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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
四章

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115/215

111.三本足の独善

――時は少し戻り、ちょうど鶫が病院で検査を受けて居た頃。政府の別棟にある神祇省の廊下を赤い髪の女性――遠野すみれが颯爽と歩いていた。


 そして彼女は遠野専用に誂えられた部屋の中に入ると、革張りのソファに寄り掛かりながら、背後の影に呼びかける様に言った。


「仕込みは上々。彼はこちらの思惑通りに動いてくれた。まさに貴方の計画通り、ね。――でも少し可哀そうだったわね。せっかく忘れていた辛い記憶を思い出さないといけないなんて」


 すると彼女の背後の影が揺らめき、せり上がる様に黒い塊が姿を現した。――それは大型犬ほどの大きさをした鴉だった。艶やかな黒い羽根に、三本の脚を生やしたその鴉――天照の従僕である八咫烏は、朗々と言葉を紡ぎだした。


「致し方あるまい。吾の憤りは記憶とあかねの娘を守ることで手打ちとしたが、あの時とは事情が変わったのだ。――まさか、あの子供の中に残滓がひそんでいたとはな」


 そう告げながら、八咫烏は十一年前の事を思い起こしていた。契約者である朔良紅音――七瀬あかねを失い、一つの街に甚大な被害を与えたあの忌々しい事件のことを。


――首謀者であるとされる梔尸沙昏(しかばねさくら)は、人の器に神を下ろそうとしていた。その神降ろしの準備はとても周到で、事が起こるまで誰も奴の組織――黎明の星を警戒すらしていなかった程だ。


 だが、果たしてただの人間の少女が、そんな大それたことをしようと考えるだろうか?


 真っ当に考えれば、黒幕が居たと考えるのが妥当だろう。けれど八咫烏は、沙昏という少女が主犯であることを確信していた。あの日、直に相対したからこそ分かることもある。


――梔尸沙昏の()には悪しきモノが宿っていたのだ。


「人間たちはまず最初に吾が下界に降り、その次に天照が降臨したと思っている。――だがそれよりも前に地上に舞い降りた者がいたのだ。――人類の絶対な敵対者として存在を定義され、絶望や悲哀、悪逆と混沌を呼び水に顕現された悪意の塊。人間たちが邪神と呼ぶ者たちのことだ。……奴らは全て狩り尽くしたとばかり思っていたのだがな」


 そう言いながら八咫烏は天を仰いだ。天照が作り上げたルールは、下界に降りてきた神の全てに適用される。だが天照よりも前に下界に降りてきた神には、そのルールは適用されない。つまり、邪神にはルール違反による強制送還が効かないのだ。


 なお、このルールは当然八咫烏にも適用されないのだが、元より八咫烏は天照の眷属である。わざわざ天照の意向に背く理由が無いので、それでも特に問題は無かった。


 けれど軽度のルール違反――他の魔法少女(つぐみ)の情報を契約者(すみれ)に話すなど、他の神が知ったら怒りだすような事はしているが、その程度ならまだ可愛いものだろう。


「ああ、その話は以前にも聞いたことがあるわ。結界を作成する前に降りてきた神には天照様のルールが適用されないから、当時は大変だったらしいわね」


「ああ、そうだ。規則(ルール)の埒外にいる者がいるとなっては、他の善良な神から不満が出るからな。……まさか人間達も魔獣との戦いの裏側で、邪神を除く戦いが起こっていたとは思わないだろうがな」


 そう言って八咫烏は大きな溜め息を吐いた。


――存在するだけで悪徳を振りまく勝手気ままな邪神たち。その在り方は、人が想像する悪魔に近いのかもしれない。


 幸いにも降りて来ていた邪神の数はそう多くはなく、その殆どは後に天照の眷属の手によって闇へと送り返されたが、中には送還を逃れた者も存在していた。


 邪神の中には気まぐれにこちらに協力を申し出た者もおり、今でも下界に留まっている者もいるが、あくまでも監視付きの滞在が許されているだけであり、表立った行動はとれないようになっている。


