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想像を絶する、というのはこういうことを言うんだろうな、とオレはさっきからずっと思っている。
ほぼ無音で飛行できる魔導式ヘリ。国家予算が軽く1年分飛ぶと言われている超最新機。
場違いにも、オレはそれに乗っている。
それに乗って、世界の果てを見ている。
ここは人間の世界の境界だ。
境界に結界が張られて、オレたちの生活が守られているのは習った。
けど、実際は結界が4重になっていて、一番端の結界は破られる頻度がとても高く、中の人間は恰好の餌食になっているのを、オレは知らなかった。
そして、一番外側の結界内から順に、重罪を犯した犯罪者たちの流刑地になっているとも、知らなかった。
「これが現在です。犯罪者にも人権はある…それは建前なのです。犯罪者たちは、一様に、この世の地獄へ送られる」
「あんな…オレと同い年くらいの子まで…?」
声が震えている。あるいは体も。
「犯罪者は……言ってしまえば、人口の増えすぎた人間で唯一、合法的に存在が消せる者たちなのです。犯罪を犯す人間はいなくならない。不満は消えない。そして、人口は増える。道理です」
今の世で、犯罪者たちが捕まったら皆、更生施設へ送られて戻ってこないのは周知だ。
親族友人とも縁を切られ、そして遠い地で暮らすことになる、と国連は明記している。
更生施設がまさか、こことは…。
「それでは現状を把握できたところで、基地に帰りましょう」
目の前に座る、やたら眼鏡の似合う黒スーツのお姉さんがパイロットに合図を送る。
眼下に見える、町とも呼べない集落を尻目に、オレは現在のオレの住居へ帰還した。
伊狩同志に小瓶を託されて、1週間。
同志の言葉通り防衛部隊がやってきて、オレを思いっきり攻撃して、国連の魔術師部隊に大慌てで保護されたのが1週間前。
思いのほか防衛部隊が来るのが遅くて、オレは同志の胸像を目の前に途方に暮れた一時間を過ごしたとか、防衛部隊が話も聞かずに攻撃魔術ならびに重火器をぶっぱしてきたせいで人間不信に陥ったとか、魔術師部隊に保護されて国連に来れたは良いものの、な ぜ か小瓶を受け取ってもらえてないとか。
色々起こり過ぎて、オレは3,4キロ痩せた。
それだけでもオレの身に余る事態だというのに、今度は何かにつけ国家機密レベルの話をオレにしてくる。
今朝の境界地上空の空中散策だって、食事をとったと思ったら、オレにつけられている黒スーツさんの一人が「では小宇坂君。今日は魔導式ヘリに乗ってみませんか?」とかほざいてあの始末だ。
あ。
オレの名前、もしかしなくても初登場だな。
オレは小宇坂ミノル。近年のブームに乗って、名前がカタカナなところが若干痛い。
でも第三次人魔大戦の頃はカタカナも普通だったと聞くし、一周回ってトレンドである。
そんなトレンドな名前のオレは、どういうわけで国連本部の一室に拘束されているのか。
初日は気が動転していて、スーツのお姉さんに「今日は疲れているでしょうし、ここで休んでください。様々な説明は明日にでも」と優しく告げられ、キャパシティオーバーも甚だしかったオレは一も二もなくうなずいた。
次の日は、魔物に襲われた場にいたから、とのことで健康診断っぽいものをしてもらった。
学校でやるような身長と体重測ってー、というようなやつじゃない。多分だけど、会社でやるような検診だ。
採血してレントゲン撮って、心電図からの魔素検査からバウムテスト…え?精神鑑定?
なんて思う間も無く、今まで受けたことがないくらい隅々まで検査を受けて、「検査結果が出るまでは安静にしていてください。大丈夫、ご家族には我々から伝えてあります」とにっこり言われ、検査もろもろで疲れていたオレはまたしても唯々諾々と従った。
我々、なんて真面目に言う人に初めて出会って、ちょっとドキドキしたせいもある。
なんというか、アニメの中に飛び込んだみたいな。
今思えば、なんて馬鹿だったんだろうとは思う。
そして三日目からは今朝のような、非日常への誘いが開始したわけだ。
わかりやすい世界構成論のお勉強するよ。魔物は必要だけど人間は不要でした!びっくりした?から始まり、人口が増えすぎて困ってるの。仕方ないから犯罪者を死地へ送るよ☆で今朝まで来てる。
怒涛か。
おまけに。
「……なんでオレがこれ持ってるんだろうな……」
自室として宛がわれた、ビジネスホテルの一室…より広いか。
ツインルームくらいはあるだろう、窓からは街が一望できる素敵なお部屋の、これまたふかふかなベッドでぽつんと呟く。
手の中には小瓶。
伊狩同志から託された、錬金術の粋が詰まっているという、ある意味元凶がいまだにオレの手元にあることが一番の間違いだと思う。
っていうか、良く考えると最初の伊狩同志の指示がまず間違ってるんだと思うんだよな。
なんで魔術師部隊が来た時点で渡せ、って言わなかったんだろう。
オレが国連へ持って行けなんて言うから、オレも連れられるままに付いてきたけど…いや、まああのまま防衛部隊に身柄引き渡しなんてされてたら人間不信マックスなオレは狂ってたかもしれないけどね?
百歩譲ってその辺への配慮だったとして。
なんで受け取ってくれないわけ?
『小宇坂君、君はその小瓶を持っていて大丈夫だったわけです。しかしそれは伊狩部長補佐の術式が何重にも絡めてあります。君を含めて、ね。我々が持つことで何が起こるかわからない、君から離すことで何が起こるかもわからない。どうか、少なくとも危険がないとわかるまで、君が持っていてください』
って丸め込まれたんだけど。
そんなん言われたらオレもドキドキして肌身離さず持ってるけど。
そろそろ…そろそろ、オレも不信感ってものが募ってくるわけで。
ごろん、とベッドへ横になって、小瓶を窓にかざす。
無色透明な小瓶だ。大きさは手のひらに収まるくらい。
香水の瓶みたいに、ガラスとか水晶とかで作られて、全体に幾何学模様が彫り込んである本体。
同じようなガラス系の素材で出来た、すりガラスみたいに表面を曇らせた加工がしてある蓋。
中身は…無いように、みえる。
向かいの窓ガラスから見える景色が、彫られた模様で幾多にも分かれながらも、でもしっかり見える。
重さもそこまでじゃない。
どう見ても普通の小瓶だ。
もしオレがもうちょっと魔術に精通していたら、これから感じる魔素とかで「はっ!これは…ッ」なんて展開があったかもしれないが、あいにく何も感じない。
さすがに開けないけど。
何度目かになる小瓶の観察を終えて、オレはまた溜息を吐いてそれを懐へ戻す。
部屋の中にはパソコンもあるし、携帯も取り上げられないどころか充電器も貸してもらった。
家族とは一応、念話も繋げる。
だからこう、拘束されているってわけじゃないんだが…。
「オレに何をさせたいんだ、あの人たち…」
ただの男子高校生を捕まえて、何を。
その答えが、しかも形容詞が「驚きの」とか「衝撃の」とかで埋め尽くされる答えが、明日聞かされることになるとはオレも考えてなかった。




