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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
一章
14/202

14.とある動画

――時は十二月。鶫が魔法少女になってから、三か月ほどの月日が流れた。


「E級が十五体。D級が六体。これ(・・)でC級が一体。――駆け出しの魔法少女としては上出来な結果じゃないか?」


 戦闘終了後の『暴食』の光景を見つめながら、鶫はベルにそう言った。

 数だけで言えば二年分のノルマは達成している計算だ。糸の使い方も随分と上手くなってきたし、三か月目の新米としては中々の働きぶりだろう。

 だが、ベルは憮然とした顔で首を横に振った。


「いいや、戦闘経験としてはまだまだだな」


「そうなの?」


「ああ、野良の我らには関係ないが、政府の連中は戦闘用のシミュレーターを用意しているからな。条件さえ整えばいつだって戦闘訓練ができる。そいつらに比べれば、この程度はひよっこの域だろうな」


「シミュレーター……」


 そんな便利なものが存在しているなんて、今まで知らなかった。だが、ベルが話さなかったということは、それはきっと鶫には使えない代物なんだろう。


「それはやっぱり、政府に所属しないと使えないのかな?」


「当たり前だ。首輪付には、その不自由さを補うだけの特権が用意されている。報奨金の例もそうだしな。――そうでもしなければ、人が集まらないだろう」


 鶫はその言葉に頷いた。

 それは確かに一理ある。いくら『魔法少女』が女子がなりたい職業No.1とはいえ、政府所属の魔法少女は自衛隊並みに個人の自由が少ないのだ。在野で気楽にやりたいと思う人が出てきても不思議ではない。


「貴様に関していえば、シミュレーターのような虚構よりも、現実で研鑽を積んだ方が良かろうよ。スキルのこともあるしな」


 そう言って、ベルはC級の魔獣を喰らっている獣の口を見た。確かにあれはシミュレーターでは再現できないだろう。仮想現実では腹は満たせないのだ。


――よくよく考えてみれば、この三か月で自身の操れる力の総量がかなり増えた気がする。スキルの継続時間も伸びたし、何よりも体が動かしやすく感覚が鋭敏になった。広範囲に伸ばした糸も、まるで手足を動かすように扱える。

 ベル曰く、「器の大きさと強度が増した」とのことだが、具体的にどうなっているのかはさっぱり分からない。


「まあ、実践の方が緊張感があっていいかもね。――でも流石にC級にもなると、硬いしデカいし、動きが速かったなぁ。毒針みたいなもの飛ばしてくるし」


 そう言って、鶫は喰われてほとんど残りカスのようになったC級の魔獣、通称『マンティコア』を見つめた。


 元の体長はおよそ十五メートル程で、大型のバスよりも大きかった。虎のような体躯で、体の色は赤く、尾にはサソリのような尻尾が付いている。ただ、顔が人間のものに酷似しているのでジッと見ていると少し気持ち悪い、そんな生物だ。


 だが、この『マンティコア』という生物が本当に実在していたかというと、そうではないらしい。説によるとマンティコアという存在は、ベンガルトラの恐ろしげなイメージが、異形の怪物に変化したものとの見方が有力だ。


 魔獣とは、あくまでも『人が恐ろしいと思うモノ』に変化する概念(・・)である。そこに実在、非実在は関係がない。

 確認された例では、創作物のクトゥルフ神話に出てくるショゴスやシャンタク鳥なども魔獣として現れる時があるそうだ。


 B級、そしてA級の魔獣にもなると神話級の固有名持ち(ネームド)の投影が出てくるため、C級と同じような気持ちで挑むと、簡単に返り討ちにされてしまう。

 知名度補正、とでもいうのだろうか。神話に出てくる怪物が強いことは誰だって知っている。だからその存在を核としてイメージされた魔獣も、もちろん強い。


 今の鶫――『葉隠桜』にはまだ知名度の低いC級が手一杯であり、上の等級に挑むにはもっと努力を重ねなくてはならない。


 最終的にはA級に挑むことも考えてはいるが、そこまでいくと鶫たちの目立たないというスタンスは崩される。

 だがベルが言うには、A級を討伐できるクラスの実力者になれば、素性がばれても政府からうるさく言われることはほとんどなくなるらしい。先は長いだろうが、やれることをやるしかない。


