王太子の死
王太子エリオスの死の知らせは、ほどなく、山里に隠れ暮らすリーラレイアとカイナスの元にも届いた。
詳細は不明であったが、エリオスは父王・タイナスから毒杯をつきつけられ、身の潔白を証明するために、それを呷ったという。
そしてその遺体は、幽閉中の元王妃・レスティアーナの居室に投げ込まれた。
「なんとむごい仕打ちを……」
報告を聞いたリーラレイアは、その場に崩れ落ちた。
カイナスは涙を流しながら、握りしめた拳を震わせた。
「ボッズ。父上の敵を討つ。すぐに手配をいたせ」
しばらくの沈黙の後、カイナスが言った。
「なりません」
リーラレイアの鋭い声が響いた。
カイナスは驚き、座り込んだリーラレイアを見る。
「カイナス。王太子殿下の最後の言葉を忘れたのですか」
リーラレイアはスッと立ち上が、カイナスを睨みつけた。
「『なにが起きてもに来てはならん』。そなたは、父上の言葉に背くのですか?」
「しかし、このままでは……。母上は悔しくないのですか? 憎くはないのですか?」
カイナスも負けじとリーラレイアを睨み返す。
「現在の祖父である国王陛下を弑し奉るつもりですか? 王太子殿下の嫡男であるそなたが、大逆罪を犯すつもりなのですか?」
リーラレイアはじっとカイナスを見据えたまま、低い声で尋ねた。
「いいえ。憎むべきはメートゥミア。あの女を成敗いたします」
カイナスは怒りに燃える瞳で、絞り出すように言った。
リーラレイアは「フッ」と鼻を鳴らして嗤った。
「どうやって? 兵を上げ、逆賊になるのですか? それとも王宮に忍び込むつもりですか? 王宮の警護は固い。すぐに見つかり、捕えられてしまいます。そなたのような子供などひとたまりもない」
「ですが……」
カイナスは唇を噛んだ。
返す言葉が見つからなかった。
リーラレイアの言う通りなのだ。
カイナスは9歳になったばかり。
いくら家臣たちのバックアップがあったとしても、9歳の子供が国王の寵妃を殺すなど、現実味がなさ過ぎる。
それくらいは、カイナスにもわかった。
「カイナス。そなたはまだ幼すぎます。今はまだその時ではありません。待つのです。機会は必ず訪れます」
リーラレイアはカイナスの両肩をがっしりと掴んだ。
「今はエリオス様のご遺言に従い、その身体を、その精神を養う時です。機会をものにするために。良いですね」
「はい」
カイナスはリーラレイアの瞳を見つめながら、しっかりと頷いた。
その時が来るまで……。