反抗
「カイナス。そなたは自分のしでかしたことがわかっていますか?」
リーラレイアはカイナスが入室するなり、怒気を含んだ静かな声で尋ねた。
カイナスは不思議そうにきょとんと首を傾げた。
「そなたは国王陛下の顔に泥を塗ったのです」
リーラレイアは薄目でカイナスを睨みつけた。
「母上。お言葉ですが、ララウェルを娶るようにおっしゃったのは陛下です」
カイナスの返答に、リーラレイアはカッと目を見開いた。
その迫力にカイナスは目を丸くし、軽く身体をひく。
「そなたは王女を拐かした大罪者です。王女との縁談は内々のこと。公表すらされていません。他の者から見れば、そなたは国王の手元から王女を盗み出したのです。それも、病に伏せっている王女を」
リーラレイアはカイナスを見据えながら、声を荒げずに淡々と話す。
その静かさが、かえってリーラレイアの怒りの大きさをあらわしていた。
「陛下の面目は丸潰れです」
カイナスはハッとしたように視線を落とした。
「そなたの行状は、わたくしだけならいざ知らず、王太后様の立場も危うくしたのですよ」
リーラレイアは相変わらず、低い静かな声で言い聞かせる。
「シルヴェス王が寛大なお方でなかったら、今頃どうなっていたことやら」
カイナスは身じろぎもせず、じっとリーラレイアの言葉を聞いていた。
「 いい年をして、そのようなことにも気が回らないとは……」
リーラレイアは大きなため息をついた。
「なさけない」
そう吐き捨てたリーラレイアの声をカイナスはうつむいたまま、身じろぎもせずに聞いていた。
気まずい沈黙がつづいた。
ボッズが仕方なく助け船を出そうとしたときだ。
カイナスがゆっくりと顔をあげた。
「母上。私の心得違いにより、このような事態を招いてしまったことはお詫びいたします」
口では詫びの言葉を述べてはいたが、その声は無機質で、まったく心がこもっていなかった。
リーラレイアの片眉がピクリとあがる。
「ですが、ララウェルを王宮に連れ戻すことだけは、どうかご容赦下さい」
口を開こうとしたリーラレイアを遮るようにカイナスは続ける。
「衰弱したララウェルに、これ以上無理をさせる訳には参りません。それに、私はララウェルを手離すつもりはありません」
カイナスは強い声で言い切ると、絶句しているリーラレイアに静かに一礼をし、くるりと向きを変えると出口へと向かった。
「カイナ……」
呼び止めようとするリーラレイアの声をかき消すかのように、扉がバタンと閉まる大きな音が響いた。
ボッズは一連のやり取りを、驚きながら眺めていた。
カイナスがリーラレイアに逆らう姿を、はじめて目の当たりにしたからだ。
反抗期。
ボッズの頭に、ふと、そんな単語が浮かんだ。
カイナスは幼いころに父を殺害され、逃亡生活を余儀なくされた。
そのうえ青春を内乱の混乱の中で過ごすという、過酷な運命に翻弄されてきたのだ。
普通の若者のように、のん気に反抗などしている暇などなかった。
今、国内は落ち着き、カイナス自身も新しい生活に慣れてきたというところだ。
カイナスは遅い反抗期を、やっと迎えたのかもしれない。
ボッズは戸惑っているリーラレイアに目礼するとカイナスの後を追った。