「あ、食べ終わったかな。――そろそろ戻ろうか」


「ああ」


 そうして、鶫――『魔法少女:葉隠桜』は順調に力を付けていた。





◆ ◆ ◆





「よお、七瀬。ちょっとこれを見てくれよ」


「……何だよ秋山。肩を組むなよ鬱陶しい」


 教室に入ると、秋山に後ろから抱き込まれるように肩を組まれた。男にそんなことをされても正直嬉しくない。


 雑にその手を振り払いつつ、鶫は秋山の方を向いた。


「で、何を見ろって?」


「ほらこれだよ。きっと、お前驚くぞ」


 秋山はにやにやと笑いながら、すっと鶫の前に携帯を差し出した。なにやら画面に動画が表示されている。

 鶫は携帯を受け取り、再生のボタンを押した。


【いま旬の魔法少女特集!】

 そう銘打った動画には、とある魔法少女(・・・・・・・)が映っていた。その少女はビル街を縦横無尽に駆けまわり、巨大な魔獣を何らかの武器を用いて寸断している。

 そして魔獣が倒れると、画面の下に大きく名前のテロップが出てきた。


「……葉隠、さくら?」


「そうそう! この魔法少女ってさ、――七瀬にそっくりじゃね?」


 一瞬、呼吸が止まった。


――ついにこの時が来てしまった。覚悟はしていたが、こんなに早いとは思っていなかった。


 ちらり、と秋山の顔を窺う。その表情は何かを疑うものではなく、面白いことを共有したいと考えている子供のような無邪気さがあった。


――なら、プランDの方向でいこう。鶫は心の中でそう決心した。少し心は痛むが、それくらいは仕方ないだろう。


「確かに、似てるな……」


「そうだろ? 俺も昨日見つけてびっくりしてさぁ。これはもう、お前に見せなくちゃって思って」


 そう言って楽しげに笑う秋山に対し、鶫はぐっと唇を噛みしめ、わざと悲しそうな表情をした。


「あの、俺さぁ、知らない間に秋山に何かしちゃったのかな。もしそうなら謝るけど……」


 鶫は一歩秋山から距離をとり、そう弱弱しげに告げた。その姿は、傍から見れば傷ついた少年のようにも見える。

 そんな鶫を、秋山は訳が分からないといった顔で見つめた。


「は? 何が?」


「いや、だってさ。これよくできてるけど、コラージュだろ? 顔つきも女寄りに修正されてるけど、何も嫌がらせにここまでしなくたっていいと思うけど」


「そんな高度なこと俺ができるわけないだろうが! ただ単に似てるだけだって!」


「それこそあり得なくないか? 俺と双子レベルにそっくりだぞ、この女」


 そんな鶫と秋山のやり取りを見ていたクラスメイト達が、何事かとこちらに寄ってくる。

 その内の一人が鶫から携帯をひったくると、その動画と鶫の顔を見比べてけらけらと笑い出した。


「あはは! 何これ、本当につぐみんにそっくりじゃん! 俺今日からこの子を推しにするわ」


「いいねー。俺、他の情報も調べるよ。この子、葉隠桜って名前でいいのか?」


「本気かよお前ら……。そして俺をつぐみんと呼ぶのはやめろ」


 色んな意味で寒気がした。鶫は騒ぐクラスメイト達から三歩ほど距離を取ると、ぶるりと両手で自分の体を抱きしめた。思った以上にみんなが『葉隠桜』に好意的で少し怖い。


――だが多少想定外の出来事は起こったが、おおむね予想の範囲内だ。


 プランDとはつまり、『完全に知らないふりをして、お茶を濁す』ということである。このクラスメイト達が相手であれば、似ているからネタにする、くらいの対応で済ますことができると考えたのだ。これは別に彼らを馬鹿にしているとかそういうことではなく、ただ単に彼らの性格を把握した結果である。


 今だって、各々動画をみて鶫と比較してからかうぐらいで、鶫と『葉隠桜』の関係を結び付けて見ている者はいない。そう、――このまま事態は沈静化するはずだった(・・・)のだ。


「――なあに、この馬鹿みたいな騒ぎは。あんまり鶫ちゃんを困らせないでよね」


 教室に入ってきた人物の言葉で、クラスの連中が静まり返った。このクラスでこんなにも影響力がある奴は、たった一人しかいない。


 鶫はぐっと自分の手を握りしめた。


行貴(・・)……」


「おはよう、鶫ちゃん。――で、何の話をしてたの?」



――一番どう動くのか分からない奴がきてしまった。




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