表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『日の当たらない場所 あたたかな日々』  作者: 明智 治


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

ゆうがた~いちにちのおわり

(PM3:18)


 お母さんの病室に行くには、必ず先に受付を通す必要がある。面会に来た事をナースステーションに伝えてもらい、廊下の鍵を開けてもらわなければならないのだ。病室に続くドアとは別のところから、顔見知りの看護婦さんとガラス越しに挨拶をして、上の方に一つと、足元にもう一つある鍵を開けてもらう。鍵も取っ手も外側にしか無い、引き戸のドアを開けて中に入る。きっとナニカの予防でそうなっているんだと思う。



 病院独特の、なんとも言い難い薬っぽい匂いが染み込んだ廊下を進み、お母さんの病室に入る。いつもどおりに声をかけてゆっくりカーテンを開けてみると、これまたいつもどおりに窓の外を眺める、ちょっとだけ私に似たお母さんの横顔が見えた。



 ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けて、今日あったアレやコレやを話す。私は変わらずお元気ですよ?


 お得意のなんでもない話をしながら改めてお顔を見ていると、お母さんって結構美人さんなのかもしれない。長い病院生活で肌が真っ白なせいもあるんだろうけど、なんだか憂い顔の美人さんと話しているような気分になってきた。ちょっと恥ずかしくなってしまう。なんじゃろな、コレ。



 いや待てよ。お母さんがこれだけキレイだってことは、その血を継いでいるはずの私も、同じくらいはイケてるって事になるんじゃなかろうか。確かお兄ちゃんも、男にしては細面の綺麗系だったはず。……こいつはますます信憑性を増してきたぞ。


 後は、一人だけやたら濃い目の顔だった父親さんの影響が、私の遺伝子にどれだけ主張してきてるかが問題なんだけど、多分きっと考えないでも良いくらいの些細な影響だと信じよう。頭の隅をよぎった、女の子は父親に似るという通説は忘れてしまうことに決めました。




(PM3:57)


 なんだかんだと話しかけていると、いつもあっという間に時間が過ぎてしまう。来た時にはまだまだ明るかった空も、薄ぼんやりと赤みがさし始めている。


 私はこうやって過ごしているのは楽しいので、正直いくらだってここに居ても良いくらいなのだけど、あまり長居をしてお母さんを疲れさせちゃいかんのですよ。それに良いんだ。今日は三回くらい、お母さんが私の言葉に反応してくれた気がしたので満足だ。



 じゃあね、また来るね、と言って病室を出る。帰りの道も同じように、病室を隔てる分厚いドアを開けてもらう。看護婦さんに会釈をして、さて、と振り返った時、背中に聞こえた鍵の音がやたらと大きく聞こえてしまった。



 お見舞い自体は終わっても、まだまだ病院からは出て行けない。担当の先生にお会いして、お母さんの容態を聞いたり、今後の治療方針についてのお話をしたりせねばならないのだ。


 先生のお部屋に入り、勧められた椅子に腰掛けると、変わりばえのない近況報告が始まる。特に大きな事件は無し。治療内容もお薬も、しばらくは今のままで様子を見るとの事。ぶっちゃけて言うとですね、先生サマ。私にンなこと報告してもらっても、ハイもイイエも無いんです。お任せしますとお願いしますを繰り返すだけの小娘ですよ?


 何時からだろうなぁ、この先生とのお話で、私が緊張することが無くなってしまったのは。お話を聞きながらそんなことを考えてしまった。



 誰かにとって意味のある時間の最後には、毎回必ず、おんなじことを言われる。


 ――アナタも大変だろうけど。何があっても気を強く。辛い事があればすぐ相談を。


 あんまりにも繰り返し言われ続けてしまったので、もしかしたらこの台詞は、この人なりの挨拶なのかもとまで思えてしまうのです。



 なんだかなぁ、と、いつも思う。


 先生、知ってます? 私、これでも毎日、結構楽しくやってるんですよ?




