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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
四章
107/202

103.政府にて

 その日、非番だった鈴城が戦闘訓練をしに政府に出向くと、妙にピリピリとした空気が漂っていることに気づいた。


「ねえねえ、何かあったの? もしかしてまたイレギュラーでも出た?」


 不思議に思った鈴城が顔見知りの職員にそう問いかけると、職員は少しだけ躊躇うように視線をさ迷わせると、内緒話をするような小さい声で話し始めた。


「あんまり大きな声では言えないんですけど、実は今、誘拐事件の対応をしているんですよ。――何でも、被害者の内の一人が現役の魔法少女らしくて。本当は先に警察が対応する予定だったんですけど、危険度などを考えて、即座に政府案件に切り替わったんです。お陰で大忙しですよ」


「魔法少女が攫われたの!? え、だって誘拐ってことは相手は人間だよね?」


 鈴城は驚いた様にそう言った。一般的な魔法少女であれば、成人男性を軽く超える身体能力があるはずだ。それに加え能力(スキル)だってあるのに、普通の人間相手に後れを取るとは思えなかったのだ。


 そんな鈴城に、職員は苦笑しながら小さく首を振った。


「魔法少女といっても正規の人員じゃなくて、転移管理部の子だそうです。まだ魔法少女としては戦闘経験も少なかったらしいので、急な出来事に対処できなかった可能性もありますね。まあ緊急対策本部も動いているので、魔法少女が動けばすぐに解決しますよ」


「そっかぁ、でもちょっと心配だね」


 職員のその言葉に、鈴城は不安そうにため息を吐いた。


 もともと転移管理の魔法少女は、能力の強化の為に一定の戦闘をこなすことはあるが、必要以上に魔獣と戦うことはない。そしてその中でも、さらに戦闘経験が少ないと称されるということは、まだ入ってそんなに時間が経っていない子だったのだろう。運が悪かったとしか言いようがない。


 そこまで考えて、鈴城は何か引っかかるものを感じた。

 転移管理部の所属。入って間もない、戦闘経験が少ない子。――そんな人物を、自分は知っている(・・・・・)んじゃないか?


「……あのさぁ、もしかしてなんだけど、その誘拐された子って――七瀬千鳥ちゃんだったりする?」


 鈴城が恐る恐るそう聞くと、職員はぽかんと口を開け、驚いた様に言った。


「あれ、よくご存じでしたね。もしかしてお知り合いでしたか?」


「うん。まあね。――ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 鈴城は悪戯気な笑みを浮かべると、職員に一歩近づいて、小さな声で言った。


「――その緊急対策本部って、何処(・・)にあるのかな?」





◆ ◆ ◆




 渋る職員から対策本部の場所を聞き出した鈴城は、その足で教えられた会議室へと向かった。

 会議室に入る際、扉の前に立っていた職員に「部外者は立入禁止です」と入室を拒まれたが、七瀬千鳥が魔法少女になった切っ掛け――遊園地での事件からの知り合いだということを主張し、さらに十華の権力でごり押しし、何とか入室を勝ち取ったのだ。


……中にいる職員からは困ったモノを見る目で見られたが、普段の行いが良かったせいかそこまで叱られはしなかった。単に鈴城にかまっている暇がなかっただけかもしれない。


 鈴城が資料を見せてもらっている間に、対策本部の職員たちは忙しなく各所に連絡を取っていた。


「誘拐犯の探索はどうなっていますか?」


「特殊スキル持ちの魔法少女に探らせていますが、難航しているようです。……通報にあったように、外国の呪術者が探査を妨害しているんでしょうね。念のため近辺の船などは出航しない様に要請はしてますけど、あまり時間が延びると逃げられる可能性も零ではないです。全く、なんでそんな奴らの入国を許したんでしょうか。入国管理局はもっとしっかりしてくれないと……」


「まあまあ。それはまた後で議題に上げましょう。――呪術系に強い魔法少女に連絡は取れましたか?」


「はい。ひとまず神祇省に例の術式の画像を送って、有効な魔法少女を選定してもらっています。ああいった物には相性がありますからね。私達が考えるよりも、専門家に任せた方が確実ですし」


「そうですね。……それと呪術対策の子とは別に、制圧に向いた能力持ちの子を連れてきた方がいいかもしれませんね。中には人間に攻撃をすることを躊躇う子もいますから、人選は慎重にしないと」


 そんな事を話しながら、職員たちは切羽詰まったように動き回っている。


――資料によると、事件が発覚したのは一時間ほど前。被害者は魔法少女の適性持ちの中学生と、現役の魔法少女――七瀬千鳥の二人だ。現場である映画館には、壊された二つの携帯と血の付いた上着が見つかったそうだ。


