魔化したところで何の意味もない。鶫は大きなため息を吐きながら、緋衣を胡乱気な目で見た。


「それで、俺が葉隠桜だとしたら緋衣さんは俺をどうするつもりなんですか。まさか大火災の件の引継ぎの為だけにこんなことを言い出したとは言いませんよね?」


 だとすれば、あまりにも短絡的な行動だ。いくら葉隠桜の正体に気付いていたとしても、こうして顔を合わせて暴露する必要はなかったはずだ。遠野と知り合いならば、彼女を経由してそれとなく仕事を振ることだってできただろうに。


……そんなことをするつもりはないが、鶫が逆上して実力行使に出るとは考えなかったのだろうか。すごく頭の良い研究者のはずなのに、あまりにも突発的で杜撰な行動に思える。


 緋衣に対する不信感に鶫が警戒を強めていると、緋衣は面倒くさそうにため息を吐いた。


「……君は意外と頑固な性格をしているな。はっきり言って、僕はこれ以上意味ない問答や駆け引きをするつもりはない。時間の無駄だからな」


 緋衣はそう言って肩を竦めた。どうやら、いくら鶫が往生際悪く否定しようともこのまま鶫=葉隠桜を前提として話を進めるらしい。

――なら、これ以上意地を張っても無駄か。遠野と緋衣が繋がっている時点で、こちらの主張に勝ち目はない。


 鶫は諦めた様にため息を吐くと、静かに椅子に座り直した。何はともあれ、緋衣が何を考えているのかを知らなければ話が進まない。


「じゃあ、取りあえずそういう事にしておいていいです。でも、この後の話によってはそれなりの対応を取らせて貰いますけど」


 鶫が不貞腐れた様にそう言うと、緋衣は淡々と話しだした。


「別に心配する必要は無いさ。僕はこの件で君を脅したり害するつもりは全くない。まあ君のデータは確かに興味深いが、僕は身近に男の魔法少女のサンプルがいるからな。そこまで君の優先度は高くないんだ」


「身近な前例……?」


「ああ。君は誰かに聞いたことはないか? ――政府の中にもう一人、男の魔法少女がいると」


 緋衣にそう言われ、鶫は以前フードコートで遠野が話していたことを思い出した。


――そういえば、遠野も似たようなことを話していたはずだ。あの時は詳しい話を聞けずに流されてしまったが、確かに鶫以外にも男の魔法少女がいると言っていた。もしかしたら、上層部ではそこそこ有名な話なのかもしれない。


「一度だけそんな話を聞いた記憶があります。誰だかは知りませんけど」


「そうか、なら話は早いな。今回君を呼び出したのは大火災の引継ぎの件もあるが、本命はその魔法少女の話なんだ。――君もよく知っている人間だよ」


「……よく知っている? 俺が?」


 緋衣の言葉に鶫は首を捻った。緋衣はその男の魔法少女が鶫も知っている人間だと言ったが、全く見当がつかない。


 そもそも鶫――葉隠桜はあまり政府の魔法少女とはそんなに仲良くないのだ。むしろ少し遠巻きされている節がある。まともに話しかけてくれるのは、十華の面々と対策室のメンバーくらいだ。


 そんな交友関係の狭い鶫が知っている人物。あえて推測するとすれば、プロフィールが明らかにされていない人物が一番可能性が高いだろう。


 そこまで考えて、鶫はハッと顔を上げた。政府の魔法少女の中で素性がはっきりしておらず、なおかつ緋衣と親交がある者。その両方に当てはまる人物を、鶫は一人だけ知っていた。


 雪野雫(ゆきのしずく)――鶫と同じ十華の魔法少女であり、緋衣の妹である少女。よくよく考えてみれば雪野はどことなくボーイッシュな雰囲気だし、口調もあまり女の子らしくはない。


「――なるほど、そういうことですか」


 そう言って、鶫は納得した顔で頷いた。雪野に関わる話ならば、こうして兄である緋衣が口を出してきてもそこまでおかしくはない。


「ふうん? 何か分かったのか」


 鶫の言葉に、緋衣は少し驚いたように目を開くと小さく笑って続きを促した。


「はい。貴方の妹である十華の雪野さんは――実は妹ではなく弟だったんですね。いやあ、全く気が付かなかったです。すごいですね、普通に可愛い女の子にしか見えなかったですよ」


「…………うん?」


 鶫の答えを黙って聞いていた緋衣は、頬杖をつきながら首を傾げた。まるで「どうしてそうなったんだ?」と言いたげな顔をしている。そして暫く困ったように考え込むと、言葉を濁すように話し始めた。


「あー、その、何て言えばいいのか。――君、鋭いように見えて結構鈍いんだな」


「えっ、違うんですか!?」


 鶫としてはかなり核心を突いた答えの筈だったのだが、どうやら違うらしい。ならば、その男の魔法少女とやらは一体誰なのだろうか。雪野じゃないならあとは吾妻くらいしかいないのだが、どうにも彼女がそうだとは思えない。


 すると緋衣は「どうしてそこまで分かっているのに外すんだ。これが先入観による誤認の効果なのか?」とぶつくさ言いながらそっと自分の白衣の袖を捲った。そして左手首の少し上を触れる様に指でなぞると、大きな溜め息を吐き出した。


「まあ、ここまで来たら僕だけ黙っているのはフェアじゃないな。それに本題(・・)のこともある。今の段階で見てもらった方が無難か」


 緋衣は独り言のようにそう呟くと、椅子から立ち上がって鶫に背を向けた。


「前に話した話を覚えているか? 今まで存在した男の魔法少女には必ず、生まれてこれなかった双子の妹の残滓が残っているということを」


「えっと、一応覚えてます。その残滓の影響で、適性が現れるんですよね」


「正解だ。そしてその双子の殆どは二卵性――つまりその残った方の男が変身したとしても、顔や体型は妹側の要素に寄ってしまい、男の方の面影はほとんど無くなるケースの方が圧倒的に多い。一卵性のようにそっくりになる君とは違ってね」


 そんな緋衣の突拍子のない言葉に鶫が「それと今回の話の何の関係が?」と返したその瞬間、机を挟んだ反対側にいる緋衣の姿が崩れた(・・・)


 ずるりと崩れ落ちる様に緋衣の体が小さくなり、その髪の毛が真っ白に染まっていく。そうして数秒もしない内に、その変形は止まった。

 華奢な矮躯に、白い髪。それが誰だかは、後ろ姿だけでもすぐに分かった。だってそれは――あまりにも見慣れた人物だったから。


 鶫ははくはくと大きく口を開きながら、呆然とした声で呟くように言った。


「ゆ、雪野、さん? 緋衣さんが? 本当に?」


「ああそうだとも。――どうだ、驚いたか? 僕こそが、君の唯一の同類だ」


 大きな白衣を引きずって振り返った緋衣――いや、雪野雫は悪戯が成功したような子供みたいに笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 弱みを握るかと思いきやフェアにきましたね。 色々できたはずなのに。 鶫君は……まあ往生際悪くないとこれまで生き残ってはこれませんでしたから。 >実は妹ではなく弟だったんですね。 これはこ…
[良い点] かわよかわよ…TS男子の邂逅ほど尊いものは無い…
[一言] まあ、雫はロリに見えるし、しかたないかも?
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