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「君の質問にひとつひとつ答えましょう」
にっこり笑ったのは、オレを恐怖の空中散歩に誘った黒スーツの眼鏡のお姉さんだった。
名前は白木、白木志歩さん。日系人だそうだ。
多分、オレも日系人だからっていう配慮なんだろう。少なくともパツキンの女性よりはオレも親しみやすい。
そんな、たぶん30代だろうお姉さんが、オレの「補佐役に選ばれた」などとほざいており。
ここは国連本部、いくつかある応接室だか小会議室だかのひとつ、らしい。
らしいってのは、オレはもちろん国連本部の中身なんて知らないからだ。
今日は朝食を食べた後、この白木さんに「小宇坂君。検査結果も出そろいましたので、詳しくお話をしましょう」とここにいざなわれて現在に至る。
自己紹介から始まったんだが、白木志保と名乗ったこの眼鏡のお姉さんともう一人。
すでに部屋で資料なんかをまとめていた、お揃いっぽい黒スーツの若そうな男性がいたわけだ。
名前はリアム・ホワイト。こっちはパツキンの青い目、イケメン。名前もイケメン。
そんな二人が自己紹介もそこそこに、「では改めて、小宇坂君。私たちは君の補佐役に選ばれました」と事も無げに言い放った。
目が点、ぱーどぅん?って思わず聞き返したね。
そして冒頭へ戻る。
Q1,なんでオレはここに拘束まで行かなくとも、帰してもらえなかったのか?
A1,伊狩部長補佐は防御・結界術に長けており、かつ探査術とその応用という分野においては第一人者でもあった。
その彼が探査術によって選んだのが小宇坂少年だったから。
Q2,選んだとは?
A2,小瓶の持ち主に。
正確に言うと、小瓶の中身の持ち主に。
Q3,…質問を変えよう。オレにあんな国家機密ばかりを見せたのはどういう意図があったのか?
A3,世界の現状を知っておく必要があると考えたから。今後の選択は、現状を知らなければ恐らく困難を極めるため。
Q4,……選択とは、小瓶の中身と関係が?
A4,非常に密接な関係がある。
「その小瓶の中身は、伊狩部長補佐が命を懸けて守った、世界最強の錬金生物。君は、その錬金生物の主に選ばれました」
どうにか核心から遠ざかれないかと苦心しているオレをよそに、質問を重ねれば重ねるだけ道が狭まっていく。
聞きたくないな…耳塞いじゃだめかな…。
「選出理由は不明。探査術は伊狩部長補佐が第一人者というか、ひとりで研究していた分野でね。街の占い師がモノ探しやるレベルとはまったく違うんだよ」
もう一人のオレの補佐役とやら、リアムさんが苦笑する。
「恐らく魔力の質、というものでしょう。錬金生物は、自身の身を完全なものにしておくために魔素の供給者を必要とします。将来的には魔素の自動供給可能な錬金生物の錬成を目指していたのでしょうが、錬金術研究はすでに潰えましたので」
「魔力の質についての研究は最近始まったばかりだから何とも言えない…そこまで活発な分野でもないしね。まあ、それでもその小瓶が割れることもなく1週間、君からの魔素供給で安定していたということは、つまりそういうことなんだと思うよ」
どうやら、オレは、オレも知らない間にいろんな試験をされていたようだ。
だってそうだろ。
今のリアムさんの言葉から察するに、この小瓶を持たせていたのは試験的な面が強くあったってわけで。
伊狩同志の術がうんたらかんたら、っていうのは口実、もしくは嘘だ。
そう考えると最初からおかしいことばかり。
なんだって国連本部なんかにオレを置いたのか。オレを監視するために違いない。
健康診断っぽいフルコースだって、きっとオレの魔力含め、小瓶の『持ち主』に相応しい人間のデータを取るために違いない。
そして国家機密漏洩も甚だしい非日常の連続。
あれは。
「で…オレがその“世界最強の生物”入りの小瓶の持ち主に選ばれて…今後、何をさせようっていうんです」
声が硬くなっているのがわかる。
何度も言うが、オレはただの高校生。
授業で戦闘術も一通り習ってはいるが、あくまで安全地帯から出たことがない、形式的なものだ。
将来だって公務員がいいな、と思っているレベルで、世界を守るためにどうこう、なんて考えてない。
精神だって、これまで絶対的な味方だと思ってた防衛部隊の皆さんからのフルバーストかつ絨毯爆撃で心が折れる程度の強さしかない。
そしてそんなオレが唯一誇れるオタク知識が、この先の展開を予測している。
