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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
五章
131/202

125.非対称の鏡

――遠野が言う『知り合い』とは、はたしてどちら(・・・)を意味するのだろうか。誘拐事件の時に偶然顔を合わせた七瀬鶫と、魔法少女の葉隠桜。どちらだとしても、性質が悪い。


――遠野すみれは、葉隠桜の正体が七瀬鶫だと知っている。

 恐らく、魔法少女として活動している鶫の存在に気付いた八咫烏が彼女に話したのだろう。だが、なぜこんなところで遠野が接触してきたのかは分からないが、ここで葉隠桜の話をされるのはまずい。


 ここは人目につく上に、暫くすれば鶫の友人たちがやってくる。もしそこで友人たちと遠野が顔を合わせでもしたら、大変なことになるのが目に見えていた。


……今まで隠してきたことが、全て台無しになるかもしれない。そんな不安を押し殺しながら、鶫は冷静な表情を取り繕って口を開いた。


「……何が目的なんですか」


「さっきも言ったじゃない。偶然見かけたから声を掛けただけよ。ふふ、でもこんな出会いがあるなんて、八咫烏の目を盗んで外に出た甲斐があったわ。――葉隠さん(・・・・)もそう思うでしょう?」


 そう言って上品そうに笑う遠野に対し、鶫は焦った声を上げた。


「ッ、ここでその名前を出すのは……!」


「あら、心配しなくても大丈夫よ? 私だってちゃんと考えているもの。外に出た時からずっと認識阻害の術を使っているから、私が何をしていても、何を話していても誰も気にすることはない。いわゆる透明人間みたいなものね。今は貴方のことも効果範囲に含んでいるから、大声を出さなければ誰にも気づかれないわ」


 諭すようにそう言われた鶫は、ちらりと周りを見渡し、バツが悪そうな顔をして小さな声で遠野に問いかけた。


「遠野さんは、俺のことをどれくらい知ってるんですか」


「そうねぇ。大火災の件と、貴方の生い立ち、そしてこの一年の活動についてとかかしら?」


「……なるほど。ほぼ全部ということですか」


 この分だと、随分前から目を付けられていたのかもしれない。鶫は正体を隠しているつもりだったのに、その実彼女たちの掌の上にいたという事になる。そう考えると、何とも言えない気分になった。


 どうして彼らがわざわざあんな面倒な真似をして、鶫の記憶を取り戻させたのかは分からないが、何となくそれは聞いても答えてくれない気がした。一線を引かれている――というよりも、これ以上は踏み込んではいけない、そんな圧を感じるのだ。


 けれど、彼らが鶫を問題視するのはある意味当然のことだ。それについては仕方がないと思っている。出自しかり、性別しかり、鶫が抱えている問題は重すぎるからだ。


……だがこんな風に訳も分からず彼らの行動に振り回されるのは、無駄に精神が疲弊する。何か要求があるならさっさと伝えてほしい、というのが鶫の本音だった。


 そんなことを考えていると、遠野は笑って言った。


「そんなに心配しなくても、貴方が大きな問題でも起こさない限り私たちは何もしないわ。――でも、良かったじゃない。家族の記憶が戻ったんでしょう?」


「……は?」


――どの口が。そう心の中で吐き捨てるように思いながら、鶫は両手を強く握りしめた。

 千鳥と炎――トラウマを刺激することによって強制的に記憶を呼び戻させたくせに、何が良かったというのだろうか。皮肉にも程がある。


 そんな剣呑な空気を感じ取ったのか、遠野は軽く苦笑しながら続けた。


「八咫烏は貴方から強制的に記憶を奪うことによって、罰を与えた。つまり記憶の回復は、貴方にとって罰の終わりでもある。少なくとも、八咫烏はこれ以上貴方を責めたりはしないわ。それだけは断言してあげる。だから私も、貴方が魔法少女として天照様に貢献している間は対等な仲間として接するつもりよ」


 その遠野の言葉に、鶫は大きく目を見開いた。

 鶫はずっと、記憶を戻されたこと自体が罰の一環だと考えていた。八咫烏の真意を探りながらも、鶫が苦しむことを望んでいるのだとばかり思っていたのだ。

 まあ、この意見はあくまでも遠野からみた意見なので断言はできないが、八咫烏と一番近い位置にいる彼女がそういうのだから、そこまで間違っていないのかもしれない。


「いいんですか、そんな軽くて。あと今さらですけど、男が魔法少女をやってるのは問題じゃないんですか?」


「大丈夫よ。貴方みたいな子は他にもいるから」


「えっ、他にもいるんですか!?」


 遠野はさらりとそう言って、鶫の反応を無視して話を続けた。……もっとその話を聞きたい気もしたが、今回は我慢した方がいいかもしれない。


「それに貴方にこれ以上ちょっかいを出すと、また貴方の契約神に怒鳴り込まれそうだから。あの後もみ消すのちょっと大変だったのよ?」


「……その節はご迷惑をお掛けしました」


 鶫は何とも言えない表情を浮かべながら、小さく頭を下げた。


――千鳥の誘拐事件のイザコザがあった後、ベルは鶫に対しては寛大な対応を取っていたが、やはり別の神が自分の契約者にちょっかいを出したことは許せなかったようで、その足で政府――八咫烏の元へと抗議に行ったのだ。


