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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
四章

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107.譲れない想い

 とある倉庫街にある大きな輸送コンテナの中で、千鳥は薄れていく意識を必死で叩き起こそうとしていた。


――時は、暫く前まで遡る。鶫に断りをいれて手洗いに向かった千鳥は、女子トイレの中で不審者と遭遇したのだ。


「あなた、そこで一体何をしているの……!!」


 千鳥がそう声を上げた時、その不審者は中学生くらいの少女を大きなカートの中に押し込んでいる最中だった。少女はぐったりとしており、意識があるようには見えなかった。


――この時、千鳥には二つの選択肢があった。一つは急いでその場から引き返し、助けを呼ぶか。もう一つは、千鳥自身がこの不審者を制圧するかの二つだ。


 かつての千鳥――魔法少女になる前の千鳥ならば、迷いなく前者を選択しただろう。いくら剣道の有段者とはいえ、普通の少女である千鳥が不審者と相対するのは危険だと分かっていたからだ。


 だが、この時千鳥は迷ってしまった。――仮にも魔法少女が逃げていいのか、と。


 今にして思えば、それが失敗だったのだろう。千鳥が迷っている隙をみて、その不審者は一瞬で距離を詰め、脳を揺らすほどの掌底を千鳥に放ったのだ。


……それから先のことはあまり良く覚えていない。倒れ込む様に頭を床に打ち付けたことは覚えているが、それから自分がどうなったのかは、すっかりと抜け落ちてしまっている。


 恐らく千鳥は、ぐったりとした中学生くらいの少女と共にその不審者――誘拐犯に連れさられ、この倉庫へと閉じ込められたのだ。


――あの子は、どこに行ったのだろうか。


 そう思いながら、千鳥は身じろぐようにあたりを見渡した。手足を縛られているためあまり大きくは動けないが、頭を動かすことだけはできる。


 すると数メートル離れた場所に、あの時トイレで見た少女が、千鳥と同じように床に転がされているのが分かった。その少女の胸はゆっくりとではあるが上下しており、ひとまずは命の心配があるようには見えない。


 千鳥はホッとした様に息を吐くと、ズキズキと痛み出した額の痛みに呻いた。……先ほどまでは気付かなかったが、どうやら額に怪我をしているらしい。恐らく倒れ込んだ時に負ったものだろう。申し訳程度にガーゼは張られているようだったが、この調子だと碌な治療は期待できない。


――それにしても、ここは何処なんだろうか。潮の香りがするような気もするが、コンテナの中が鉄臭くてそれも分かりにくい。


 何とか拘束から抜け出して、もう一人の少女を連れて逃げることが出来れば一番いいのだろうが、今のコンディションではそれも難しい。


 薬を嗅がされたのか、それとも頭を打った影響で意識がはっきりしないのか、理由は分からないが思考が上手く纏まらない。移動の為の扉を出すには繊細な力のコントロールが必要だ。こんな不安定な状態では、魔法少女としての力は碌に使うことが出来ないだろう。


――もっと頑張って戦いの練習をすれば、あの子もちゃんと助けられたのかな。


 千鳥がもっと強ければ、もし最初にちゃんとした対応がとれていたら、あの子のことを助けることが出来たはずだ。


 そう思い、千鳥は歯噛みした。折角誰もが憧れる力を手に入れたというのに、それを生かすことが出来ない自分。同じ転移管理部の人達は、ゆっくり力を付けていけばいいと千鳥の事を励ましてくれたが、まさか彼らも千鳥が直ぐにこんな目に遭うとは思ってはいなかっただろう。


――魔法少女になったくせに、何の役にも立たないなんて。


 そうして千鳥が自己嫌悪に沈んでいると、突如ギイィとコンテナの扉が開いた。

 バタバタとまばらな足音を立てながら、数人の人間がコンテナの中に入って来る。


「起きているか? それともまだ眠っているのか? ――まあどちらでもいい。彼らに選択肢なんて無いんだから」


 その中の一人――すらりとした長身の女は、無機質な声でそう言い放った。

 黒いパンツスーツを身に纏ったその女性――白銀の髪をもつ外国人の女性は、周りの人間にテキパキと指示を出しながらコンテナに荷物を運びこんでいく。


……やはり、彼らは工作員か何かなのだろうか。政府の中でも、最近そういった組織が水面下で動いているという噂は出ていた。まさかこんな身近で被害に遭うとは思っていなかったが、千鳥が魔法少女であることがバレなかったのは不幸中の幸いかも知れない。


