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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
五章

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115.優しい棘

 夢路の家へ招かれた鶫は、英国風の庭がよく見えるテラスに連れてこられた。


……専属の運転手や使用人が居ることから薄々気付いていたが、やはり夢路の家は旧家を謳うだけあってとても立派な物だった。感覚が一般市民に近い鶫としては、そわそわしてしまい何だか少し落ち着かない。


「ほら、お兄さんも叶枝を見習って寛いでくださいな。この紅茶、とってもいい香りなのよ?」


 お茶の支度を終えた使用人たちが去っていくと、綺麗な花柄のティーカップを手に持った夢路が笑いながら鶫にそう言った。……どうやら借りてきた猫の様に大人しくしている鶫が面白いらしい。


 そしてそんな夢路につられるように隣を向くと、虎杖が嬉しそうにクッキーを頬張っているのが見えた。そんな虎杖の微笑ましい姿を見て癒されながら、鶫は穏やかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、折角だから俺も頂こうかな」


「ええ、遠慮なくどうぞ」


 そうしてしばらくの間互いの近況などを話していたが、その途中で虎杖が緊張したような顔をして鶫のことを見つめた。恐らく、ようやく本題に入る心の準備が出来たのだろう。


 虎杖は胸の上で両手を重ねると、小さく息を吐いて話し始めた。


「実は、どうしても鶫お兄さんに聞きたいことがあったの」


「聞きたいこと?」


 鶫が首を傾げると虎杖は小さく頷き、意を決した様に口を開いた。


「――お兄さんは、魔法少女候補生の適性年齢が下がったってニュース知ってる?」


「ああ。今までは十二歳からだったのを、八歳にまで引き下げたってやつだろう? それがどうかしたのか?」


――つい最近、政府は急遽魔法少女候補生の試験年齢を引き下げることを発表した。名目としては、イレギュラーな事態に対応できる人材を若年層から育てる為という事だったが、これはある種の『保護』だと考えていいだろう。


 魔法少女になるためには、高い適性と資質が必要になってくる。資質は実際に神様と対面してみないと分からないが、適性のみならば政府公認の病院などで簡単に測ることが出来る。


 そこで高い適性を叩き出した女子は、候補生の試験を受けるよう病院から勧められ、その多くは自主的に試験を受けることを選ぶ。

 だが中にはすぐに試験に落ちてしまう者や、全く魔法少女に興味がない者、魔法少女になるかどうか悩んでいる者、候補生の受験年齢に届いていない子も多く存在する。


 今まではそれでも特に問題は起きていなかったのだが、最近は事情が変わってきた。そう――誘拐事件の増加だ。


 そしてさらに先ほど例に挙げた、候補生になっていない、もしくはなれなかった者たち――つまり政府の庇護からあぶれてしまった人間に対して、何の保護対策も取れていないことが浮き彫りになったのだ。


……言い訳をさせてもらうならば、これは別に政府に不手際があった訳ではない。

 どんなに適性が高かったとしても、候補生――明確な形で政府に所属しなければ、それはただの一般人と変わりはない。つまり政府が高い適性持ちの事を重要視していたとしても、彼らが一般人であるかぎり特別扱いはできないのだ。


 だがこの事実を重く見た政府は、すぐさま出来る限りの対応をした。

 候補生の適性年齢を大幅に引き下げ、たとえ試験に落ちたとしても数年間のサポートを約束し、魔法少女になる意志がない者や、迷っている者には『予備科』と呼ばれるクラスに名義上だけ所属してもらい、一時的に政府に所属してもらうことにしたのだ。


 身の安全を守る為、多少は窮屈な生活になるかもしれないが、それでも誘拐されるよりはマシだろう。……確かにやや強引な手ではあるが、対策としては間違っていないはずだ。


 それに適性年齢の引き下げに関しても、下げられたのは試験年齢だけで、魔法少女としての活動が許されるのは、以前と変わらず十二歳になってからしか許可されない。年齢が一桁の子が戦わなくてはいけない、という事態には絶対にならないだろう。


「学校の先生に候補生の試験を受けてみないか、って言われたの。せっかくの機会だから、挑戦してみようと思って。……その、鶫お兄さんはどう思う?」


 そう言って、虎杖は不安そうに鶫の事を見上げた。その目には、不安の他にどこか希望の様な色も浮かんでいる。そんな虎杖の様子を見て、鶫は彼女が何を求めているのか察してしまった。


――きっと虎杖は背中を押して欲しいのだろう。彼女は恐らく、鶫が「君ならできるよ」「応援してる」といった言葉を期待しているのだ。


……もしこれが大して親しくもない相手だったならば、鶫はきっと責任なんて何一つ感じずに笑って応援していただろう。


 でも、虎杖は違う。彼女は鶫にとって可愛い妹のような存在だった。だからこそ、軽々しく答えることが出来ない。


 そしてこの沈黙の間、夢路は黙って鶫の方を見つめていたが、その表情は言葉よりも雄弁だった。――どうか彼女を止めて欲しい、という想いがありありと浮かんでいる。


――この場で一番虎杖が魔法少女になることを恐れているのは、間違いなく夢路だろう。

 彼女は、あの遊園地で虎杖が自分を助けるために命を投げ出そうとした瞬間を見てしまっている。つまりそれは、虎杖の危うさ(・・・)を誰よりも知っているという事に他ならない。