 その結果、頭に血が上ったベルが力を使おうとし、最終的にベルに一か月の謹慎が言い渡されたのだ。……まあ、八咫烏に喧嘩を売って退去を命じられなかっただけマシである。


 現在ベルは政府地下にある反省部屋に封じられており、そこから一切移動できない状況だ。契約者である鶫は面会を許されているが、ベルは日に日に不機嫌になっていくので、機嫌を取るのも一苦労である。


「そもそも私は、八咫烏から貴方にはあまり関わらない様に言われてるのよね。勝手に一人で出かけた上に、こんな所で貴方に会ってるのを知られたら怒られてしまうわ」


「そうなんですか?」


「そう。理由は貴方にも何となく分るでしょう?」


 遠野にそう問いかけられ、鶫は考え込むように目を伏せた。……心当たりが多すぎたのだ。大火災のこと、自分の出自、姉の所業、そして鶫の性別が男であるということ。そのどれもが、政府のイメージガールである稀代の巫女には受け入れがたいのだろう。八咫烏が鶫と関わらない様に言うのも当然なのかもしれない。


 そして鶫は、ぼんやりとした面持ちで机の上のハンバーガー達を見つめた。ポテトの殆どはもう冷めてしまっており、食べられなくはないが不味くなっているのは確かだ。ハンバーガーも、これ以上置くと冷えてしまって美味しくないだろう。


……遠野と会ってから胃がキリキリと痛んで仕方がなかったが、緊張のせいなのか空腹のせいなのかもうよく分からない。


 そんなことを考えながら鶫が大きくため息を吐くと、遠野は興味深そうに鶫の手元をじっと見つめながら口を開いた。


「ねえ、それってもしかしてハンバーガー?」


「え? ああ、そうですけど、それがどうかしました?」


 いきなりの問いに鶫が困惑しながらそう答えると、遠野は恥じらう様に頬を染めながら言った。


「私、いつもは御付きの人に止められてしまうから、そういった物をあまり見たことがないの。だから少し気になってしまって……。ごめんなさい、鬱陶しかったわよね」


「いや、別に構いませんけど。やっぱり神職とかだと、こういうジャンクフードって禁止されてるんですか?」


「できるだけ食べない様に、と他の巫女には言われているわ。……でも、前に雪野さんにこの話をしたらナンセンスだと鼻で笑われたの。現代においては大して意味のない戒律だって。八咫烏も食事くらいは好きにしてもいいと言ってくれているけど、人の目があるとどうしても遠慮してしまうし……」


 そう言って、遠野はしゅんとした様に目を伏せた。

……一般人の鶫にはよく分からないが、神職につく遠野には、鶫が思っている以上に制限が多いのかもしれない。そう思い、鶫は何となしに提案を口にした。


「ふうん。別に問題ないなら、一つ食べてみますか? 少し冷めちゃってますけど」


「え?」


 きょとん、と驚いたように顔を上げた遠野の前に、袋に入っていたハンバーガーを一つ差し出した。


「でも、その、本当に良いのかしら」


「契約神が駄目って言ってないなら大丈夫でしょ。まあ、嫌なら別にいいですけど」


 鶫はそう告げると、自分の分の包みを開けてハンバーガーにかぶりついた。相変わらず大味でチープな味だが、それなりに美味しい。


 そして遠野は鶫と包みを見て、珍しくオロオロと視線を彷徨わせると、やがて決意をしたかのようにそっと包みへと手を伸ばした。そして恐る恐る包装を開き、ゆっくりと口を近づける。


「……なんだか、不思議な味がするわね」


「まあ、化学調味料がたっぷり入ってますから。――不味かったですか?」


 鶫がそう聞くと、遠野はくすりと――まるで子供の様に笑いながら「思っていたより美味しくないわ」と言った。そうして一口ごとに文句を言いながら、一つの包みをぺろりと完食してみせた。……言葉に反して、意外と気に入ったのかもしれない。


 そうしてさっきまで殺伐としていたとは思えない、よく分からない和やかさの中で冷めたポテトを二人で突いていると、遠くから鶫を呼ぶ声が聞こえて来た。


「あら、お友達が迎えに来たみたいね」


「じゃあ、俺はそろそろ行きます。……あの、本当に俺に用事があった訳じゃないんですよね」


――結局、遠野は大した話をしなかった。要求も無ければ、特に忠告があるわけでもない。……鶫は最初から疑ってかかっていたが、これは本当に偶然会って話しかけただけなのかもしれない。