 邪神の問題は、それで終わったはずだった。少なくとも天照側に付く神々はみんなそう思っていた。


――けれど、取りこぼした結果が大火災(あのざま)だ。


「梔尸沙昏――恐らくその母親が邪神と何らかの契約を結んでいたのだろう。母親は邪神と契約し、それと引き換えに自分の娘を差し出した。……本当に、惨いことをする」


 あの時、梔尸沙昏の中身は完全に人間とは別物に成り果てていた。そうでなければ、幾ら引退したとはいえ最強の魔法少女だった朔良紅音と同等に戦える筈もないのだから。


「ふうん? でも貴方、神降ろしなんて普通は成功しないって前に言ってなかったかしら。その沙昏って子も七瀬君も姉弟そろって神の器としての適性があるなんて、随分と優秀な血統だったのね。さすが貴方達が彼を『巫覡の子』と称するだけはあるわ」


 感心した様にそう言った遠野に、八咫烏は小さく首を振った。


「いや、あの姉弟の魂の形質を見るに、その為にわざわざ生み出された(・・・・・・)のかもしれん。大方母親の胎の中にいる頃から調整を加えていたのだろうな。――だからこそ、最後の最後に吾の目を盗み、七瀬鶫の中に残滓を忍ばせるという大技をやってのけたのだろう。魂の形質が似すぎていて、あの時は気付くことが出来なかった。……一生の不覚だ」


 一人は自分の器に。そしてもう一人は、自分が裏からこの国を支配するために使い勝手のいい神の器にしようとした。


……沙昏の中にいた邪神が、どんな存在を核とした者なのかは予想がついている。その存在の力の強大さを考えると、あの日神降ろしを防ぐことが出来たのは本当に幸運だったと言ってもいいだろう。


 だが、もし沙昏があかねの娘を攫わなかったら。――直前で弟を守るために心変わりをしなければ、儀式は成功し、この国は再び混沌に支配されていた事だろう。


 沙昏の中にいた邪神――外国では【悪魔】と呼ばれる存在は、なぜ土壇場で生贄として育てた弟を救おうとしたのだろうか。邪神が最後に行ったことを考えると、いざという時のスペアを残しておきたかったという可能性もある。


 けれど、それならばなぜ邪神は今に至るまで七瀬鶫の体を奪わなかったのだろうか。八咫烏には、それがどうしても理解できなかった。


 八咫烏が言葉を濁しながらそう告げると、遠野は驚いたような顔をして、納得した様に微笑んだ。


「そうなの。――なあんだ。じゃあ私と一緒(・・・・)なのね。ふふ、少し親近感が湧いてきちゃった。ああ、だから貴方は例の大火災の事件を私に調べさせようとしなかったの。優しいのね、私が傷つくとでも思っていたのかしら?」


 そう言ってケタケタと箍が外れた様に笑う遠野を見て、八咫烏はそっと目を伏せた。


――八咫烏にとって、遠野すみれという人間は誰よりも哀れな子供だった。七瀬鶫と別のベクトルで抑圧されてきた、綺麗なお人形。その有様が、かつての七瀬あかねとよく似ていた。だからこそ、八咫烏は遠野の手を取ったのだ。これ以上、彼女が心を殺すことが無いようにと。


 けれどそれは結局、八咫烏のエゴでしかない。どう足掻いたところで、神の考え方は人の理とは相いれることはないのだから。


「まあいいわ。――そういえば、彼の記憶を何故戻したのか聞いてなかったわね。どうしてかしら? 彼の中に邪神が眠っているなら、わざわざ刺激することもなかったと思うのだけれど」


