138.ありがたいお説教
病院を後にし、政府への報告を一晩通して行った鶫は、別荘にいる友人に後で荷物を引き取る旨を電話し、その足で地下の謹慎部屋にいるベルの下へと向かった。
日を跨いで起きていたせいか、どうにも眠い。疲れている上での徹夜だったのだから、ある意味当然かもしれないが。
……やっぱり怒られるんだろうな。分かってはいるけど、やっぱり気が重い。
そんなことを考えながら、地下の管理者に話を通しベルのいる謹慎部屋に向かう。この先は完全個室のようになっているので、話し方などは気を付けなくても大丈夫だろう。
小さく息を吐きだし、扉に手をかける。鶫が覚悟決めて中に入ると、大きな椅子に腰かけたベルが口を開いた。
「――昨日は随分と上が騒がしかったみたいだな」
「ああ、うん、突発的なイレギュラーがあってさ。俺もその手伝いをちょっとしてたんだけど……」
鶫が躊躇いながらそう告げると、ベルはずいっと顔を近づけ獰猛な笑みを浮かべて言った。
「そうか。そんな事よりも貴様に纏わりつくその不愉快な契約について話してもらおうか。なあ、我が契約者殿?」
そう言って、ベルは鶫の頬を抓り上げた。……どう考えても怒っていらっしゃる。
「いっ、痛っ、爪が刺さってるって!」
「ほう? こんな些細な爪痕よりもその腕の怪我の方が大きいようだが?」
「分かったって、ちゃんと話すから……!」
ベルに手を放してもらった鶫が、頬を擦りながら今日起こったことについて話すと、予想していた通りベルはさらに激怒した。
「はぁ? 貴様それを本気で言っているのか!? 女神だか何だか知らないが、ふざけるのも大概にしろ!!」
……まあその怒りは当然である。自分が目を離している隙に、よその女神が勝手に自分の所有物に唾を付けたのだ。まともな神経をしているならば怒らない方がおかしい。
それに今回の件に関しては鶫にも非があった。いくら死ぬ気がないとはいえ、ベルが居ない所で勝手に別の神様と契約をするのはベルだっていい気はしないだろう。そんな負い目もあり、鶫はベルの小言を床に正座しながら神妙な顔をして受け入れた。
「――まったく、貴様は本当に何を言っても学習せんな。そもそも我以外の神になんぞ頭を垂れる必要などないというのに」
散々不満を吐きだしたベルはそう言って大きなため息を吐くと、尻尾を伸ばして鶫の顔をべちべちと叩いた。地味に痛い。
「……あの場で勝手に契約したのは、たしかに軽率だったと思う。本当にごめん」
「ふん、口では何とでも言えるがな。――フレイヤか、名前は覚えたぞ」
ベルは忌々し気に女神の名を口にすると、大きな舌打ちをした。……この様子だと、謹慎が解けたらすぐにでもフレイヤに会いに行きそうだ。また謹慎になると困るな、と思いながら鶫は小さく肩を落した。
「よくもそんなに面倒事を抱え込むものだな。薄々気づいてはいたが、貴様は馬鹿なのか?」
そうベルは呆れたように言った。
「俺だって別に望んでこうなってるわけじゃないんだけど……」
実の姉である梔尸沙昏の罪。千鳥との関係。度重なるイレギュラーへの対応と、今回の魔花にフレイヤの一件。どれも避けようがなかったのは事実だが、一人の人間に圧し掛かるには重すぎる問題だった。
「何はともあれ、我がここから出るまで軽率な行動はとらないことだ。――きな臭い気配も感じるしな」
「ベル様もそう思う? 俺も今回のイレギュラーは正直変だったと思ってる。何ていうか、いつも以上に誰かの意志を感じたんだ。まるで――何らかの筋書きをなぞっているような、そんな感じがする」
――そもそも、あの時柩たちと出会ったのは本当に偶然だったのだろうか。
飛び出した海で偶然柩たちに出会い、魔花の襲撃を受け、その魔花の対処には転移の能力が必須となる。確率から考えると、あまりにも出来過ぎな気もする。
普通に考えれば、今回の件で一番怪しい存在――フレイヤの関与が疑われるが、そもそも鶫にはあの女神にちょっかいを掛けられる理由がない。
するとあの日海に行くことを促した者、つまりシロが自分を事件の災禍に放り込んだことになるが――そう考えて、鶫は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、流石にそれは考えすぎか。……取りあえず今日はもう帰るよ。今度何か持ってきてほしいものとかある?」
「適当に何か食べ物を持ってこい。量が多ければ何でもいい」
「了解。じゃ、またねベル様」
そう挨拶をして、鶫は地下を出た。地上に戻りさあ家に帰ろうかと思ったその時、鶫はハッとした様に自分の格好を見下ろした。
「……着替えどうしようかな。千鳥が家に居ないといいんだけど」
はあ、とため息を吐きながらスカートの端をつまむ。……これって洗って返せばいいのかな。
「今回はあんな姿を人に見られるし、本当にツイてないよな。あとでシロに文句を言ってやらないと」
いくらパーカーを羽織っていたとはいえ、水着には変わりがない。まあ写真とかを取られなかっただけマシな方か、と思いながら鶫は歩き出した。
――そんな風に考えていた鶫だったが、暫く時間が経った後に顔見知りの職員にとんでもないお願いをされるとは今の鶫には知る由もなかった。
◆ ◆ ◆
魔花の襲撃から一週間後、とあるスレにて。
【十華】葉隠桜専用スレ【十位】
1:名無しの国民
ここはA級魔法少女葉隠桜の総合スレッドです
雑談・考察等々ご自由にどうぞ
・他の魔法少女の話題は専スレへ
・荒し禁止/スレチ禁止
~~~
44:名無しの国民
それにしても今回の事件は恐ろしかったな。探知システムをすり抜けるとかマジでふざけんなよ……
45:名無しの国民
最近のイレギュラーって人間に対する殺意が高すぎない???