「不信感を持たれてしまったようだね…無理もない。ボクたちのこれまでの姿勢を鑑みるに、妥当な判断だと思うよ」
「これまで…いえ、今後を含め、深くお詫び申し上げます。小宇坂君、君には、その小瓶に入った錬金生物の主として国連所属の特別戦闘員になっていただきたいのです」
そしてオレの中のオタクが歓喜している。
誰だって、非日常に憧れる日はある。自分がヒーローになる夢を持つことが、あるだろう。
今、白木さんが放った一言は、オレが夢に描いた一場面そのもの…オレがヒーローになる、一歩だ。
でもオレは悟ったんだ。
魔導式ヘリに乗って見下ろした、この世の地獄。
結局オレは井の中の蛙だったわけで、あんな世界があるなんて思ってなかったし、特別戦闘員なんて名称を聞くに限りなくあの辺に食い込んでいきそう…むしろ最前線だぜイエーって感じだ。
間違いなく、巻き込まれる。
無理だ。間違いない。すみっこで震える市民A程度の技量しかないオレには、無理だ。
分不相応って言葉がこれほど理解できた時は無い。
だがオレは気付いてもいる。
あれだけの国家機密を否応なしに見せられたオレは、はたして「お断りします」、で帰れるのか?と。
少なくとも、この世界最強の錬金生物とやらの新たな主を見つけるまで拘束されそうだし、ぽろっと何か情報を外で洩らしたらオレなんて簡単に事故死処理されそうな気はする。
どうする、オレ。ライフカード、ライフカードくれ。
「…その、特別戦闘員の仕事ってのを詳しく説明してください」
ザ・問題の先送り。
さらに面倒な情報をもらうことになるんじゃないかとかちらっと頭を掠めたが、もう今更だ。
「基本的に、錬金生物に指示を出すだけになると思われます。錬金生物が主従一体型であった場合はまた話が違ってきますが…そこは小瓶を開封した後に考えましょう。そして、錬金生物に命じるのは一つ。結界を守れ、です」
「戦績によっては、さらに領土拡大に向けての計画の主体となる可能性もある。何しろ、人間は増えすぎたからね」
あっ。
これ問題の先送りって言うかがっつり本命だわ。
オレの今後がまざまざと見せつけられたわ。
「…要は、オレは国連に所属して、この小瓶の中身に命令をして、結界を守らせる主人になる、ってわけですね?」
「そうです。もし主従一体型であった場合の話を先程しましたが…」
「シホ、ひとまずその話は置いておこう。まず彼の意思確認を」
「しかし、デメリットやリスクについて伝えておかねばアドヒアランスが」
「日系人の悪い癖だ、アドヒアランスは主体性の有無を論じるための言葉じゃない」
「リアム。私は論点のすり替えを良しとしません。問題は、小宇坂君、彼がこの大役を引き受けてくれるか、そしてその判断が下せるだけの材料をこちらが提供できているか、です」
なんか小難しい話が始まったと思ったら名前を呼ばれてビビった。
オレが話についてきてないのを悟ったらしく、徐々にヒートアップしていた二人もややばつが悪そうにしている。
な、なんかごめんなソーリー。
「とにかく。こちらは誠意を見せねばなりません、現時点でわかっている情報は彼に開示するべきと私は考えます」
「…わかったよ。小宇坂君、ではボクらの持っている情報は残らず教えよう。その上で、じっくり考えてほしい」
この話を引き受けるか否か、を。
リアムさんと白木さんが交互に説明してくれたことをかいつまんで説明すると、
・小瓶の中身を治安維持(結界防衛)のために使うのは決定事項
・ただし主従一体型――つまりアーマーのような形の――生物だった場合、オレが第一選択で操縦者となる
・単一行動のできる生物であった場合は、オレはただ指示を出すだけで良い
・操縦者となった場合も含め、オレの安全は出来うる限り配慮する
ってことだ。
正直…小瓶の中身によって天国と地獄だと思う。
なんだオレが操縦者って。そんなん…最前線へヨウコソ!ゴートゥヘル!って感じじゃん?
中身が命令を下せる生物なら良いな……じゃない。じゃないぞオレ。
なんですでに受ける気満々なんだ。
口車に乗せられるところだった。
黙り込んでしまったオレを前に、補佐役とやらの二人はしばし見つめあい、
「今日はここまでにしましょう。質問があれば、いつでも部屋の内線3番へ電話を。小宇坂君の部屋のみ、我々の持つPHSと繋がっていますから」
とオレを解放した。
最後まで、オレは、この話を蹴った後のことを質問できなかった。