(PM5:03)


 赤みがかった空の下を、夕暮れ探検号と共に走る。病院からの帰りには、この川沿いの土手を走るのが好きなのだ。


 相変わらず変な音を立てて進む自転車でこの道を進んでいくと、色んな人たちとすれ違う。


 運動部の集団。犬の散歩の女の子。ウォーキングのおじいちゃん、おばあちゃん。かっけー自転車でぐいぐい走ってくお兄ちゃん。お仕事帰りのサラリーマン。寄り道してる小学生。制服のカップル。立ち話してる奥様方。男の人女の人。大人も、子どもも。笑顔のひとも、そうじゃないひとも、いろいろ。



 川向こうの住宅街では、ひとつ、またひとつと家に明かりが点いていく。こういう時間帯のことを「火点ひともし頃ごろ」って言うんだと教えてくれたのは果たして誰だったろうか。どうにも思い出せないけれど、とっても素敵な響きだと思う。日が暮れていく時間じゃなくて明かりを灯す時間。見ているだけで、あったかい。



 この明かりの一つひとつに家庭があって、お母さんがご飯を作って待っている。時間を忘れて遊んでいた子ども達が泥んこになりながら帰り着くと、たまたま早く帰れたお父さんが苦笑いしながらお風呂に入れてくれる。テレビを見ながらご飯を食べて、行儀が悪いって怒られたりするんだろう。


 そんなテンプレな団欒なんて、今じゃもう無いのかもしれないけど、それでも似たようなアレコレはこの明かりのあちこちにきっとあるんだと思ってる。



 対岸に浮かぶ、暖かくて優しい場所。それがそこにあるんだってことがわかるから、見ているだけの私もあったかくて、少し寂しい。


 川沿いのこちら側は、吹き始めた夜の風が少し冷たい。けれどそれでも、暖かな場所が間違いなくそこにあるんだという事を、確信を持って言えるから。


 だからこの道を帰ると私は、とっても嬉しくなってしまうのだ。




(―:―)


 幸せってのは、どこまでいっても保守的なものなんだろうと思う。


 良い家に住むこと、美味しいご飯を食べること。欲しい物を手に入れること、気の置けない人たちと楽しく過ごすこと。……愛されること。愛すること。


 つまづくことがあって、喜びがあって。家族があって。いつか人生に終わりがくるその日まで、生きることを謳歌する。



 幸せが、そういうことの積み重ねであるのは知っている。それはきっと、とっても素晴らしいものだってこともわかってる。


 もしもあの柔らかな灯りの中に入ることが出来たなら、私も多分、それはそれで満足できるんだろうなと思う。手に入れた貴重なものを、大事にだいじに暖めながら、幸せな気持ちに浸ることが出来るんだろう。その事を私は知っている。心のそこから知っている。



 けれど、もし誰かが、これから好きなように生きて良いよと言ってくれたとしたら……。それでも私は、きっとあそこに行くことを望まない。それよりも、幸せの中で生きる人たちを、見守る毎日を送りたいと思うのだ。


 やっぱり私自身はここに居て、あの幸せの中に居る人たちを、ゆっくり眺めて暮らすような。そんな生き方を選ぶだろう。


 そんな暮らしが、私はどうしようもなく好きなんだ。




(PM9:41)


 一日の終わり、薄いお布団に包まって、暗い部屋の中で目を閉じた。


 薄い壁の向こうでは誰かが騒ぐ声がする。この部屋に居るのは私だけ。昨日も今日も、明日も明後日も私だけ。ちょっとだけ肌寒くて、それでも楽しい私だけ。



 だから私は、きっとたぶん、どうやったって幸せじゃあない。


 だけど私は、それでもずっと、


 毎日楽しく生きている。

ここまでお付き合いただき、ありがとうございました。


ご意見、ご感想いただけると嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