 そう問いかける遠野に、八咫烏は静かに首を振った。


「七瀬鶫が姉――梔尸沙昏に疑念を持っているのといないのとでは、いざという時の抵抗値が異なる。それに吾の見る限りだが、徐々に浸食は始まっている様に思える。――まったく、奴が魔法少女になどならなければ、こんな事にはならなかったのだろうがな」


 いくら七瀬鶫が調整された個体とはいえ、十年という年月があれば体の特性は変わっていく。俗世に染まった体は、子供だった頃よりも器としての適性が下がっていた筈だった。……筈だったのだ。


 だが魔法少女として活動し、体が神力で満たされた結果その均衡が崩れた。そして十二月のイレギュラー戦での命の危機により、ついに邪神の残滓は目を覚ましてしまった。


 八咫烏が七瀬鶫――葉隠桜の存在を認識したのもその時だ。結果的にそれで命を繋いだ七瀬鶫にとっては皮肉なことだろうが、彼の運命はその時完全に決まってしまったと言っていい。


――普通の人間である七瀬鶫が、邪神に敵うはずがない。あとは、魂を喰われるまでどれくらいの時間が残されているかが問題だろう。


「まあ別にいいわ。結局こうして私を巻き込んだって事は、もう内々では処理できなくなったんでしょう? 貴方の指示で雪野さんまで巻き込んだのに、もしかしてそちらも無駄になってしまったの?」


「……いや、無駄ではない。あの医神の契約者は、一種の見張りを兼ねている。彼に大火災の件を頼めば、すぐに七瀬鶫にたどり着くことは目に見えていたからな。特に事情を知らずとも、七瀬鶫に何か変化があれば彼らならすぐに気づくだろう」


 現状、何も問題を起していない以上、七瀬鶫を処分することは出来ない。しかも、彼の契約神は強大な力を持つ神だ。いくら下界では天照のルールに縛られているとはいえ、怒らせては面倒な事になる。


……なぜあれだけの力を持つ神が七瀬鶫の中にいる邪神に気づかないのかは疑問だが、下手に刺激しない方が無難だろう。


「あらあら。そうやって無関係の人を勝手に駒みたいに扱うのは良くないと思うわ。後でしっぺ返しを食らっても知らないから」


「致し方あるまい。天照の眷属――陽の存在である吾が不用意に近づけば、邪神を刺激することになる。ならば、今動ける中で最高の人材を配置するのは間違っていない筈だ。吾も他の神々も、結局は天照様の箱庭で動く駒でしかない。――ならば、その箱庭を綺麗に保つのが吾の仕事だろう。なに、恨まれるのは慣れている。それが人間(おまえ)達の平穏に繋がるなら尚更だ」


「もう、私はそういう事を言ってるんじゃないのに。本当に神様って身勝手ね。人間(わたしたち)の意見なんて聞いてくれないんだもの」


 そう言って呆れたように頬を膨らます遠野を尻目に、八咫烏は器用に羽根を上げて肩を竦める様に動かした。


「それにしても、あかねの娘の契約神――あの愚か者は何をしていたのだろうな。肝心な時に役に立たんなど、いる価値が無いだろうに」


 話題を変えるようにそう呟いた八咫烏に、遠野はからかう様に声を上げた。


「さあ? かの御方の弟君が何を考えてるかなんて、矮小な人間には分からないわ。ご本人に聞いてみたらいいんじゃない?」


「……それで真っ当な答えが返って来るとは思えないがな。――本当に、月読(・・)様にも困ったものだ」


 そう言って、八咫烏は窓から見える沈む夕日を見つめた。赤い夕陽は、世界を赤に染めるかの様にキラキラと輝いている。――それはまるで、反対側から昇ってきた月を消してしまうような美しさだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 月読ですか、須佐男だと思っていました...
[一言] まぁたいていの神話じゃ善神側のほうが我儘や癇癪で多くの人間殺してるんですけどね。 特にギリシャは邪神側のほうが善良かもしれないという有様
[一言] やっぱ月読だったのか
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