 それ故に、友人が危険度の高い魔法少女になるというのは、彼女にとっては受け入れがたいのだろう。


……うだうだと心の中で考えてはみたものの、実はそんな心配は杞憂で、虎杖が試験に落ちる可能性だってある。それに例え候補生に通ったとしても、必ずしも神様に選ばれるとは限らない。何故なら魔法少女というモノは、努力しただけで成れるものではないのだから。


……けれど、虎杖はきっと神様に選ばれる。選ばれてしまう(・・・・・・・)。――そんな確信が鶫にはあった。


 鶫の悪い予感は、ほぼ当たる。彼女が候補生になってしまえば、魔法少女への道はほぼ確定したと言ってもいいだろう。――ならば、伝えるべきことは一つだけだ。


「……俺の姉は、いま政府で魔法少女として働いてるんだ。幸いにも戦い専門の部署じゃないからそこまで危なくはないんだけど、それでもやっぱり弟としては心配でさ」


「お兄さん? 急にどうしたの?」


 唐突に別の話をし始めた鶫に、虎杖は不安そうな顔をして首を傾げた。それを気にすることもなく、鶫は言葉を続ける。


「もし姉が魔獣に負けて死んだとしたら、俺はきっと泣き喚いて政府に殴り込むだろうね。そんなの八つ当たりだって分かってるけど、それでも声がかれるまで叫ぶし、色んな人を恨むと思う。下手をすれば心が壊れるかもしれない。――自分にとって大切な人が死ぬって、それくらい苦しいことなんだ」


 そう言って鶫は立ち上がり、虎杖に近づいて両手で彼女の頬を包み、しっかりと目線を合わせた。


「俺は別に反対なんかしないよ。前にも言ったと思うけど、それは君自身が選択しなきゃいけない事だ。けれど叶枝ちゃん――君がどうしても魔法少女になりたいと願うなら、一つだけ覚悟を決めなくちゃいけない」


 鶫が真剣な顔でそう告げると、ガタンと大きな音が辺りに響いた。


「ちょっと待ちなさいよ。貴方まさか、かなえに死ぬ覚悟を決めろって言うつもり!? ――そんなの、私は絶対に許さないんだから!!」


 夢路が血相を変えて立ち上がり、鶫を批難する様に大声を出した。その顔は、どうして貴方がそんなことを、とでも言いたげな絶望の表情に染まってしまっている。


「違う。死ぬ覚悟なんてそんな物溝に捨ててしまえ。――俺がしてほしいのは、何があっても諦めない覚悟だ」


 虎杖のように、誰かを救いたいと願う気持ちはとても尊いものだと鶫は思う。けれど虎杖は、そこに自分の命を含めていない様に見えてならない。――そう、かつて玉砕覚悟でラドンに挑もうとした鶫のように。


「諦めない、覚悟?」


「そうだ。魔法少女になれば、きっと辛い事や苦しい事、何もかも諦めてしまいたいと思うことがきっとあると思う。それでも君は、絶対に生きることを諦めちゃいけない。情けなくても、格好悪くても、手足を引きずってでも生き残るんだ。――大切な人達を泣かせてしまうのは、叶枝ちゃんだって嫌だろう?」


 鶫は優しくそう告げると、虎杖の顔をそっと夢路の方に向けた。虎杖が、ハッとした様に目を見開く。その虎杖の顔には、明らかな動揺が浮かんでいた。


――彼女の目には、泣きそうな顔をしている友人がどう映ったのだろうか。その感情が、虎杖にとっての楔になればいいと心から思う。たとえどんなに絶望的状況に陥ったとしても、それさえあればきっと踏みとどまることが出来る。少なくとも、鶫はそう考えている。


 その後、虎杖は悩むような仕草を見せながらも、「それでもやっぱり、私は魔法少女になりたい」と、はっきりとした口調で告げた。


 その答えに夢路はややショックを受けた顔をしていたが、虎杖の決意が固いことが分かると、あきれた様な笑みを浮かべて「応援する」と言っていた。その夢路の顔が当初に比べ穏やかそうに見えたのは、きっと見間違いではないだろう。


 それからしばらくの間他愛のない話をし、暗くなる前にお茶会はお開きとなった。その帰り際に、夢路が虎杖から見えない場所で「ありがとうございました」と鶫にお礼を言った。それが虎杖への助言の事だとすぐに分かったが、鶫は自嘲するように笑い、「俺は何もしてないよ」と言って首を横に振った。


……結局のところ、鶫が言ったのはただの根性論でしかない。外野がどんなに彼女の無事を祈ったとしても、虎杖が生き残れるのかどうかは、結局は彼女次第なのだ。


 言葉に出来ない感情を抱きつつ帰路に就き、誰も居ないリビングのソファに乱暴に寝転がる。もしここに千鳥が居たならば「行儀が悪い」と怒られるだろうが、彼女は政府の仕事で夜まで帰ってこない。