46:名無しの国民
しかもあの花ってランクで言うとEより下のF級レベルらしいぞ。みんなランクの高い魔法少女しか見てないからちょっとマヒしてるけど、普通の人間って武器が無いとその程度の魔獣にも勝てないんだよな
47:名無しの国民
やっぱ魔法少女ってすげぇわ
48:名無しの国民
俺さぁ、今までE級の魔獣くらいでいちいち避難するのめんどくせーって思ってたけど心入れ替えるわ。まだ死にたくないし
49:名無しの国民
でもあんなに大勢の人間が死ぬ事件は久しぶりだな。みんなここぞとばかりに政府の対応を叩いてて笑える
50:名無しの国民
>>49
何も笑えねえよカス。人が死んでんだぞ
51:名無しの国民
でも政府もさぁ、もう少しどうにかできたんじゃねーの。どう考えても対応遅すぎだろ。俺らの税金で給料もらってるんだからしっかり働けよ
52:名無しの国民
死人にを抜きにすると半日で解決したんだからマシな方では?
原因もはっきりしてない大火災に比べたら今回は真っ当に仕事した方だろ
53:名無しの国民
身内の擁護みたいであんまり言いたくないんだけど、政府勤めの俺の兄貴は今回の案件のせいでメンタル病んでた
着替え持ってった時にちょっと話したら、忙しすぎて仮眠すらあんまり取れないって泣いてたわ
54:名無しの国民
労働環境もブラックとか(笑)
さすが黒い噂が絶えないだけあるな
55:名無しの国民
あいつ等もある意味魔法少女と同じように命懸けてんだな……
56:名無しの国民
政府への愚痴はスレチだから別のとこでやって。ここは葉隠さんの可愛らしさを語るスレだから
57:名無しの国民
は? 葉隠さんは可愛いんじゃなくて美しいんだよ訂正しろボケが
58:名無しの国民
沸点低すぎ。脳にカロリーが足りてないのか? 葉隠さんを見習えよ
59:名無しの国民
>>58
葉隠さんを見習った結果、体重が倍に増えた人もいるので言葉には気を付けてください
ちなみに僕は20キロ太りました
60:名無しの国民
俺は13キロ
61:名無しの国民
ここでは豚の品評会でもしてんのか?
62:名無しの国民
葉隠さんいつも美味しそうに食べるからなぁ
過去の大食い動画とか見るとついつられて間食しちゃうから……
63:名無しの国民
>>61
流石に草。めっちゃ辛辣じゃん
64:名無しの国民
そういえば今回の事件でも葉隠さんの目撃例がちらほらあったな。ほら、タイトなスカート履いて塀を飛び越えてるやつとか
65:名無しの国民
前スレでも話題になってたけど、動きが派手すぎてパンツ見えてたって本当?
66:名無しの国民
ぶれぶれの写真しか残ってないけど、黒だったことは確認できてる。俺としては生足を惜しみなく出してた方が衝撃的だったけど
67:名無しの国民
>>66
葉隠さんいつも肌出さないもんな
68:名無しの国民
葉隠さんの名誉のために言うけど、たぶんそれパンツじゃなくて水着
政府勤めの兄貴が言うには、事件が起こったときに水着姿で手伝いに駆けつけてくれたらしい。ちなワイシャツとスカートは政府からの支給品
69:名無しの国民
マジで!? なんでお前の兄貴はその写真を撮らなかったんだよ!!
70:名無しの国民
いや、あの緊急時にそんなことしてたら首になるだろ
71:名無しの国民
正論で草。確かにそうだわ
72:名無しの国民
>>68
手伝いってことは自分から来てくれたってこと?
滅茶苦茶いい人じゃん
73:名無しの国民
ラドン戦の頃から思ってたけど、こっちがびっくりするくらい善人だよな
どうやったらあんな完璧な人格に育つの? うちの生意気な妹に見習わせたい
74:名無しの国民
>>73
まずは妹の脳に高カロリーのチョコレートをぶち込んでだな
75:名無しの国民
>>74
その流れはもういい
事件が落ち着いた頃、監視カメラの映像を抽出した葉隠桜の写真の存在が発覚した。そしてスレ民の一人である職員が土下座をしてしぶる葉隠桜に許可を取り、その写真がスレにアップされ祭り状態になることになる。
※たぶん葉隠さんは、職員の鬼気迫る勢いと土下座に折れた。ただただ可哀想。