 鶫が確認する様にそう問いかけると、遠野は綺麗な笑みで頷いてみせた。


 その様子に安心しながら鶫は小さく頭を下げると、「疑ってすみませんでした」と言ってその場から去った。そしてその足で辺りを見渡している友人たちに近づき、声を掛けた。


「あっ、七瀬何処にいたんだよ。探したんだぞ」


「ごめんって。ちょっとトイレに行ってた。目当ての物は買えたのか?」


 すると友人の一人が戦利品のように紙袋を頭の上に掲げながら、ケラケラと笑いながら大きな声で言った。


「おう! カラオケの個室で皆でファッションショーしてやるよ!」


「いや、野郎の生着替えなんて見たくもねえよ……」


――金を払ってでも勘弁してほしい。そう言いたげな鶫の嫌そうな顔をみて、友人たちは楽しそうに笑った。そうしてからかい交じりで騒ぎつつ、鶫たちはフードコートを後にした。






◆ ◆ ◆






「――いいなぁ(・・・・)


 テーブルに一人残された遠野は、楽しそうに歩く少年たちの背を見つめながら、小さくそう呟いた。


「同じような生まれなのに、あの子はとっても自由で幸せそう。どうしてかしら」


――遠野はとある目的(・・・・・)の為に調整を受けた、特別な人間だ。物心つく前から遠野に自由はなく、一挙一動に至るまで厳しい監視と指導を受け続けて来た。

 八咫烏と契約を交わしてからは多少自由になる時間が増えたが、それでも監視の量は減らなかった。


 見張られて、縛られて、望まれるまま人形のように行動する。時折枷が外れた様に奔放に振る舞って見せる時もあるが、それも結局は大きく道を踏み外すには至らない。それが遠野すみれの人生だった。


……だから本来はこうして七瀬鶫と二人で会うなんて、あってはならない事だったのだ。


 何となく、外の空気を吸いたくなって。誰にも何も言わず、ふらふらと遠くの駅にまで足を伸ばして。そこで、同じ年頃の少年達と笑いあう七瀬鶫を見つけた。――見つけてしまったのだ。


 この世に産まれた時から贄として生き、魂を邪神に侵され、いつ死んだとしてもおかしくない、可哀想な男の子。遠野にとって七瀬鶫は【自分よりも哀れな子ども】でしかなかった。


 それなのに、現実はどうだろうか。まともに学校に通い、気の置けない友達と笑いあい、まるで普通の人間(・・・・・)のように過ごしている。その姿に、遠野は頭をバットで殴られたかのような衝撃を受けた。


 どうして、と頭の中でぐるぐると思いながら後を付け、鶫が一人になった瞬間を見計らって話かけた。きっと、それが失敗だったのだろう。


 感情豊かにコロコロと変わる表情に、少し友好的な態度をとると簡単に気を許す安直さ。言動一つとっても、自分とは似ても似つかない。そして何よりも――彼は自由だった。


 遠野が無意識下で踏み越えられなかったことを、無遠慮に手を取って引っ張っていく。初めてのことへの混乱と、暗黙の了解を破ることの恐怖。それを必死に抑え込んで食べた物は――美味しくて罪の味がした。


――違う違う違う。同じなんかじゃない。遠野すみれと七瀬鶫は、圧倒的に違っている。


 じわり、と心の中に黒い感情が渦巻く。どうしてあの子ばかり、と羨むことが止められない。


「……代わってくれればいいのに」


 そう小さく呟き、遠野はハッとした様に口を押えた。――そんなこと、絶対に考えてはいけなかった(・・・・・・・・・・)のに。


「帰りましょう。……きっと、付き人達が心配しているわ」


 遠野はいつものように張り付けた笑みを浮かべながら、ふらりと立ち上がった。そしてテーブルの上に置いてあった包み紙を優しく指で撫でると、ふわりと浮かべて火を放った。

 煙も出さずに燃える青い炎は、静かに揺れている。――さながら、遠野の心を映すかのように。



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― 新着の感想 ―
[一言] 遠野さん視点だと鶫は自由に見えるけど、実際は真逆なのが皮肉なんだよなぁ。あくまで贄として調整された結果、自由に振る舞っている様に見えるだけで心の自由は遠野さんの方が上という。
[一言] すみれちゃん、結構大変な過去を持ってるんですね…。辛い。 お祝いの言葉が遅くなりましたが、改めて書籍化おめでとうございます!絶対に買います!(と言っても今から大学受験の勉強をそろそろやり始め…
[一言] 事情が複雑な人多いなぁ ベル様何やってんの
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