 黒いスーツの女性は寝たふりをする千鳥の前にしゃがみこむと、外国語なまりのイントネーションで話を始めた。


「この子も災難だったな。あの時トイレになんて入って来なければこんな目に遭わなかったのに。――急なことであまり手加減できなかったが、頭は大丈夫か? 本国へ輸送する前に死なれたら困るのだが」


「大丈夫ですよ。沖に停泊している船には医者も乗っているので。――それに、最悪遺体になったとしても使い様はありますから。ほら、研究者連中が手ぐすね引いて献体を待っていますからね」


「ははっ、それは怖いな。……それで虎の子の術師を失った埋め合わせが出来ればいいのだが」


「いやあ、かなり怒られるでしょうねぇ。碌でもない婆さんでしたけど、その力だけは本物でしたから。――急に丸焼け(・・・)になって死んだなんて、何て報告したらいいのか」


 頭上で繰り広げられる恐ろしい会話に、千鳥は体を強張らせた。


――本国への輸送。献体。薄々気が付いていたが、この誘拐犯たちは千鳥たちのことを外国へと送ろうとしているらしい。


……だが、今は下手に抵抗しても彼らには勝てそうもない。映画館での出来事からも分かるように、彼らは千鳥よりも格闘技に優れている。気を急いて動けば、今度はただ拘束されるだけではすまない事になるだろう。


 機を見計らい何とか転移の扉を出し、この誘拐犯たちが油断した頃に少女と共に転移で逃げださなくてはならない。それを、結界の外に出る前に完遂させなくてはいけない。


 もし天照の結界から出てしまったら、魔法少女としての力は半減してしまう。そうすれば、千鳥たちが無事に逃げる方法はなくなってしまうのだから。


 そう強く考えながらも、千鳥の意識はもう限界だった。頭を打った時のダメージと、コンテナに運ばれる前に注射された睡眠薬が、千鳥の意識を奪っていく。そんな千鳥を気にも留めずに、誘拐犯たちは話続けている。


「それにしても、カミサマ(・・・・)ねぇ。あんな胡散臭いモノに頼らなきゃいけないなんて……。いくら国の為とはいえ気が滅入りますよ」


「そう文句を言うな。いくら神に祈ったところで、我らの事態は好転しなかった。ならば、相手が悪魔であろうと利用すべきだ。――その為に、この馬鹿げた国に仮初の外交官として潜り込んだのだからな」


 政府のお役人どもに取り入るのは骨が折れたよ、と銀髪の女が笑いながら言う。


「ひひ、良い女に弱いのはどこも一緒ですね」


「ふん、煽てても何も出ないぞ。だが、ご機嫌取りももう終わりだ。こいつ等――魔法少女の適性(・・・・・・・)持ちの事を調べれば、魔法少女のメカニズムの研究も進むはずだ。それにただ単に人質としても使えるからな。こいつ等と引き換えに、我が国で出た魔獣の処理を依頼する事だってできる。――さあ、この場所が感づかれない内にさっさと海に出るぞ。時間は有限だからな」


 そう言って、誘拐犯たちは着々と準備を整えている。コンテナの中にはカモフラージュ用なのか、様々な荷物が運びこまれている。そして、その中でも一際大きな箱が運ばれてきた。


 銀髪の女はおもむろにその鉄の箱を開けると、小さく頷いて千鳥の方へ近づいてきた。そしてゆっくりと千鳥を抱き上げると、その鉄の箱の中――綿がぎっしり詰まった場所へと千鳥を降ろそうとした。


……その鉄の箱は、どう見ても千鳥の力では破壊できそうにない。それにあんな狭い場所では、転移の扉も到底出せそうにもない。それを薄目で見ていた千鳥は、震える様に体を強張らせた。このままでは、逃げ出すことすらできなくなってしまう。


