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 部屋に戻って考えても同じだ。

オレには無理。

オレに命運を託して散った伊狩同志には申し訳ないが、明らかに選択を間違えている。


「…なんかの間違いじゃねぇのかなぁ…」


間違いであれと思う。

けど、間違いだったら間違いだったで、オレの価値が無くなる。

あそこまで機密を知ったオレを、しかも利用価値のないオレを、国連はどうするんだろうか…。


「いっそ捨てるか」


小瓶を取り出し、肌身離さず持っていたそれを初めて、机に置いた。

ベッドサイドのランプの柔らかい光の下、それは特に変化もなく煌めいている。

小瓶越しに見つめる窓の外にはすでに夜の帳の降りた摩天楼が広がっていて、いっそ窓から放り投げたい衝動に駆られた。


なんて思ったのがいけなかったのか、それともオレから離したのがいけなかったのか。


ベッドに突っ伏したオレの耳が、カタン、という硬質な音をキャッチする。

発生源はすぐそばで、しかしそんな位置に動くものなんてあったか…と顔を上げてオレは硬直した。


小瓶動いてるんだけど。


カタン…カタン…と微かながら、しかし無視できない振れ幅を維持して揺れる小瓶。

その『カタン…カタン…』が『カタン、カタン』になり、『カタンカタンカタン』になり、『カタンカタン…カタカタカタカタ』になった瞬間にオレはベッドから転げ落ちた。


「内線!内線3番!!って電話が小瓶の傍過ぎて使えねぇえええ!!」


叫びながら飛び起きたオレの目に入ったのは、激震地と化したベッドサイドの(イメージ)

実際に揺れているって言うかすごい小刻みに振動しているのは小瓶だけなんだが、もう駄目だ近づけない怖い誰か助けて。


「小宇坂君!!」


バッターン!と扉が蹴破られてオレの肩が跳ね上がる。

が、聞こえた声にオレは希望を見出してそちらを振り向く…と、やっぱりリアムさんと白木さん!!


たすけて!!


と声にならない声で示した小瓶の状況を見て取り、リアムさんが素早く指で…宙に魔法陣だと…!!


「…ッ駄目だ、強すぎる!ボクの手持ちの結界術じゃ抑えられない…」


赤紫色の光で描かれた緻密な魔法陣だが、形が完全になる前に砕けて消えてしまう。


「小宇坂君はこちらへ!下がって!」


白木さんの声に従って二人の方に逃げ出そうとした瞬間だった。


カタカタカタ、が止まった。


背を向けているオレにはわからない、わかりたくもない。

だが、凍り付いたように動きを止めた目の前の二人の目が、後ろにいる何かに向けられて固定されているのはわかる。

いるのだ、何かが。

その何かが、オレの、すぐ後ろに――


「縛符!」


裂帛とともに呪符が投げられる。

白木さん…呪符術なんて…


「小宇坂君は今のうちにこちら゛ッ」


「シホ!!」


…は…い?

え。

え?


依然として動けないオレの目の前で、白木さんの腹にぽっかりと穴が開いた。

何の反動もない。ただ、肉が無くなった。

白木さんが目を見開いて自分の腹を見降ろす。

次いで、くしゃりと顔を歪めたかと思ったら結ばれた唇から血が溢れる。

何か、言った気がした。

音にはならなくて、白木さんはそのままぐしゃりと倒れて。

腹の穴から、廊下に敷かれた絨毯がしっかり見えちゃってるんだけど。

白いワイシャツが、穴から真っ赤に染まっていく。絨毯が赤黒くなっていく。

相反する白木さんの顔色が、白く青く…


「う、ぉえ…ッ」


鼻に届いた生臭い匂いがトドメだった。


二度目だ。

目の前でヒトが死ぬのは。

伊狩同志の件は若干別だが、目の前で、これだけ血みどろな光景を見せられて普通でいられるわけがない。

オレは、凡人だ。

戦闘訓練も魔術検定も、授業だ。科目だ。日常じゃない。

無理、無理だ。

こんなの、無理だ。


膝をいつ付いたんだったか。

顔中からいろんな液体が漏れている。

白木さんに駆け寄って治癒術を掛けるでもなく、後ろを振り向くでもなく。

蹲って、ただすべてが終わるのを願っていた。


どれだけの時間が経ったのか。


丸めたオレの背中に、そっと触れる温かいもの。

その手の感触は優しかったが、オレは無我夢中で身をよじる。

逃げ出したかった。

オレを取り巻く外側から届くすべてから。

それなのに背中に触れたそれは離れず、そっと、優しくオレを撫でる。


どれだけの時間が経ったのか。


一定のリズムで背中をさすり続けるそれに意識を集中して、それが手であると知る。

優しく、ゆっくりと、安心させるように。

温かい手だ。でも、オレの手より小さい。

…白木さん、だろうか。

リアムさんはオレより大きかった。あの場にいてオレより小さい手の持ち主は、白木さん。

生きてたんだろうか。

無事、だったのか。

もう、顔を上げてもいいだろうか。

恐怖は終わったのか。

ぽんぽん、と、撫でるのではなく、合図のようにオレの背を手が叩いた。


「……嘘じゃん」


顔を上げたオレが見たのは、血塗れで横たわる白木さんと、リアムさんだった。


えっ

じゃあ、

これ、

誰?



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