 警察からの要請が来る前に、魔獣対策室の因幡に被害者の弟から連絡があり、魔法少女が誘拐されたことが発覚し、急遽この誘拐事件は政府案件に切り替わったらしい。


 恐らくこの『被害者の弟』というのは、間違いなく鈴城の友人である七瀬鶫のことだろう。彼はあの時病院で因幡と会っていた。連絡先を貰っていたとしてもおかしくはない。


……なぜ最初に自分を頼ってくれなかったんだろう、とちょっとだけ思わなくもないが、因幡に連絡を取ったのは決して間違いではない。政府の中でも割と高い地位にいる彼女であれば、こうして警察から捜査権を奪い取り対策本部を設置するのも容易だったことだろう。


 被害者の関係者達はまだその映画館に待機しているようだが、そのうち政府へと連れてこられるかもしれない。


……きっと鶫は姉の誘拐にかなり憔悴していることだろう。そう考えると、ずきりと胸の奥が痛んだ。


 そんなことを考えながら鈴城は立ち上がり、人選を話し合っている職員の下へ足を進めた。


「あの、もしよければ制圧にはうちが向かいますけど。うちの能力(どく)だったら、誘拐犯がいくら手練れだって手も足も出ないでしょ? 結構いい案だと思うけど」


 鈴城が軽い口調でそう告げると、その職員の中でも一番役職が高そうな男が、考え込む様に口を開いた。


「……確かにその申し出は魅力的だ。だが、君はこの件を魔獣対策室に確認を取っているのか? 十華である君には、A級やイレギュラーが出た時即座に対応する義務がある。まずは魔獣対策室(そちら)に許可を取るのが筋だろう。緊急対策本部(ここ)に入るくらいならまだ目こぼしできたが、君の勝手な判断で変に首を突っ込まれるのがこちらとしては一番困るんだよ」


「そ、それは確かにそうだけど、今日は元々非番だったし……」


「少なくとも、僕らの権限では上からの許可が無い限り十華を動かすことは出来ない。これは別に意地悪を言っているわけではなく、組織の問題なんだ」


 男の淡々と諭すような言葉に、鈴城はたじろいだ。知人である千鳥が心配で何か力になれればと思いここまで来てしまったが、そこまで深い考えを持って動いていたわけではない。


「なら、許可を貰えばいいの?」


「ああ。君が魔獣対策室に許可を取り、出動許可さえ貰えれば僕達だって文句は言わない。……悪いね。君の協力自体は本当に願ってもないことなんだ。ただ十華という貴重な戦力を動かすには、誘拐事件というのは軽すぎる(・・・・)。それだけ、世間にとって十華という存在は特別なんだよ」


 男の言葉に、鈴城は唇を噛みながら押し黙った。――知人の誘拐事件を軽いと言われたのが悔しかったのかもしれない。それ以上に――考えが浅かった自分に腹が立った。


――自分の価値は、分かっているつもりだった。十華というブランドと、それに付随する義務。それがこんなにも息苦しいとは思っていなかったのだ。最近は、特にそのプレッシャーが重くなった気がする。


……きっと、今まではそういった雑事を主に柩が引き受けていたのだろう。他のメンバーが自由に動けるように場を整え、上と話し合って様々な調節をしてくれていたのだ。


 いなくなってそのありがたみを知る、というのはよく聞く言葉だが、柩というバランサーの不在は、十華にとっては間違いなく大きな損失だった。


 鈴城はそんな考えを振り切るように小さく頭を振ると、大きく息を吐きだし、真っすぐと男の方を向いて言った。


「……分かりました。今すぐ魔獣対策室に行ってきます」


 鈴城が職員たちにそう告げ足早に会議室から出ようとすると、扉に手をかける前にひとりでに扉が開いた。廊下から入って来る光に思わず目がくらむ。


「その必要は無いわ。――その子を動かす許可なら私が一緒に取ったもの」


 背中に光を纏いながら現れた女性は、よく通る声でそう告げた。女性はコツコツとヒールを鳴らしながら会議室に入ると、ふわりといつもの様に(・・・・・・)綺麗な笑みを浮かべながら言った。


「お待たせしました。神祇省から派遣された遠野すみれ(・・・・・)です。――さあ、お仕事の話をしましょうか?」


 十華のナンバーワン。神祇省の秘蔵っ子。目が覚めるほどに眩い存在感を持つ女は、そう言って綺麗なお辞儀をした。


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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ呪術がらみなら彼女が出るわな… 勝ったな、映画見てくる
[一言] 流石に八咫烏もひいては天照も今回の件、重く見ているようですね まあ軽く見られる要素が何一つ見当たりませんし当然ではありますが
[一言] あ、そうか。ヤタガラス繋りで遠野が動いたのか。 これは、大丈夫かな?
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