――だめ、起きなくちゃ。こんなところで終わるわけにはいかない。


――だって私、まだ鶫にちゃんと向き合えていないんだから。


 霞んでいく視界を振り払う様に、千鳥は自身の舌をかんだ。その衝撃で、じわりと口の中に鉄の味が広がる。覚悟を、決めなくては。


「…………ぜ……よ」


「ん?」


「――――風よ!! 切り刻め!!」


 千鳥がそう告げた瞬間、不可視の刃が周囲を切り裂いた。銀髪の女は、思わずといった風に千鳥のことを手放す。


 その刹那、千鳥は手足の拘束を切り、猫のように身を翻すと、転がるように眠っている少女の下へと駆けた。そしてその少女を抱き起すと、荷物を背にして警戒するように誘拐犯たちを睨み付けた。


「……驚いたな。きみ、魔法少女だったのか」


「うるさい。答える必要は、ない」


 息も絶え絶えに、千鳥はそう返した。だらり、と口の端と鼻から赤いモノが流れていく。無理に体を動かした代償だった。


「近づかない、で!! 切り刻まれたいの!?」


 こっそりと千鳥の方へ近づこうとした男に風の魔法を放つ。その度にズキズキと全身が痛むが、いま彼らに弱みを見せるわけにはいかなかった。


――ここで粘らなければ、もう後がない。誰かが都合よく助けに来てくれる、なんて高望みはしないけれど、それでも足掻かなくちゃいけない。だって、ここには自分しか戦える人はいないんだから。


「やれやれ、面倒だな。君に打ったあの薬は結構強力だったと思うんだが。――まあいい。君が抵抗するなら、こちらにも考えはある」


 銀髪の女は大仰にため息を吐くと、ごそごそと自分の背広の内側を探る様に手を動かした。そして何か黒い塊を取り出すと、それをゆっくりと千鳥の方へ向ける。そしてその塊――拳銃の撃鉄を、カチャリと上げた。


「君が私に攻撃をするよりも先に、この弾丸は君たちを貫く。なに、殺しはしない。ただ死ぬほど痛いだけさ」


「…………くッ、そんな脅しはッ!!」


「試してみるか? お優しい君と違って、私は一切躊躇わない。人を傷つけることなんて慣れっこだからな」


 余裕ぶった女のその言葉に、千鳥は悔し気に顔を歪めた。――この女は、あの一瞬で千鳥が人を直接傷つける事を避けているのに気づいたのだ。


 だけど、それでも千鳥にだって譲れないものはある。


「……やってみればいい」


「へえ?」


「私は、そんなことで屈したりなんかしない。外国になんて絶対に行かない!! だって、だって私には――」


 千鳥は寝ている少女を守る様に抱きかかえながら、真っすぐな目で女に告げた。


「帰る場所が、あるんだからッ――!!」


 僅かな力を振り絞る様に、風の刃を飛ばす。躊躇いも戸惑いも、今だけは忘れよう。彼らは倒すべき敵だ。絶対に、屈するわけにはいかない。


 だが女は荒れ狂う暴風を気にも留めず、引き金にかけた指に力を込めた。それでも千鳥は目を逸らさない。そして、運命の瞬間が訪れる。


「あらあら。――貴方達、少しおいた(・・・)が過ぎるわよ」


 その時、よく通る美しい声がコンテナの中に響いた。


「――っ、なッ、銃が熔けて!?」


 ぼとり、と赤くなった銃――鉄の塊が地面に落ちた。女は爛れた右手を押さえながら、焦ったように背後――コンテナの入り口の方を睨み付けている。


 そしてコンテナの入り口から、コツコツと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。その声の主は逆光を背によくびながら、ゆっくりとこちらに向かっている。そして段々と、その顔が明らかになる。


「――お、お前は」


「この国の全ての人間は、天照様の管理下にある。その神様のモノを掠め取ろうだなんて、たかが人間風情が何様のつもりなのかしら?」


 ふわり、と炎を纏った赤い髪が揺れる。

 

「――お仕置きが必要ね」


 全てをねじ伏せるような獰猛な笑みを浮かべた女――遠野すみれがそこに立っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 遠野すみれさんから漂う安心感。 負ける気がしませんね。
[良い点] 勝ったな コンテナ入ってくる
[一言] 桜様はまだー?
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