 鶫が大きなため息を吐きながら手足を投げ出していると、ソファの下からぬっと丸いものが出てくるのが見えた。


「どうした。随分と荒れているようだが」


 出てきた丸いモノ――千鳥の契約神は、ソファの端に白い小さな手をかけ、鶫に顔を近づけて不思議そうにそう問いかけてきた。


「……兄さん。千鳥に付いてなくていいのかよ。色んな奴に怒られたんだろ?」


「少しくらいなら問題ない。それに、政府の中で滅多なこともないだろう?」


 八つ当たりの様な強い口調でそう告げた鶫に、シロは飄々とそう返した。


……あの誘拐事件の際、シロは全く連絡が取れなかったことを政府側の神から注意されたとベルが言っていたが、どうにも反省した様子は見られない。鶫は困ったモノを見る目でシロを見つめながら、ガシガシと頭を掻いた。


「何か嫌なことがあったならば、この兄に話してみるといい。力になるぞ」


「別に大したことがあった訳じゃない。ただ、自分だって碌に守れてないことを、年下の女の子に偉そうに語った自分にムカついただけだ。……本当に、情けなくて嫌になる」


 別に虎杖に対して間違ったことを言ったつもりはない。ただ、それを言った自分自身に勝手に嫌悪を抱いているだけだ。


――鶫だって、魔獣に殺されそうになり諦めてしまいたいと思った時が何度もあった。辛くて苦しい目にあいながら微かな希望に縋って生きあがく方と、適度な所で玉砕して幕を閉じる方。どちらが楽かなんて分かり切っている。

 そんな死んだ方がマシと思える苦行――何が何でも生き抜くという拷問を、鶫は虎杖に強要したのだ。自己嫌悪を抱いても仕方がない。


「それにこんな嘘ばっかりの弟なんて、兄さんだって嫌だろ。俺だったらとっくに縁を切ってる」


――七瀬鶫の人生は嘘だらけだ。名前も過去も家族さえも嘘で出来ている。そんな人間が偉そうに道理を語るなど、そもそもの前提が間違えていたのだ。


 鶫が刺々しくそう告げると、シロはこてんと首を掻傾げながら、静かな声で言った。


「嘘はいけない事なのか?」


「普通はダメだろ。少なくとも、俺はそう思ってる」


 鶫が訝し気にそう返すと、シロは小さく首を横に振りながら言った。


「私はそうは思わない。正しいことを告げる事で傷つく者がいるならば、嘘をついて気遣う事もまた道理だろう。――それに、神々とて場合によっては平気で嘘をつく時もあるぞ? ならば、人の子がそんな些末な事を気にする必要もないだろうに」


――シロの言う事は、一見綺麗ごとの様な極論だった。神様らしい、と云えば神様らしい。けれど何故だろうか。その言葉はすっと鶫の心に沁み込み、少しだけ息をするのが楽になったような気がした。


「‥…そっか、神様も嘘つくんだ」


「そうだな。如何せん、古き神には我が強い者が多い。それらをやり過ごすには、方便を使うのが一番だからな」


 シロのおどけた様な返答に、鶫はなんだかおかしくなってケラケラと笑ってしまった。

 落ち込んでいる鶫に対して気遣いの言葉を投げてみたり、正しさを孕んだ言葉で諭してみたり、一緒に笑ったり――何だかそれって、本当に兄弟みたいだ、なんて。そんな馬鹿みたいなことを思ってしまった。


 ひとしきり笑った後、鶫はゆっくりとソファから立ち上がり、伸びをした。


「シロ様はさぁ、結構いいお兄ちゃんしてると思うよ」


 そこまで言って、少しだけ照れ臭いような気持ちになった。

 鶫にとっては千鳥のついでで押し付けられた兄弟関係でしかなく、いい様に掌で転がされているのかな、と感じる時もあるが周囲が思う以上に上手くいってしまっている。そう考えると、何だか不思議だった。


「さて、そろそろ夕飯を作らないと。……前みたいに包丁を持ってる時に足元に来ないでくれよ。本当に危ないから」


「ああ、善処する」


 鶫はそれだけ告げると、着替えるために二階の部屋へと向かって行った。その背中を見つめながら、白兎は小さな声で呟く様に言った。


「そう、神だって嘘は吐く。……ソレがお前たちにとって、優しいモノであれば良かったのだが」


――誰も居ないリビングで、白兎の金の瞳がゆらゆらと光る。それはまるで、湖面に映る月の様だった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 適度な所で玉砕して膜を閉じる方 ここの「膜」は誤字じゃないですか? 「幕」が正しいとおもいます。 [一言] いつも楽しみにしています。これからも頑張ってください。
[一言] 優しいモノであれば良かったのだがって言ってるけど、使い捨てる道具に対して言う言葉では絶対無いよな?好感度上がってますなぁ。我らが主人公鶫ならワンチャン中にいるヤバイお方も絆されててくれそうや…
[一言] ツクヨミはなんだかんだ優しいね
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